姉妹じみたお喋り
机から少し上の位置に浮かぶホログラム。アンティーク調のイスに座った眼鏡の女性が、それを睨むようにのぞき込んでいた。そのため猫背になっている。
「ちょっとちょっと近すぎ。それ以上目ぇ悪くしてどーすんの」
その女性の斜め前にいた短髪の少女が声をかけた。彼女は本を数冊持っていたが、横にして重ねたものを背表紙を上にして倒したような、そんな奇妙な状態で持っている。
「話しかけんなばか。今めっちゃ集中してんの、オーケー? リアリィ? ワットドゥーユーシンク?」
「……ほんと疲れてんね。なんか勢いだけで話してない? ちゃんと脳みそ通してる?」
「うるさいうるさーい! あたしはお疲れだぁー!」
「いや知ってるし」
急に顔を上げてまとめてある髪をぐしゃぐしゃかき回し始める女性をしり目に、少女は持っていた本を机に置いた。背表紙を上にした状態のまま。
そのまま女性の後ろにまわり、ホログラムをのぞき込む。
「今何探してるんだっけ? それとも情報収集じゃなくて分析の方?」
「お茶」
「……アタシお茶って名前じゃな」
「お茶が飲みたいのですよ」
「うわぁキャラがすごい事になってる……きもちわるっ」
「とりあえずお茶を持ってこぉーい! あとお菓子! お菓子きれた!」
「いやていうかむしろ食事」
「おっちゃあああ!!」
「あーもー分かった分かった静かにしててよ! 持ってくるからぁ!」
イスごとばたばたと暴れ始めた女性に負けて、少女はキッチンへ向かう。水を入れた銀色の容器を台にセットし、ふたにあるボタンを押す。そして沸騰するまでの待ち時間にマグを2つ用意し始める。ついでに上の戸棚を開けて何か探し始めた。
女性はもう一度眼鏡をかけ直し、イスにもたれ掛かったままにホログラムをじとっと見る。
「だから言ったじゃん、コネクタなんて危なっかしくて常用するにはとても向かないって……せめてもっと間に別のものをはさむべきだったし、力がある人が意志をもって悪用したら被害はあっという間に……っていうか何なのこれ? こんな簡単に、こんな単純な使い方でここまで……」
ホログラムの中にはいくつかの画像と文章があり、そこには「オシャベリ」「御田殻」「大虐殺」「防犯記録装置」といった単語。
そして画像には、輪郭だけしか映っていない少年らしき人。
キッチンから戻ってきた少女がマグを横に置いた。
ついでにお菓子も置く。
それにちらりと目をやった女性は、かっと目を見開きお菓子ののった皿ごとがしりと掴んだ。
「これポップクラウダじゃん!! やだ! もう大好きッ!!」
絵本にかかれる雲のような形をしたそれは、外側がカリカリした食感の焼き生菓子だ。サクサクした中身との間にはしっとり生地がはさまっている。
「あたしこれ大好き!」
「知ってる知ってる」
「やぁっほほーーいっ!! 休憩しようぜ休憩っ♪」
「あーもう跳ねないの! ホコリが立つでしょうが……」
両手をあげてリズミカルに跳ねだす女性をたしなめつつ、自分も休憩するべくイスを傍に持ってきて座る。
そうしてマグに入れたブレンドティーを一口飲んで、聞いてみた。
「それで? 結局そのホログラムは何なの?」
さっそくお菓子にとりかかっていた彼女はもごもごしながらにやけるばかりで、聞いているのかいないのか分からない。とりあえず辛抱強く待っていれば、お菓子を2つ3つつまんでマグに口をつけた後でようやく少女に体を向けた。
「このホログラムはまぁ、正直興味本位でのぞいてたやつなんだけどね」
「何事もなかったみたいに……まぁいいけど……」
「でもあたしとしてはその興味本位でのぞいてたやつの方が、あたしに判断をあおぐべき案件だと思ってるな」
「? えーと、あんたに任されたやつって何のやつ?」
女性は背もたれにもたれながら、眼鏡をわざとくもらすようにふぅ、とマグに吹きかけた。
「防犯記録装置に残された映像とかー、あとは記録系のヒトが持ってきたもんを色々イロイロしてー、まぁなんだ、カミマチって奴の形をハッキリさせて教えてくれってことかな」
「カミマチ? ……えっ、カミマチ!? あの!?」
「どのカミマチかは知んないけどそのカミマチよぉ~」
「うっわぁすごく返事適当だけどどうでもいい! カミマチって、いやいや待ってちょっと待って……あれって、『多分』少年ってだけしか分かってない人? なんか分析頼んだ人にはことごとく無理でしたって言われたくらい分かってない人?」
「うんそうそんな感じー」
「それを、なに? みんなに無理でしたって言われた姿かたちの分析を任されたの?」
「そうそうそんな感じぃー」
「ほんと適当ね! …………えっ、その、………分かった、わけ…………?」
ごくり、と喉を鳴らす音が聞こえそうなほど真剣に聞いた少女を視界の横に見ながら、眼鏡の女性はマグを傾け目を閉じて。
「ぜんぜん。」
あっけらかんと言い放った。
「ああああもうっ、何なの!? 何この、いややっぱりなっては思ったけどでも期待したでしょうが! もうっ!」
マグごと手を机にドンッと打ちつけ、少女がわめく。
「なーにさもう騒がしいなー、そりゃそっちの専門家に任せてダメだったのにあたしが分かるわけないじゃんね~ポップクラウダちゃーん?」
手に取っていくつめだか分からないお菓子に話しかける女性に、じとっとした視線を送る。
「あなただって専門家みたいなもんじゃん……」
「そればっかりってわけじゃないもーん。まぁあたしだって一応お仕事だし? 頑張ってみたけど? でもこれ、ほら、見てみいこれ」
「ん、なに……あれ? 何この文字……」
ホログラムの中をのぞけば、画像に映った少年らしき人影、その中にたくさんの文字が泳いでいる。
「『アイアムカミマチ』って書いてあんの。すっごいっしょ。これただの画像なのに文字動きっぱなしだし」
「えっこれ動画じゃないの?」
「んーんー違う違う。これね、ある程度分析すると出てくる仕掛けになっててねぇ、それまではただの真っ黒いカタマリが笑ってるようにしか見えないんだー。ホラなんかあるじゃん、真っ黒な影の口んトコだけ笑った形に白くなってるやつ。アレよアレ」
「なんの恐怖映像なのそれ……」
「恐怖映像っちゃそうだわなぁ。だってこれあの大虐殺のやつだし」
「はっ!?」
大虐殺。『あの大虐殺』で通じるそれは、つい最近の出来事だ。
御田殻という地で起きたその惨たらしい事件は、ある地点において生存者・目撃者が共にゼロという、結果だけしか分からない、不明点が多すぎる事件だ。
しかもその分かっている結果も「中心にある遺体と同じようにすべての人間が車で何回も叩き潰されたような状態」というもので、その事件を知る者には恐怖や不快さしか与えない。
そんなものの画像だと知って短髪の少女は慌てた。
「まっ、まっやめ、アタシちょっとグロ系は」
「あーこの画像にはそーゆー系入ってないからダイジョーブダイジョーブ」
「あっそうなの? 良かっ……」
「あえて出すならこれかなージャーン! 分析する前の画像~」
「わあああああ真っ黒いのがこっち見てる笑ってるいやあああああ!! きもっ! こわっ!! 何見せてんのさ!」
「ご期待におこたえしようかと?」
「しなくていいってば!」
「分析してもこの仕掛けが見つかるだけであとはウンともスンともナンとも言わん。分析する人ってばこの仕掛けを見つけるだけのピーエーロー」
女性が画像を真っ黒い物体が移ったものから少年らしき人影の画像に戻せば、少女は落ち着きを取り戻して息をついた。
「あ、あームダに疲れたよ……え、あれ……」
ふと何かに気付いたらしく、首をかしげる。
「こういう画像とか残ってるって事は、あの大虐殺ん時の記録も残されてるんじゃないの?」
「ん? まーある程度は……なになに」
「やーだからさ、あれって結果しか分かってないって聞いたけど、記録装置が生きてたんなら過程の記録も残ってるんじゃないの」
「あーそゆ事?」
かけている眼鏡がずれるほど、髪をわしわしとかきまわす女性。
「ザーンネンなーがらー、カミマチ殿がわざと残したやつしか残ってなくてですね。ぶっちゃけこの画像と現場の“終わった”トコしかないわけよ。しかもその記録でさえカミマチが改ざんしてる可能性メチャ高い! だからあたしは申し上げたく思うわけだよ、『こんなんあたしに回してくんな』と」
「え、あ、あーはい……」
「だって残ってるのが少ない上にどれもそっちの専門家が既にみつけたビックリ箱の仕掛けしか見当たらないのにさあ! これ以上飛び出す動画みててどーすんだよ! って話じゃろ!? そーじゃろーがいっ!!」
バンッ! と思いっきり机を叩いたため、乗っていた女性の分のマグが危なく倒れるところだった。
それに慌てて手を伸ばしながら、少女は内心めんどうくさく思っている。
まぁめんどうくさいのはいつもの事で、女性の気持ちも分かるため、口には出さないが。
「なのにあいつらってば全然コネクタ関係あたしに任せてくれやがらない! もう!」
「上司をあいつら呼ばわりか……んん? コネクタ?」
「そう、コネクタ! 自分のエネルギーを使う事で色んな物と接続する時、個人としてのパスワードを自動で構築・認証・決定するなんかイロイロ便利なモノ!」
勢いよく立ちあがったせいでイスが派手な音を立てて倒れた。
しかし女性は気にもかけず、後ろで手を組み部屋の中を歩き回り始める。
「でもあれは裏を返せば、コネクタが使われた機器を介し、人そのものに働きかける事ができる、とっっっても! 危ないモノなわけだ!」
「ああ、一般に普及される随分前にあなたが言ってたから、知ってるけど」
歩き回る彼女が蹴っ飛ばしたり落としたりしないよう、歩いていく先々で落ちているクッションや机からはみ出している本やらをよけてやりつつ言う。
「でもさ、使ってる人のデータが分からなきゃコネクタ介入は無理、だからセキュリティは大丈夫……って発表じゃなかったっけか」
「人種から血液型、身体におけるあらゆる数値、そういったものが分からないならね。ええそりゃモチロン安全性はメッチャ高いともよ、しかしだね諸君」
「アタシしかいないけど」
「シャーラァーップ! 静粛に! 静聴してくれたまえ! 諸君!!」
「あーはいはい諸君ショクン。それで?」
やっと歩き回るのをやめた女性は、少女に背を向けて姿勢を正した。
背を向けているのに姿勢を正す理由がわからないが、まぁ雰囲気や気分の問題なのだろう。
「コネクタは、それそのものが情報である。つまり」
後ろで手を組み、振り返る。
女性の顔は、意外にも真剣だった。
「コネクタ自体に働きかけられる力があるなら、何もかもが無駄になる」
眼鏡の奥のその真剣な目に気圧されつつも、おずおずと少女は聞いた。
「……そ、れさぁ、現実的にほぼ不可能って話じゃなかったっけ? ほら、コネクタの情報と繋いでる機器とかの情報が混じっちゃうし、その時の空気の水分量とか、そういうのも混じっちゃうからーって……」
少女の問いかけに、今度は体の前で腕を組み、ちょっと口を尖らせる。
「デタラメだ」
「んえ」
「デタラメでしかないよ。理論上は可能なだけなのに、なのに、」
腕を解いて、ツカツカと足早にホログラムがある机に向かう。
「こいつは、」
ホログラムを示すように机を叩く。
「本当にっ、やっちまいやがったんだ!!」
沈黙が落ち、やがて女性はぽつりと呟いた。
「御田殻の大虐殺なんて可愛いもんね。ちょっと掲示板に入ればこいつ、そこに接続している奴、みーんなどうにでも出来ちゃうわ」
さすがに顔を青くした少女が上ずった声で、
「ちょ、っと待ってそれすごく、すんごく……まずい、っていうかやばいってか、ちょっとそれ誰かに言った方がいいんじゃないの……!? 大変じゃんか!」
「うんあたしもそー思う。でも問題はお偉い方々が聞いてくれるかなーって」
「聞くでしょ! だってそんなやばい事……第一あなたが言うならみんな真剣に聞くはずだよ! だって」
「ところがどっこい」
「……」
顔を上げた女性は真剣な顔をして、しかし何だかうさんくさかった。
「任されてたのは記録の分析でこれ全くお願いされてなくて、しかも」
「……あんまり聞きたく気がする。何?」
「掲示板やら何やら調べるのに、ちょーっとあのそうまぁ何て言うかぶっちゃけて言うと何だ若干アレで、まーそんなに悪いコトしたわけじゃないんだけどでもうんちょーっとね、ちょびっとさ?」
「……はよ、言え……! 何したのあなた! 嫌な予感しかしないなぁもう!」
女性は清々しいほどの笑顔で、
「イロイロ違反した!」
爽やかに言い放った。
少女は一回深呼吸をした。そして聞く。
「一番小さい違反は」
女性はさらりと答える。
「マナーかな」
続けて少女が聞く。
「一番大きい違反は」
女性は事もなげに答える。
「法律かね」
沈黙。
「えーと一応聞こうか。いいの? それ」
しばらくして発せられた声は、何だかとても慣れたことのように落ち着いていた。表情も、少しすねたような顔ではあるが、それは「またか」という気持ちによるところが大きく、法律違反それ自体はそれほど気にしていないらしい。
気にしなくなるほど頻発している事態、なのだろうか。
しかしそれに返答する彼女の方が、こういった事態により慣れているようで。
「バレなきゃいいのさぁ」
にやっと笑いながら眼鏡に光を反射させるさまは、どこから見ても悪巧みの顔だった。
『“合歓木ラボラトリー”への依頼
先日の御田殻における大虐殺、その時の映像記録装置に映っている唯一の生存者である人物の解析をし、詳細を報告すること。
添付資料にある他者の解析結果と同じ結論であっても、結論に至るまでの詳細を省くことは不可とする。また、解析途中に気付かれたことはどんな些細なものであっても、考察として記録するように。
添付資料は別途送付する。
追記:先日博士が問い合わせされた件について、本部は“現状維持”の判断を下した。理由は、現実的ではない危険性であること、対応策が大がかりかつ困難なものであること。また本件に関して、博士が剥奪された権限を使用し不正に情報を手に入れた疑いがあり、内容の正当性が問われる。
今後コネクタの根幹に関する研究が“合歓木ラボラトリー”における責任者管理データから発見された場合、何らかの処分が下されるため、その事を十分ご理解いただきたい。
あと俺のパンツどこやった?』
『返信:“合歓木ラボラトリー”への依頼
じゃんけん大会された後にこま切れになって複数人(男含む)の手に渡ったトコまでしか見とらんよ』
『返信:返信:“合歓木ラボラトリー”への依頼
ちくしょう!』