霊能力編7
次の日の朝。ふみは身支度を整えて部屋から出ると、休憩所には佐々野が座っているのが見えた。
「おはようございます、佐々野さん」
「おはよう」
休憩所に入り、ふみが話しかけた。
「佐々野さんって、ちゃんと寝てるんですか?」
「え! なんで? 寝てるよ?」
「なんか、いっつも起きて仕事してるイメージがあるんですが」
「うん、まあ」
何となく言いづらそうにしていたが、佐々野はふみに返答した。
「layer1には数分とか、長く一時間くらいしか眠らなくても良い機械みたいなのがあってね。だからイメージは合ってるのかもしれない」
「一時間しか寝てないんですか!?」
「いや、今日は三時間くらい寝たよ」
「三時間しか寝てないんですか!?」
ふみが少し悩んで見せる。
「睡眠不足は美容に悪いんですが、もっと私も働きたい。というか佐々野さん、それって業務として何か破綻してませんか?」
「ああ、気にしなくても。別に業務が忙しくて寝てないわけじゃないんでね」
「じゃあ何してるんですか? 怪しいことですか?」
「怪しいことって……。本を読んだり、あっちだとトレーニングをしてたりとか、まあ色々だよ」
「ふーむ」
まだふみは悩んでいたようだが、考えるのをやめた。
「まあいいです。じゃあ行きましょ」
「それなんだが、今日はふみ一人で行ってきて。後で合流するから」
「やっぱり仕事なんですね? 私も手伝いますよ」
「いや、大丈夫だから」
「なに言ってるんですか、さあさあ」
妙にやる気のふみに、佐々野は少し困ってしまっていた。
「えっと、ふみにはもっと仕事を振っていくことにするよ。でも、今からやる仕事は、分析業務室長という立場で報告をしなければいけないものだから、ふみの業務とは違うものなんだ。今は、俺より先に四式をマスターしてもらうのが、一番助かることだよ」
「そう言われてしまうと、四式をやるしか無いですね」
「ああ、たぶん本日中に合流できるから、行ってきて」
これ以上はしつこくは詮索しないようにしようと考え、ふみは笑顔で手を振って玄関を出た。
佐々野は一人休憩室で、ノートパソコンに向かいながら事務仕事を行っていた。
仕事は終わらず、時間がかかってしまい、水影家に到着したときには午後をだいぶ回っていた。
「遅くなりました」
佐々野が到着すると、フルメンバーが揃っており、ふみの周りに集まっていた。
「あ、佐々野さん」
ふみが木刀を振り回して挨拶をする。
「なにしてるの」
「四式は出来るようになったんです。だから三式を教えてもらってました」
「え、早くない?」
横から和彦当主が話しかけた。
「ふみさんが四式を覚えたのは、かなり早い方だ。今まで一日や二日で四式を使えるようになった人は何例かあったが珍しいと思う。適性があったのでしょう」
「すごいね、ふみ。俺も早く何とかしないと」
だが結局その日は、佐々野には何も進展がなかった。一方ふみは、三式も問題なく使えるようになっていた。
「ふみと当主に話があるんですが」
解散直前に佐々野が話しかけた。
「何でしょう」
和彦が返答した。
「ふみがどの程度術式を使えるようになったのか、俺にはよくわからないのですが、三式を使えるなら、もう除霊のお手伝いは出来るということでしょうか。もしそうなら、ふみ一人で当主、誠司くん、恵子さんの三人に付いて行って、お手伝いさせてもらうことはできますか?」
「佐々野さんはどうするつもりですか?」
「四式の訓練は一人でも実施できるものだと思います。たまに有識者と一緒だとありがたいですけどね。だから俺は滝の近くで一人で訓練していようかと思います」
ふみが横から話に割り込んだ。
「私は佐々野さんが四式を覚えるまで待ってもいいとは思いますけど」
「俺もそう思ったのだけど、正直な話、俺がいつ四式を使えるようになるのか、全然見通しがつかないんだよ。それならふみ一人で先に経験を積んでいってもらった方が、分析業務としてもリスクを小さく出来ると思うんでね」
ふみは悩んでしまった。
和彦が佐々野に話しかける。
「可能です。ふみさんに除霊が出来るかどうかはわからないが、少なくとも自分の身を守るだけの能力は十分ある。どうですか、ふみさん。明日一日、私と誠司恵子と一緒に霊場へ行ってみましょうか?」
「あ、それなら」
横から恵子が話しかけた。
「私は佐々野さんと一緒に修行してましょうか? 誠司が残るわけには行かないだろうし」
すぐに佐々野が返答する。
「いや、ふみと一緒に行ってきてよ。せっかく歳が近いんだし、頼りにしてると思うよ」
佐々野は若い女性と二人っきりになることを避けていた。誰も佐々野が何か変なことをするとは思ってはいないが、和彦への気づかいであった。それを和彦も了解していた。
「分かりました」
ふみも了解したようであった。
「佐々野さん、まずは一日だけ、当主のお供をさせていただくことにします。当主、よろしくお願いいたします」
「わかった。佐々野さんは一人になるが、何か合ったら携帯電話に連絡くれれば、もしかしたら対応できるかもしれない。残念なことに、霊場には電波が届かない所が結構あってね」
「わかりました」
最後にふみが誠司に話しかけた。
「明日は警棒を持ってきちゃいますよ」
「あ、おねがいします」
業務が終わり、佐々野とふみは水影家を後にして家に戻った。ふみのわがままによる毎日の恒例行事のランニングは今も続いていた。
「佐々野さん、走る前に右手を出して下さい」
ふみが言った。
「四式?」
「そうです。一日も早く四式を習得して下さい。今の私なら表四式も楽勝です」
佐々野の右手に手を重ねて四式を発動した。
「いいですか? 明日には絶対に四式を覚えてくださいね。偉そうに命令させてもらいます」
「分かったよ。ふみも明日は気をつけてね」
「はい」
「そう言えば、初めての単独行動になるわけだけど」
改まってふみに話しかける。
「無理は絶対にしないこと。水影家の人たちは除霊業務に命をかける場合もあるだろう。それがあの人たちの仕事だからね。でも俺とふみは命をかけてはいけない。自分が出来ることだけをするんだ。それぞれの立場というものがあり、目的はみんな違っている。俺たちは生き残りがの仕事になる。長期的な視野で考えると、俺たちが常に命をかけていたら、とても生きていられないんだ」
「分かりました。十分納得できる事だと思います」
「じゃあ行こうか」
二人は田舎道を走り始めた。走っている時に会話することはほぼ無い。佐々野は前を走るふみについて行くだけだった。
河川敷に通りかかる。時刻はちょうど夕方であり、日が山に落ちようとしている所だった。空がオレンジ一色に染まっており、ふみは思わず足を止めてしまった。
「わあ、綺麗」
「最近は天気がいいから、夕焼けもはっきり見えていいね」
「色々あって、色々と忘れていましたけど、私はlayer2出身で、今まで何度もこの光景を見てきたんだって」
「うん?」
佐々野が不思議そうにふみを見る。
「いえ、まさか、またこの光景を見ることができるとは思ってなかったなって」
ふみが立ち止まる。
しばらく太陽を見ていた。当たりには誰もいなかった。
「最近思うんです。強制昇進の義務は私を殺すためにあったんだろうって。そんなの、すぐに気がつくことなんでしょうけど、私は最近自覚しました」
ふみが言った。それに対しての返答はしなかった。
「でも私は合格してしまった。佐々野さん、私の合格はあなたにとって、不本意なものでしたか?」
「そんなわけないよ。ふみは自分の命を自分で勝ち取ったんだ」
「佐々野さんならそう言うと思ってました」
ふみは佐々野から視線を反らすと夕焼けの方に視線をやった。
「またこんな夕焼けが見れて嬉しいです。佐々野さん、この業務も絶対に成功させましょうね」
「ああ」
ジョギングの最中にふみが話しかけてくることはめずらいし事だった。
それから二人はまた走はじめ、家にたどり着いた。
次の日。
佐々野は一人で山の中に来ていた。
一人で四式の訓練をするものの、全くうまくいかない。発動させる糸口さえ見つからなかった。
だが怠けているわけではない。怠けるという行為自体が、佐々野の頭には存在していないようで、ただひたすら自分と向き合って試行錯誤を重ねていた。
一方、ふみは水影家の三人と共に行動をしていた。
佐々野が修行している滝の場所から更に奥に進み、霊場を目指して歩いていた。和彦は刀、誠司は金属バット、ふみと恵子は木刀を携帯していた。
先頭を歩く和彦が、後ろのふみに説明を行う。
「水影家の除霊の対象は、鬼と呼ばれる、とんでもなく悪質な悪霊となる」
「鬼ですか」
「人は死ぬと光を求めて霊場に引き寄せられる。しかし現世によほど心残りがあったり、あるいは恨みがある霊は、その場に残って悪霊となるか、霊場に来ても成仏せずにうろつくことがある。そんな迷える霊魂は、ときには人の説得で成仏することもある。聞き分けの良い霊は対象外であり、別の霊能力者に任せる。そうではなく、話を全然聞かないどうしようもない悪霊、通称鬼霊と呼ばれるやつらが水影家の対象となる。こう言った悪霊は、もはや絶対に成仏できないので、魂ごと破壊してしまうしかない」
「霊にも色々あるんですね」
ふみは素直に感心した。
「魂は成仏するとlayer1に行くと言われているが私たちは詳しく知らない。おそらく佐々野さん、ふみさんの方が詳しいだろう。一つ分かっていることは、術式で霊を壊してしまったら、それは成仏するのではなく、その場で消えるということになる。人の魂は輪廻転生に従いlayer1に運ばれ生まれ変わると言われている。しかし、例えばふみさんが裏三式で霊を壊してしまった場合、その霊魂は輪廻からは外れてしまい、永久に転生すること出来ない」
「なんか怖いですね。それって、私が三式で生きている人を壊してしまったら、その人は生まれ変わることすら出来ないということなんですね?」
「そのとおり。しかし生きている人間を壊すだなんて、随分怖い考え方をしますな」
ふみは極めて真面目に言っているため、和彦は少し驚いていた。後ろで聞いていた誠司は、ふみが言うように、生きている人を術式で殺すという考えをしたことがなかったため、感心しているようであった。
「鬼は単独行動をしている場合が多い。見つけたら術式で破壊する。無理そうならすぐに逃げること。また、二体いる場合は同行者と相談して、大体は逃げる方向で意見を合わせること。ただ一体でも付きまとってくるため、逃げるのは大変なのだ」
「鬼はこちらにどういう事をしてくるんですか? 攻撃ですか?」
ふみが質問をした。
「体当たりがメインだろうな。イノシシとまでは行かないが、かなり強く突進してくる。たぶん、鬼は生身の人間の魂を壊して、体を乗っ取ろうとしてるんだろう。だから突進は霊魂に直接あたってくるため、先ほどふみさんが言ったとおり、鬼に術者の霊魂を壊された場合はかなり厄介なことになる。そうなることは少ないものの、気をつけておいたほうが良い」
「命がけ以上に命がけなんですね」
「四式が使えれば、そこまで危険ではないが、用心はしたほうがいいだろう」
後ろから誠司が補足した。
「ケガを負っても、とにかく逃げれば何とかなりますよ」
「わかりました。逃げ足は遅い方なんですが、がんばります」
しばらく進むと、山道に鉄の門が見えて来た。鉄の門には次のような警告が貼られている。
『この先・害獣注意・クマ出没』
和彦は鉄の門にある南京錠を開けた。
「本当はクマだけではなく、悪霊が危険なのだ。地元の人は知っているため寄り付かないが、よそから来た山菜取りや猟師が迷い込まないようにするための配慮になる。悪霊と直接書くと、逆に変な人が沢山来るようなのでね」
しばらく歩いたものの、ふみには普通の山のようにしか見えなかった。しかし、道を上がっていくに連れて、明らかに見たことがないような景色が視界に入ってくるようになる。
「何か飛んでますね」
ふみが口に出した。
「魂ですよ。四式で触れますので、体に付いたりした場合は払っても大丈夫です」
誠司が答えた。
歩みを進めると、見渡しの良い開けた場所にたどり着いた。魂は相変わらずその辺りを飛んでいた。
「今日は人数がいるため、ふた手に別れよう。このメンバーだと誠司が一番体力があって安全だろうから、ふみさんと組むのがいい。私は恵子」
「私もふみさんと組みたいな」
恵子が誠司の方を見て言ったが、和彦が恵子に言った。
「私一人だと、私が死んでしまう。今日は我慢してくれ」
「あ、嘘です。ちゃんと仕事しますよ」
恵子が和彦に笑ってみせる。
それから誠司とふみは二人で山の中へ入っていった。霊を見ることが出来るようになったふみは、霊場の異様な光景にかなり驚いていた。
「鳥が集団で飛んでると思ったら、あれは魂なんですよね。こんなの初めて見た」
「そうですよ。霊魂は成仏するために霊場の中心に向かっているのです。少なくとも僕が死んだら、あの魂と同じような振る舞いをするのだと思います」
更に歩みを進めると、道の脇に緑色の何かがうずくまっているのが見えた。
「ふみさん、これを見て下さい」
誠司が歩みを止めてふみに話しかける。それは人型をしており、誠司の方を見て何かを訴えかけているようであった。
「人間の魂ですか?」
「そうですが、まだ人の形が残っており、魂の形をしていないので悪霊です。この霊は人としての機能が残っており会話ができる霊なので、水影家としては除霊の対象外となります。この辺だと南野家の仕事になるのかな」
「無視するということですか?」
「そうです、決して話しかけてはいけません」
すぐ誠司は進行方向に歩き出した。ふみも誠司について行く。
ふみは遠くから人間の形をした霊を見ていたが、その場から離れることができないようで、ずっとこちらを見たまま動かなかった。
やがて少し開けた場所に出た。誠司は足を止める。ふみは休憩でもするのかと思ったのだが、誠司の様子がおかしいことで、すぐに状況を理解した。
「あれが鬼、いえ、鬼霊です」
金属バットで指し示した先には、緑色の胎児のようなものが空中に浮いていた。
「突進してきたら四式で跳ね返せます。ふみさんは自分の身を守ることを考えて。あれは僕が壊します」
「誠司くん待って」
ふみが冷静に話しかける。
「あそこにもいる。しかも二体」
「え!?」
誠司が驚いてふみの指し示す方向を確認する。それは来た道であり、二体の鬼が重なりあうようにして浮いていた。
「三体の鬼は、かなりまずい」
誠司がかなり焦っているのが分かった。だが誠司の焦りとは反対に、ふみは大分落ち着いているようであった。
「誠司くん、逃げるのは確定でいい?」
「はい、だが逃げ道にいるのでどうしたものか。実際は付きまとわれて結構むずかしいんです」
「まず一体倒しましょうか」
「それが理想ですが」
誠司はふみにまともに返答できないくらい慌てているようであった。だが、誠司の慌て方は、命の危険に直面したようなものではないと、ふみは感じていた。
(おそらく誠司くんは、私を守ることを考えていて余裕がないんだ。私がいなければ、一人で当主の元へ逃げ帰ることができたんだろう。この状況で、私が足手まといになっている。)
事実、誠司はふみをかなり気にしているようであった。
「私が二体受け持ち、誠司くんが一体破壊するのでどう?」
ふみが提案をした。
しかし誠司が答える暇もなく、一体の悪霊が誠司に突進していた。誠司は金属バットでそれを打ち返すようにうまく対応した。
後方の二体の鬼はふみに向かって突進していた。そんな様子でも慌てること無く二体を見ており、冷静に対応しようとしていた。
「ふみさん!」
誠司がすぐふみに話しかける。
ふみは誠司の声を気にせず、二体のうち、先に突進してきた鬼を四式で払うように殴りつけ、軌道をそらして後方に流した。すぐ木刀を両手で構え、頭上から振り下ろして、二体目の鬼を殴りつけた。
「え?」
ふみに焦りは全く感じられない。
そしてうまく鬼に対応していた。そんなふみの様子を見て誠司が驚いてしまった。
「誠司くん、どうしたの? 後ろにいるよ?」
誠司が後ろを振り向くと、二体の鬼が誠司の目の前に浮かんでいた。鬼に驚いている誠司の後ろから、ふみが一体の鬼を四式で掴み、遠くに放り投げた。
誠司はそれを気にせずに、もう一体の鬼を金属バットで殴りつけた。衝撃で鬼は地面に叩きつけられた。
横からふみが誠司の目の前に現われす。
すぐ追い打ちで、誠司が叩きつけた鬼を、ふみが安全靴のかかと二回打ち込んだ。
鬼が動かなくなったことを確認。
ふみは誠司の背後に回りこみ、抱きしめるような形で、自分の右手と誠司の右手を重ねた。
「誠司くん、二式は使える?」
「え? は、はい」
ふみの行動に驚いたものの、すぐに意図を察知した。
誠司の右手には、拳銃を握ったふみの右手が添えられていた。
「二式は大丈夫?」
地面に転がっている鬼に、拳銃が向けられた。
「いつでもいけます」
「行くよ」
火薬の音が山に響き渡る。
二式は成功しており、拳銃の弾が鬼に当たって穴が空いているのが分かった。
遠くに飛ばした二体の鬼を確認しながら、ふみが誠司に問いかける。
「何発行ける?」
「あと一発は」
すぐにトリガーが引かれる。
誠司の服に縛り付けてあった黒子が一体はじけ飛んだ。
鬼に弾が当たった事を確認した瞬間、ふみは鬼を遠くに蹴飛ばした。
「誠司くん、大丈夫?」
「大丈夫です」
蹴飛ばした鬼は、残りの二体の鬼の方向に転がって行った。二式のダメージが大きかったようで、転がっている最中に消滅して消えた。
「これであと二体。逃げられるかな?」
「行けると思います。かなり動けるんですね、ふみさん」
誠司が答えた。
だが、ふみからの返答はない。
正面にいる二体の鬼をみて、ふみは佐々野の言葉を思い出していた。
(絶対に無理はしないこと。)
「無理じゃないので、もう少し行けますよね」
ふみがつぶやく。
「え、何をですか?」
誠司が慌てて聞き返した。
「誠司くん、少し試したいことがあるので、もし失敗したら助けてくれますか?」
そう言うと、ふみは木刀を地面に置き、手持ちの警棒を振って伸ばした。
「試したいこと? こんなときになに言ってるんですか!」
誠司の言葉が終わる前に、ふみは鬼の方に駆け出していた。その行動に反応して、鬼二体もふみの方に突進していく。
先に突進してきた一体を警棒で横に弾く。鬼はそのまま空中へ飛んでいった。
「ふみさん!」
その声は和彦当主であった。銃声を聞いた和彦と恵子が、何かあったのだろうと心配して駆けつけてきていた。だがその声に、ふみは見向きもしなかった。
もう一体、突進してきた鬼を、ふみは警棒を縦に構えて受け止めた。
勢いを失い空中で静止した鬼を、警棒で上から地面に叩きつける。さらに安全靴で二度踏みつける。鬼にダメージを与えた事を確認すると、警棒を投げ捨てて、ふたたび銃を握りしめ、地面の鬼に向けた。
そのふみの異様な行動を、和彦、誠司、恵子は唖然として見ていた。
発砲音が響き渡る。
ふみは単独で二式を使っているようで、弾は鬼に命中していた。
「一発」
ふみがつぶやく。さらに銃声が響く。
「二発」
そのとき、ふみの真後ろから鬼が突進してきた。それを、まるで後ろに目があるかのように左手でつかみ、和彦の方向へと投げつけた。
「邪魔」
そしてすぐに銃を地面の鬼に向けて、引き金を引いた。
「三発」
だが今度は銃声と共に、ふみの右手の肉と服が裂けて、血が飛び出した。そんな負傷した右手を、ふみは面白くなさそうに見つめた。
「三発か」
恵子が急いでふみのもとに駆け寄る。
「やめて下さい、ふみさん!」
誠司もふみのもとに駆け寄り、足元でほとんど死んでいる鬼を金属バットで殴りつけた。和彦の方向に投げつけた鬼は、すでに和彦が刀で壊していた。
ふみのもとに三人が集まる。ふみの右手は、肉が破れ、血が流れていた。
「すみません、ちょっとケガしちゃって」
笑顔で話しかける。
「い、痛くないんですか?」
誠司が恐る恐る話しかけた。
「痛いです。四式をお願いしちゃってもいいですか?」
言い終わる前に、恵子が右手を四式で保護した。血はすぐに止まったものの、右腕の赤い亀裂は消えていなかった。




