神隠し編6
「先程は取り乱してしまいまして、申し訳ありませんでした」
二人が部屋に戻ってくると、あんずが謝罪した。
「治安維持層の分析業務の方々の自己紹介をおねがいします」
四人が簡単に紹介を済ませた。
「じゃあ命を切りますが、恐ろしく面倒ですね」
あんずが言った。そして少し悩んでから、口を開いた。
「えーと、大天井・大天使・あんず神の名において、悪魔層・地獄地蔵、常人層・リサ、常人層・ハルト、治安維持層・ふみに命じます。本日、一日の会話を許可します」
それぞれから了解の声が上がる。
「間違っていませんよね?」
「大丈夫です、あっています」
地獄地蔵が言った。
その後で、アダムから業務の説明となった。
「この業務は、layer3で生じた事件が発端となっています。
少し前に、layer3で正体不明の人間を数名発見したとの連絡が入りました。その人たちはlayer3の言葉が通じない上に、服装も現地の人達とは違ったものだったとのこと。報告を受け取り、私がその人物を保護しました。
場所はlayer3のかなり僻地であり、普段は誰も来ないような場所です。発見者は業務で本当に偶然通りかかったとのこと。もし偶然が起こらず発見されていなかったら、恐らくは餓死するか猛獣にでも食い殺されていたと思います。
言葉が通じない時点でlayer2の人物だろうと予想できるのですが、その時の私は、まあそんなことはありえないだろうと思い込んでいました。結局その人たちはlayer2の人間でした。
あんずはlayer2の言葉が分かりますのでヒアリングをしたのですが、どうやってlayer3に来たのかを聞いても全くわからないとのこと。覚えていないのではなく、全然わからないんだそうです。ただ、不気味なことを言っていました。どうもここに来る直前に、顔のない女の子を見たんだそうです」
「顔のない女の子ですか」
地獄地蔵が問いかけた。
「保護した人たちは全員顔のない女の子を見ていました。頭と髪はあるのですが、目と鼻と口が無かったそうです。単に犯人が身元を隠すために細工をしたのだと思います。身体的な特徴は女の子で間違いないようです。
ではどうやってlayer2からlayer3に来たのか。最初はlayer1の人間だってそんなことは出来るはずがないと思いました。でも、地獄地蔵には心当たりがあるのでは?」
アダムが言った。
「はい。私が分析業務を担当して、まだ暁斗と出会っていなかった頃に、空間転移の能力を分析したことがあります」
地獄地蔵が答えた。
「そうです。私もそれだと思って、空間転移の能力を習得した人を調べたんです。しかし誰もいませんでした。いまだと習得した名簿に、私の名前だけが乗っていると思いますよ」
「それでは空間転移ではなかったのですか?」
続けて地獄地蔵が質問する。
「わかりません。一応確認のため、私が空間転移を使ってlayer2からlayer3に動物を送ってみたのですが、実現は出来ましたね」
「はい、私も生き物を転送したことはあります」
「layer3への転送について、これ以上分かることはありませんでした」
「ちょっと待って下さい。layer3への転移装置は、layer1で正式に使われている、『何とかさん、および何とかさん式』の空間転移というのがあったはずですが」
地獄地蔵が質問をした。
「運命課で製造したものですよね。『松茂ハートマン田中式空間転移』、略称は松茂転移。私がlayer3に行く時なんかに用いる空間転移装置はこの技術を用いています。技術自体はlayer2にも存在し、イビルゲートという術式として認識されていると聞いています」
「そうです、layer2にも確か合ったと聞いていましたので気になりました」
「松茂転移だろうがイビルゲートだろうが、元々はlayer1にある装置なので、動作はlayer1の装置に記録が残されているのです。全て確認しましたが、みんな知っている大天使ばかりでしたね。layer2とlayer3のイビルゲートは数例ありましたが全部違いました」
「そうですか」
地獄地蔵はまだ聞きたことはありそうだったものの口を閉じた。
「ネタがわからない以上は現地調査しか無いと思い、被害者たちが住んでいる地域に絞って捜査を行うことにしました。まずはlayer2の治安維持層・特殊警備に相談を持ちかけて、被害者周辺の市民全員を調査してもらったんです。特殊警備には、layer2の人間全てを監視するシステムがありますからね。その結果該当者はゼロ。どういうことか分かりますか?」
とくに誰に話しかけたわけでもないが、地獄地蔵が対応した。
「layer1監視システムを騙す知識がある人がいるということですか?」
「言い切れませんが、私はそう思いました。調査した地域外から犯人の女の子がやってきた可能性もあるわけですけどね」
「なるほど」
アダムが話を続ける。
「次は空間のねじれを測定する機器で、layer2の一部の地域の監視を続けました。この技術はつい最近開発されたものだそうで、技術者も嬉しそうに協力してくれましたよ。そうしたら、狙ったかのように、次の被害者が出たんです。被害者はとある中学の男子生徒。さらに、空間のねじれもその中学校で生じた。
まず確定したことは、誘拐などではなく空間転移を使っているということです。
次に中学男子からのヒアリングでは、教室に一人でいるときに顔のない女子生徒に出会って、気がついたらlayer3にいたと言っていました。犯人はその中学校の女子生徒である可能性が極めて高い」
「そこでリサの出番ということですか」
リサが言った。
「まだ犯人が中学生と決まったわけではありませんが、一旦はその方向で絞って調査したいと思いました。色々考えましたが、侵入捜査がいいと思いまして。
中学校全部をlayer1監視に置いて、神の力で全員を頭脳分解していってもいいのですが、なにせlayer1の詳細を知っているような人がバックにいそうなので、こちらも犯人を騙す方法じゃないと捕まらないと思うのです」
「出来るのですか? リサを転校生として送り込むのでしょう? あまりに不自然だ」
地獄地蔵が言った。
「転校生ではなく、幻視と大衆洗脳を用いて、目立たないように送ります。ちなみに、ふみには先生役をやってもらいます」
「え! 私が先生なの?」
ふみが驚いて声を上げた。
「あのー、私は教職持ってませんし、そもそも中学もまともに卒業できてないのですけど」
「ははは、そこまで真面目に心配しなくても。事前にあなた達の能力は調査しています。確かにふみが言ったとおりですが、今のふみの頭脳なら、中学レベルならどうとでもなると判断しました。ちなみに、私も職員室に常駐する立場になろうと思っています」
「はあ、そうですか」
不安そうにふみが答えた。
「後は窓口ですが」
ハルトが反応をする。
「現地では可能な限りあんずが対応する予定です。つまり、リサとふみはヘルプが必要だと判断したら、全部私に言ってもらえれば、私からあんずにお願いして対応します。ハルトはリサとふみ専用であり、私がいない時や、私が出来ないことを対応してもらえればいいと思います。また、治安維持層全体にお願いしたいことがあれば、それは私から地獄地蔵に連絡を入れます」
「つまり、大天井側から治安維持層の窓口に何か連絡が来ることは無いと言うことでしょうか」
ハルトが問いかけた。
「はい、地獄地蔵には連絡を入れますが、ハルトには連絡しません」
「了解です。お気使いありがとうございました」
ハルトの懸念は見事に解決されたようだった。
「しかし、聞いただけだと大分無理があるように思えるのですが」
地獄地蔵が続けて言った。
「幻視と大衆洗脳というのが一体どういうものかはわかりませんが、例えば外部にいる犯人が、監視カメラでふみとリサを見た場合は、すぐに分かってしまいますよね」
「そのとおりです。そうなればこちらの負け。しかしまずは試してみようと思いまして、私たちがやりやすい方法をとらせて頂きました」
「やりやすい?」
「はい。私とあんずは、主に幻視と大衆洗脳を用いてlayer3の分析業務を行っているのです。これは天使の能力なんですが、すごく便利でして。私たちが存在しているのに、まるで無形の神の様な扱いをさせることが出来ます。今回はそう言う扱いにはしませんけど」
「そうですか。実績がある方法なら、私から言うことは何もありません」
とは言ったものの、地獄地蔵には全く分からなかった。
「現地入りは明日にしたいのですが大丈夫でしょうか?」
地獄地蔵がメンバーの顔をみて、数秒で頷いた。
「問題ありません」
「ありがとうございました。では最後に」
アダムがあんずに合図を送り、二人は立ち上がった。
「この度は、本当に無理な要求を飲んでいただきまして、本当にありがとうございます。絶対に成功させたいと思っていますので、どうか最後までよろしくお願いいたします」
と言って礼をした。
「ちょっと待って下さい。大天使なのに、どうしてそんなに腰が低いんですか」
地獄地蔵が慌てて二人に言った。
「私たちこそ、よろしくお願いいたします。足手まといにならないよう、十分配慮するつもりですが、至らぬ点もあると思います。そのときはご容赦願えればと存じます」
地獄地蔵が言って、そして四人も立ち上がって礼をした。
場所は中学校の教室。
リサは自席に座り、数学の授業を受けていた。授業はかなり必死に聞いており、ずっと黒板の文字をノートに写していた。
授業は佐々野暁斗ではなくリサが受けていた。リサの知識は暁斗と共有しているため、本来であれば授業を聞く必要がない。しかしリサは授業を受けるという行為自体が楽しいようだった。
チャイムが鳴り授業が終わる。
「ねえ陽子、今の授業分かった?」
リサがすぐに隣の女性に話しかけた。
「うん、分かったけど」
「教えて教えて!」
「いいけど、次は体育だから移動するよ」
「うん、移動したら教えて!」
「移動したら体育館だから無理」
それから二人で廊下を歩く。まだ数日しか経っていないものの、リサはすぐに隣の女子生徒と仲良くなっていた。
「バスケだって! いいのかな、私仕事中なのに遊んでいいのかな?」
「仕事って何のこと?」
「バスケのこと!」
「なんでそんなにテンション高いの?」
リサはふみに比べると大分体力は落ちるものの、それでも毎日訓練をしているため、普通の生徒よりもはかなり運動能力が高かった。
暁斗からリサへの命令はただひとつ。中学生として生活をして下さいとのこと。分析業務としての仕事は、リサの五感を通して暁斗が請け負うこととした。
昼休み。
リサは陽子と共に、雄太という男子生徒の話を聞いていた。
「それで僕は思ったんだ。この犯行は内部の人間の仕業だって」
「内部ってどこまでが内部? 家族? それともクラスメイト?」
リサが雄太につっ込んでいた。
「内部? うーん、半径2メートルくらいかな」
「うわー、すごく狭い」
横から陽子が話しかけた。
「鉄男ってさ、まだ見つかってないんでしょ?」
「うんそうだよ。先生も何も言ってないし」
雄太が答えた。
「鉄男って誰?」
リサが問いかけた。
「え、そこからなの? 鉄男って消えた男子生徒だよ」
正確には消えた男子生徒はlayer1のアダム配下で保護されている。しかし保護されたという情報は隠蔽されており、layer2には伝えられていなかった。
「じゃあ雄太って誰?」
「雄太は僕だよ!」
「あはは、ごめんごめん」
雄太だけではなく陽子も呆れているようだった。
「それでさ、鉄男って子は誰かに恨まれたりしてたの?」
「知らない。あんまり仲良い人もいなかったって話だから、全然話が回ってこないんだよね」
「へえー」
リサは鉄男が誰かに空間転移でlayer3に飛ばされたことを知っている。学校では誰かに誘拐されたという事になっていた。
「リサって未解決の事件とかに興味あったんだね」
陽子が話しかけた。
「あるよ。だって面白そうじゃん」
「リサと陽子は、僕たち探偵団の一員になるべきだな」
雄太が言った。
「探偵団とかかっこいいね、めっちゃすごい! 半径2メートルにはがっかりだったけど」
職員室では、ふみとアダムも仕事をしていた。
「鉄男くんは今でも見つからずにいるんですね」
ふみが他の教員と話していた。
「そうなんです。あそこの家庭はお金があるからね。営利なのか恨みなのか」
男性の教員が、声をひそめていった。
そんな教員の後ろから、アダムが話しかけた。
「お金がある家だと、恨みが出てくるんですか?」
「あ、アダムさん。日本には慣れましたか?」
アダムは現地の言葉に多少問題があるため、外国から来たという設定になっていた。
「おかげさまで。こっちは時間がゆっくりでいいですね。ところで恨みとは?」
アダムが男性職員に興味深そうに話しかけた。
「いえ、単に両親が公務員のお偉いさんだってだけです。恨みとかは私が勝手に考えたことですから」
「ああ、なるほど。でも本当にそうかもしれませんね」
「ちょっと前までは鉄男くんの話題で持ちきりだったんですがね。失踪してからあまりに情報が出てこないので、もう喜んで話しているのは私くらいになってしまいましたよ」
「早く見つかるといいですね」
鉄男はlayer1に保護されているが、事件が解決するまではlayer2に戻すわけにも行かずに保留となっていた。
それから男性教員とふみは、二人で教室の方へと向かった。
ふみは笑顔で男性教員と話をしていた。アダムが集団洗脳を用いたことと、ふみの対人能力のおかげで、なんの困難もなく教師としての役割を果たすことができていた。
授業に向かう途中、一人の女子生徒が、ふみと一緒に歩いている教員にぶつかった。
「おい、どうした?」
「ごめんなさい。よそ見をしていました」
女子生徒がすぐお辞儀をして謝る。
ふみはそんな様子を見て、笑いながら話しかけた。
「元気がいいですね。でも前を見てないと、大変なことになっちゃいますよ」
女子生徒に笑顔を向けた。しかしその女子生徒の顔が徐々に青ざめていく。
「どうかしましたか?」
ふみが話しかけてからも数秒は止まっていた。ふとふみから視線を外すと、すぐにお辞儀をして向こうに行ってしまった。
「うーん、嫌われてしまったようですね」
女子生徒の言動は気になったものの、ふみにとっては中学生の行動は全く読めずにいたため、あまり気にせずに忘れてしまった。
教室に入ると、笑いながら生徒と話しているリサの姿があった。
「ちょっと! 先生聞いてよー!」
ふみ先生を見るなり、陽子が話しかけてきた。ふみは少し驚いてしまった。
「こいつの名推理を聞いてやって?」
陽子の隣には雄太が立っていた。
「鉄男誘拐事件の犯人が分かったんです」
「どういうことですか、警部!?」
「いや、警部じゃなくて名探偵なんだけど」
陽子は笑っていたものの、リサはふみがいることで何故か少し緊張していた。
「鉄男の誘拐はどう考えても人間じゃ不可能。ということは、こんな犯行が出来るのは一人しかいない」
「誰なんですか?」
「それは神です!」
その答えがよほど気に入ったのか、陽子は再び笑い出した。
だが、ふみは内心凍りついてしまっていた。
「えー、どうして神だと思ったの?」
ふみは不自然が無いように問いかけた。
「宇宙人でも良かったんですが、そっちのほうがいいですか?」
雄太が答えた。
授業が終わり、リサが帰宅時間になると、ふみとアダムも開放される。だが殆どの教員は別の仕事にとりかかっていた。
中学校から少し離れた場所にある集会所を一つ確保し、そこでリサ、ふみ、アダムが集まって打ち合わせをしていた。
「中学校に元々備わっている監視カメラを見ることが出来るように、設備会社との調整を済ませました。ここにあるノートパソコンで見ることが出来る」
アダムが二人に話した。
「私の方も、順調に隠しカメラを設置しています」
リサが言った。
「リサっていつもみんなと遊んでるけど、いつ隠しカメラを設置してるの? 佐々野さんって元プロのスパイかなんかなんですか?」
ふみがリサに問いかける。
「リサはいざとなったら中学生と意思疎通をしてもらう必要があります。だからリサには極力遊んでもらうよう暁斗の方からお願いしています。あと、スパイ行為は何度かやったことがありますが、もともと隠しカメラの設置は暁斗が得意なので、それほど時間はかかっていないのです」
リサが言った。
それからふみがアダムに報告をした。
「私も盗聴器と隠しカメラの設置は順調に済ませています。特に職員室はここからでもリアルタイムで見れると思う」
ふみが言った。
「リサもそうだけど、ふみも随分早いよね。カメラの設置とかは手馴れているの?」
アダムが問いかけた。
「そう言う仕事をやっていた時期がありましたので」
ふみが言っている仕事とは、layer2の犯罪に関することであった。
「そうなんだ。リサとふみがこんなにも工作に手馴れてるとは思わなかったよ。本当に、予想以上にふみとリサは頼もしい。でも本心を言うと、なんか怖いんですが」
リサとふみは笑顔だったが無言だった。
「私は引き続き、環境面から監視の整備を行います。リサとふみもカメラの設置をしていってもらえればと思います」
アダムが二人に言った。
「はい、分かりました」
「私も了解です」
引き続いてアダムが言った。
「明日は土曜なので休みにしようか。明後日の日曜は学校の仕掛けを確認する必要があるので、午前中に集合とします」
「了解です」
「じゃあ今日は解散にします」
アダムが言ったとき、リサが手を上げた。
「質問があります!」




