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金髪お嬢様が縦ロールにされる過程をダークエルフのメイドさんが実況するお話

作者: 小倉初斗

「ど、どうしてこうなりますの」

鏡を見ながら呆然とした表情で呟くのは、私の主人であるヒルエット様。

王国創立から続く、由緒正しきファラノ公爵家の三女でございます。

スラリと伸びた背と、通りの良い鼻筋、丸みを帯びてふくよかに発達した一部の身体。

世の女性達が切に願っても手に入らないものをいくつも持っているお嬢様ですが、今はある問題に頭を悩ませていました。

その悩みのタネは、文字通りお嬢様の頭上に今も重くのしかかっています。


金色の長い髪。艶やかな輝きを持つそれは、しかし髪質の太さゆえか完全にまとまらず、ピョンピョンといくつかの房が飛び出しております。

普段はそれを気にして、庶民のように結った髪をまとめあげてしまっているのですが、今日はそうもいきません。

今日は、お嬢様が十六歳になられてから、初めての満月の日。すなわち王城で開かれる公式の社交場に、初めて足を踏み入れる日なのです。


「もう駄目だわ。私では、やっぱり…」

お嬢様の声が段々と涙声になっていきます。

髪がまとまらないというだけではありません。幼少の頃より胸に押し込めてきた『あのトラウマ』が、触発されて顔を覗かせたのでしょう。


「あの、お嬢様」

たまらず声をかけます。

「なんですの?」

不安げな様子でお嬢様が振り向きます。

「ある噂を聞いたのですが」

「噂?」

お嬢様に促されて私は続けます。市井の不確かな情報であったため、言うつもりのなかったその店のことを。

「はい。なんでも二月ほど前に、南の平民街に『ビヨウシツ』という店ができたそうです。そこに行けば、髪の悩みが全て解決するとか」

「ビヨウシツ…?髪の悩みが解決?」

不安しかなかったお嬢様の顔に、期待と困惑が混じりました。

「その『ビヨウシツ』の場所は分かるのかしら?」

「オルスタニア鍛冶工房の隣だと聞いております。」

この国で最も有名な鍛冶工房の名をあげます。

「そう。今が昼前だから、夕方までには戻れそうね」

「では、そのように」

さっそく馬車を手配するとしましょう。


■□■


その店は、小さな空き家を改装して作ったもののようでした。

入口脇の柱は赤・白・青の色で装飾されて他にはない雰囲気を醸し出しています。目線を上に向けると木で作られた看板がかかっていましたが、書かれている文字が公用語ではなかったため、私には読めません。

「第四古語ね。『美作理容・美容室』だから、ビサクリヨウ・ビヨウシツと読むのかしら?」

お嬢様には読めるようです。流石です。と、感心していると…。

「いらっしゃ…うぉっ!」

中から一人の男性が出てきて、驚愕に目を見開きました。

それはそうでしょう。紋章の無いものを選んだとはいえ、それでも豪華な造りの馬車が入口脇にドンと停められていたのですから。

さらに、そこから降りてくるガルボハットを目深に被ったお嬢様と、ダークエルフのメイドという怪しい二人組。驚くのも無理はありません。

あ、申し遅れましたね。私、お嬢様のメイドでダークエルフのミヤ=アルハンブラと申します。以後、お見知りおきを。


さて、話を戻しますと、男性は気を取り直したのか、自分はミマサカ=ソージという名であり、ここの店主であると名乗りました。

こちらがそれなりの身分であると察したのか、丁寧な対応です。

「今日は一人の客として来たにすぎません。いつも通りで結構ですわ」

「わかった。こっちもその方が楽だしな」

お嬢様の言葉を受けて、あっさりと態度を戻しました。切り替えが速いですね。

お嬢様もお嬢様で、子供の頃に屋敷を抜け出して平民街に遊びに来ていたためか、自然と対応しています。


「それで、今日はどんな感じに?」

店主の問いかけに、お嬢様が顔を曇らせます。

「その…、この髪をパーティー用に、せめて恥ずかしくないように」

お嬢様が恐る恐る帽子をとります。

「? じゃあ、この椅子に。お連れさんはこっちへどうぞ」

店主はお嬢様の態度に疑問を浮かべつつも、てきぱきと準備をしていきます。

流石はプロといったところでしょうか。顔付きも先程までとは違い引き締まっています。

「この国のパーティーで、何か決まりみたいなのは?」

「そこまで多くありません。階級によって身に付ける宝石が決まっているぐらいでしょうか。後、女性は背から腰あたりまで髪を伸ばすことがほとんどですね」

私の説明に、店主がうなずきます。

「金髪のお嬢様といえば…、やっぱり『アレ』だよな」

店主は何かを呟きながら、準備を続けます。

はてさて、どうなるのか?私は後ろでじっくり見せてもらいましょう。


■□■


店主がまず手に取ったのは、蒸らしたタオルでした。

それをお嬢様の頭にクルクルと巻き付けていきます。さらに巻いたタオルの上から、指の腹を使って頭皮を揉みほぐしていきます。

慣れない場所に緊張していたお嬢様の顔も段々と緩んできます。あ、口が半開きですね。ちょっとだらしない。

十分ほど経ったところで、タオルが取り払われました。いよいよ、髪に取り掛かるのでしょう。

次に手に取ったのは、歯の細かいクシと、ギザギザのクシ歯がついたハサミでした。

髪を梳きつつ、クシから飛び出した毛の先端を撫でるように優しくカットしていきます。

全体の形を変えるのではなく、バランスを整えていくようです。

毛先は特に念入りにカットされていきます。一番目立ちやすい所ですからね。


一通りカットが終わり、お次は髪を洗うようです。

店主が足で椅子の足元を押すと…、おお!椅子が回転して背もたれが倒れた。

そのまま、壁際に備えられていた水洗台に、お嬢様の首から上がスポリと収まります。なるほど、機能的ですね。

店主がビンから、何かドロリとした乳白色の粘液を手に取りました。あれは、ココナッツオイルを中心にいくつかの植物油脂を混ぜ合わせ、そこにラベンダーなどの香油を添加したもののようですね。

猟犬顔負けのダークエルフの嗅覚が、あの液体の成分を丸裸にします。簡単に作れそうなので、帰ったら私も作ってみましょう。

さて、その液体がお嬢様の頭にワシャワシャと塗りたくられていきます。そして、泡が髪全体を包んだところで、ジャーッとお湯がかけられました。

なるほど。頭上の出っ張りはシャワーだったのですね。貴族でも一部しか持っていないシャワーが、何故ここにあるのかは今は置いておきましょう。考えるの面倒くさいですし。

フワフワのタオルでお嬢様の髪が拭かれて…、あ、凄い!元から艶やかであったお嬢様の髪は、さらに輝きを増して、周囲の光を受けて、まるで白金のように光を放ち始めました。

ふむ、あの輪のような輝き。『天使の輪(エンジェルリング)』と名付けましょう。なんとオリジナリティ溢れる洒落た名前なのでしょう。私、天才かもしれません。


次は…、む?あれは何でしょうか?

細長い金属の円筒が五つ。円筒の片端からは黒い紐が出ており、足元の箱に繋がっています。

あ、円筒に髪を巻き始めました。耳の脇に左右一つずつ、背中の毛先に三つ。クルクルと手早く巻き終えると、店主は足元の箱に手を伸ばして操作をします。

よく見るとレバーがついていますね。店主がレバーを倒すと、コォーッという音とともに装置が動き出しました。

むむむ、どうやら熱風を送って、あの金属筒を熱する装置のようですね。箱の中に魔石が内蔵されているのでしょうか?

あ、再び蒸しタオルが取り出され、お嬢様の顔にかけられました。

鼻と口以外はスッポリと覆われてしまいました。店主の様子を見るに、しばらく放置のようです。


……一時間が経ちました。

店主が、放置されていたお嬢様のもとに向かいます。

ちなみにこの一時間で、髪のお手入れについて店主から色々と教わりました。

…私事じゃないですよ?私が髪のお手入れが上達すれば、ほら、えーと、お嬢様の今後のお手入れにも役立ちますし。


それはともかく、今はお嬢様です!

タオルをどけられ、金属筒を外されたお嬢様ですが、心地良かったのか半ば微睡みの中にいるようです。

店主が先ほどとは別の液体を手に取り、お嬢様の額、目元、鼻筋、頬、顎、首回りと塗り込んでいきます。

お嬢様は…、余程気持ち良いのか、されるがままですね。

心なしか艶っぽいです。同性の私から見てもドキッとします。というかダークエルフの習性的に、男でも女でもイケる口です、私。


■□■


さてさて、およそ二時間にわたる施行が終わり、いよいよお披露目の時です。

店主が、頭から胸までを映せる鏡を二枚持ってきて設置します。

ちなみに、この大きさの鏡だと一枚で平民の年収が三年分は吹っ飛びます。シャワーといい、鏡といい、相変わらず謎が満載ですが、突っ込むのはよしておきましょう。野暮ってもんです。


「これが…、私!?」

そこにいたのは、元の姿を思い出すのが困難なほどに洗練され、強い存在感と可憐さを併せ持った一人の令嬢でした。

頭頂部からスッと流れるように垂れた金髪は、耳の辺りからフンワリと緩やかに回転し、まるで金の飾り細工と見間違うばかりの優雅さを湛えています。

少々野暮ったかった頭部は、すっかりと変貌を遂げており、お嬢様の顔からは隠しきれない喜びの色が溢れていました。

それにしても、このような混じりの無いお嬢様の笑顔を見たのは、いつ以来でしょうか?

昔を思い出します。お嬢様が、その髪を呪うようになった遠い昔の話を。


炎の一族とも称されるファラノ公爵家は、その名に相応しく、一族のほとんどが燃えるような真紅の髪をしています。それは、遠戚から嫁いできた奥様も例外ではありません。

そのような中で生まれたお嬢様は、たった一人金色の髪を持っていました。

「おそらく先祖帰りだろう。八十年以上前は、一族にも赤以外の髪があったそうだ」と、当主様は仰られていましたが、幼いお嬢様には何の慰めにもなりません。

口さがない人の中には、お嬢様を不義の子であると陰口を叩く者もいました。

当主様と同じ、右手の甲にホクロがなければ、今も噂されていたかもしれません。

お嬢様が心を痛めているのは分かっても、周囲の者は噂に対処する以外、どうしようもありませんでした。

ただ時が経ち、お嬢様が自身を受け入れられるようになるのを待つ以外には。


「いやー、綺麗に出来て良かったよ」

店主の能天気な声で、現実に引き戻されました。

店主は、先程までのプロの顔とは一変、ヘラッとした締まりのない顔をしています。

「キ、キレイ?」

お嬢様が動揺した声をあげます。

感慨に浸っていたところに、急に声をかけられたのでビックリしたのでしょう。もしくは…、いえ、まさか。

「ああ。ロールヘアーってのは扱いが難しいんだ。こんな美しい金髪だからこそ、ここまで素晴らしいものが出来たんだよ」

「この金髪だから…、そう。そうね」

自らの髪にコンプレックスを持ち、どこか表情のぎこちなかったお嬢様が今、晴々とした表情をしています。

それはお嬢様が、長年囚われてきた枷から解放された証でした。


「お会計は、待っている間にそこのメイドさんがやってくれたから、このまま行ってくれて良いよ。ああ、ちょっと待って」

店主はそう言うと、細長い紙をお嬢様に差し出しました。

「これは?」

「サービス券だ。次来た時から使えるから」

「次…。そうですわね。ええ、次も来ますわ。絶対に」

そう言いながら、お嬢様は馬車に乗り込みます。私もそれに続いて御者台へと移動し、手綱をとりました。

「この時間なら、余裕でパーティーに間に合うでしょう」

「そうね。それにしても、こんな気持ちでパーティーに出るなんて初めてだわ」

馬車がカラカラと小気味の良い音をたてて、前に進み始めました。

それからしばらくして、王国でロールヘアーが流行するのは、また別のお話。


<了>


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