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人の邪魔をしましょう

 下から階段を上る音と怒号と、「待て」だとか「止まれ」だとか「逃げられないぞ!」なんていう、お決まりの文句が聞こえる。

 それで止まるわけがないだろう。捕まりたくないし追いかけられたら逃げるのが本能ってもんだ。

 たとえもう逃げ場所がないとしても。


「っ、は、っクソ……ッ!」

 ゼイゼイという無様な呼吸が耳障りだ。手も足もがくがくして、嫌な汗が止まらない。重いアタッシュケースを持って階段を上るのもそろそろ限界だ。

 だがむしろずっと続いてくれた方がまだマシだろう。

 上を見れば、屋上へのドアが確認できた。

 もう逃げ場所がないという、決定的な光景だ。

「っ、あああぁあッ!!」

 ヤケになって体当たりするようにドアを開けた。

一瞬目がくらみ、下を向く。少ししてから顔を上げて、


「やぁイラッシャーイ」


 その光景に目を疑う。


 子供だ。服についているフードを被って、こっちに背中を向けて、両手を広げて建物のギリギリの(ふち)に立っている、子供がいた。

 まるで飛び降りる前のような姿だ。

 くるっと回りこっちを見る。

 フードに隠れていない口が無邪気に笑った。

「あっはぁすごいねソレ! お金持ち? ああ銀行強盗! いいねぇ夢があんじゃ~ん」

 無邪気すぎた。

 一瞬何を言っているのか分からず、目を白黒させる。

 ようやく自分が持っているケースの事を言っているのだと気付いた時には、また子供が喋り出していた。

「追い詰められて屋上に行くってゆーのもアクション映画であったりするよねー アレちょっとワクワクする。ちょっとだけだけど」

 クスクスと笑う子供。そこまで聞いてぎくりとする。


 いや、待て、何でこいつは知ってるんだ。

 俺が逃げてこの建物に入るのを、上から見てたのか?


「でもさ、実際こうやって来てもさぁ、ヘリでも用意してなきゃ捕まっちゃうよね」

 ケースを見ただけで銀行強盗なんて分かるわけがない。じゃあずっと見てたのか?

 いや、おかしい、見てたんならさっき気付いたみたいな反応はしないだろう。

「キミもさぁ。結局捕まっちゃうよね?」

 大体、なんでこいつはこんなに普通に喋りかけてくるんだ?

 俺が強盗犯だって気付いたんならもっと慌てるとか…………、

(…………キミ?)

 子供にキミ呼ばわりされたと気付いて、途端に頭に血が上った。

(俺の半分程度しか生きてないガキが、馬鹿にしやがって……!!)


 強盗なんて真似までしなきゃならなかった今までの事や、捕まえにきた奴らの事、そいつらから逃げてこんなビルの階段を延々上るはめになった事、そのあげく、子供にキミなどと呼ばれて、俺は頭に血が上ったんだ。


 重たいケースを持って走り出す。

 ぐるぐる渦巻いていた不満や怒りが、その子供に全部向かっていく。

 理不尽だ。けど止まらなかった。

 子供の目の前まで来て、勢いのままケースを振り上げる。

「このッ、ガキがああああああぁあぁあッ!!!!」


 ビルの端でこんな重たいケースで殴って、子供が落ちるとか死ぬとか、俺が殺人犯になるとか、何も考えないでただ振り上げる。

 目の前の子供が言う。


「それは 楽しくないなぁ。」


 体が動かない。

 錯覚だと思った。そう感じるだけだと思った。

 けど、子供が俺のケースをひょい、っと取って、そのままスタスタと横を通り過ぎても身動き一つ出来ない事に気が付いた。ケースで殴ろうとした体勢そのままに固められたような感じだ。

 目だけは動かせるみたいだが、他は何一つ動かせない。止まるには不自然な体勢のままで、そして気付いた。

 ビルの端にいたそいつを殴ろうとして端まで来て、殴ろうと振りかぶったそのままの不安定な体勢で、止まっている。それは、つまり、2・3歩よろめいたりしたら、あっという間にビルの端からその先――空中へ踏み出しちまうって事だ。

 そうと知って一気に血が下がる。

 

「だからさ、バトンタッチしようよ」


 今まさに襲われかけたのに、全然気にした様子もなくあっけらかんと喋りだした子供にゾッとする。

 どう考えたって異常な事態だ。

 なのに、それ以上に異常なのはこの子供だ。

(これ、この、体が動かないのって、こいつが……!?)


「これからこの屋上のシーンからは、ボクチンが強盗犯」

 言ってる内容も、やってる事もおかしいのに、

(なん、何で…………何で誰も来ないんだ!? 追ってきた奴らは……)

 誰も止める奴がいない。

「キミはまぁ邪魔だしどっかに飛ばして逃がしたげるよ。わお ボクっていい奴!」

(ちっ近づいて来るな! 来るなよ!!)


「さぁ カッコイイ強盗犯のお手本を示そうか!」


 まだ動かせない体をどうにか動かそうとしても、どうして動かないのかすらも分からないのに動かせるわけがなかった。

 わざわざ回り込んで笑う口元を見せてきたそいつが更に笑う。

 笑って、




 ビルの屋上には子供が一人立っていた。

 手にはやたら耐久性が高そうなケース。

 暫く半端な位置で黙って立っていたが、やがてビルの端まで歩いていく。

 一番端まで歩くと、そのビルのふちギリギリにすとんと座った。そして足を組む。

 屋上に通じる扉の方を向いて大きく深呼吸する。そのまま息を止めて、なぜか目の前の空気をはじくようなしぐさをした。

 その途端、今まで静かだったのが急に騒がしくなる。まるで合図を出されたドラマのシーンか何かのように。

 扉がガンガンッと手荒く叩かれる音、もう逃げられないぞという人の声、早くしろという怒号、それらがほんの少しの間くぐもって聞こえたかと思うと、ダガンッ!! と耳を覆うほど大きな音と共に扉が開く。

 大勢の人が屋上へなだれ込むように出てくる。

 彼らの目の前には、ビルの端に足を組んで腰掛ける少年が一人。

フードに隠れていない口が、いたずらっぽく笑った。


「ヨーコソ俺の逃走劇へ!」

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