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狼のつがい  作者: 七草
6/13

終わりを告げた日常

 シュビと俺はつがいになった。

 別に特別今までと何かが変わるわけではない。しいていえばちょっとスキンシップが多くなり、俺がシュビの後ろをついて回ることが多くなったくらいだ。

 狼の習性なんだが、シュビは煩わしいと思っていないだろうか。


「ゼルは愛妻家なのね。私はゼルといつでも一緒にいられて、とても嬉しいからなんでもいいんだけれど」


 シュビはくすくすと笑って喜んでくれた。

 朝、シュビを起こして散歩をする。軽く運動をしてじゃれたりする。洗濯を手伝ったり、薪割りを手伝ったり、畑の世話や料理をするシュビの周りをうろうろしたり、たまに野兎や花をシュビに贈り、夕食を一緒にとって毛づくろいをしてもらい、鼻先をちょんとくっつけたりして、一緒に丸まって眠る。

 幸せだった。種族を越えた慈しみと愛情があった。

 シュビと、この生活を愛おしいと思っていた。



 あんな形で、俺達の平穏な日々が失われるなんて、思いもしなかったんだ……。



 その日、俺はそろそろ大型の動物を一匹狩って腹を満たしておこうと思いシュビに見送られて縄張りで獲物を探していた。

 その日はなかなか獲物が見つからなかったが、ようやく見つけた獲物を比較的楽に仕留めることが出来た。

 お腹を満たしてさあ帰ろうとシュビの待つ小屋へと戻った。

 小屋への道のりをすたすたと戻っていくと、道に見慣れない足跡がたくさんついていた。

 たくさんのヒトの足跡、匂い。

 それらが小屋へ続く道へ伸びているのだ。俺は胸騒ぎがして急いで小屋へ戻った。



 小屋の前ではシュビを囲むように複数のヒトのオスがぐるりと半分の輪を作っていた。

 小屋の前に立ちふさがって警戒したような、困惑したようなシュビは怪我を負ってはいない。

 よかった!シュビ、無事だったか!


 俺はひらりとオス達の前に躍り出て、シュビを背にかばうように威嚇する。

 なんだお前達!俺のシュビにさわるんじゃない!!


「ゼル!」


 シュビが声を上げ、オス達も割って入ってきた俺を見てさらに警戒心をあらわにしながら、俺に矢とジュウを向けた。


「やめて!ゼルはむやみに人間を傷つけたりしないわ!賢い狼なの!そんなものを向けないで!」


 シュビがオス達に向かって声を荒げるが、オス達は相変わらずじろりとシュビと俺を睨みつけている。


『訳分からないことばかり言いやがって不気味な魔女め!怪物まで呼び寄せやがって俺達の村を襲うつもりだったのか!!』


 オスの一人が低い声で叩きつけるように言った。

 シュビは違う違うと反論している。


「私達は貴方達に危害など加えないわ!本当にただこの山で静かに暮らしていたいだけなの!だからどうか武器をおろして私達を放っておいて!」

『俺達の村から何人も子供をさらいやがって!子供達の敵をとってやる!』

「子供なんて攫っていない!あれは別の山賊か何かの仕業よ!私は子供なんて攫っていない!」

『しかも帰ってきたケン坊は、お前の妖術に惑わされたんかお前がいいやつかもしれないなどと言いだしやがった!ケン坊の妖術を解きやがれぇ』

「そんなことしていない!私は怪我を治しただけ……。お願いだから信じて頂戴!」

『わけのわからない言葉で変な妖術使いやがって!不気味な赤い女め!お前が存在しているだけで迷惑なんだ!消えろ!』


 シュビとオスとの言い合いは平行線をたどったまま、オスの怒りの勢いだけがひたすら増しているようだ。

 ここで俺はふと気になることがあった。

 さきほどからシュビとオスの言葉に奇妙な違和感を感じている。


 シュビは相手の言葉に反論しているが、オスはシュビの話をまるで理解できないとでも言わんばかりの口調だ。

 シュビの話を聞く気がないのだろうかと思っていたがそうではない。

「わけのわからない言葉」この言葉がひっかかった。そういえば子供も「訳のわからない変な人」と言っていた。

「わけがわからない」とは一体何にかかっている言葉だ?

 俺はその言葉をシュビが変わり者だという意味に捉えていた。

 だが「わけのわからない」がシュビ本人ではなく、シュビの発する言葉にかかっているのだとしたら……?


 シュビはオス達と話が出来ないのか……?


 俺の疑問に静かにシュビが答えた。


「当たりだよ、ゼル。この人達には私の言葉がわからないの……。そして私も彼らの言葉がわからない……」


 そんな、まさか……じゃあシュビがやつらの言っていることを理解しているのは……。


「心を読めるから……だよ」


 俺はとんでもない思い違いをしていたのか……。

 シュビは赤い髪に赤い目。

 オス達は黒い髪に黒い目。

 俺はシュビの色の違いと力のせいで孤立しているのだと思っていたが、孤立している最大の理由は、シュビとこいつらが違う種族だからだったのか……っ!

 俺だって同じ狼でも違う種族のものとは相いれない。その上さらにシュビは言葉が通じないのだ。

 これではオス達にとってシュビは狂暴な獣と何ら変わりがないだろう。だからシュビは追われていたんだ。言葉の通じない狂暴な獣として、狼の俺がヒトに追い回されるのと同じように……。


 だが、だがそんなことは関係ない。


 俺はヒトに低く低く唸り威嚇をした。


「ぜ、ゼル……」


 背後からのシュビの声にも振り向かない。

 シュビは俺のつがいだ。何人たりとも触れさせはしない!!

 去れ、ヒトのオス共よ!立ち去らないならば、お前たち全員をかみ殺してやるっ!!


 俺が戦闘態勢に入ったことが相手にも伝わったのだろう。向こうもごくりと息を殺して拮抗状態がうまれた。



 その時、空気が大きく揺れた。

 大地は割れ、草木がびきびきと悲鳴を上げている。

 俺は後ろを振り返った。

 シュビから痛いくらいの光が立ち上る。

 シュビは冷たい目でオス達をひたりと見据えて静かに言った。


「ここから立ち去りなさい。私とゼルの幸福を脅かすものを私は許さない。

 私はもう一人ではない。お前達と敵対しても構わない。私にはゼルがいる。私からゼルを奪うことは許さないわ」


 静かな静かな、けれど魂の奥にひやりと滑り込む氷の様な警告だった。

 シュビがここまで攻撃性をむき出しにしたのは初めてだった。

 シュビは必死で守ろうとしているのだ。

 俺を、俺との生活を。


 シュビの言葉が伝わったのか、オス達は後ずさりするようにじりじりと後退する。

 このまま俺達の視界から消えてなくなれ!と強く念じながらオス達を威嚇し続けてた。



 まるでその均衡を破るかのように、よく通る子供特有の高い声が響き渡った。


『やめてー!!そのお姉ちゃんと狼を傷つけないでぇっ!!』


 泣きそうな顔で現れたのはあの時の子供だった。


『ケン坊くるんじゃない!』

『ケン介!どうやって!?村に戻れ!』


 オス達が慌てている。


『その狼さんは僕を助けてくれたんだ!お姉ちゃんも悪いことなんかなんもしてない!なんで信じてくれないんだっ!!』


 子供がオス達に向かって泣きながら声を張り上げた。

 その場を支配していた緊張感がふっと霧散した。

 シュビが力を弱め、茫然と子供を見つめていた。

 子供もシュビをしっかりと見つめている。

 シュビはふらふらと子供に近寄り、手を伸ばそうとしていた。

 子供はシュビの意図を察したのだろうか、シュビに向かって手を伸ばした。


「ちゃんと……伝わっていたのね……。言葉が通じなくても、私の心は届いていたのね……」


 シュビは泣いていた。

 子供はその場から動いたりはしないが、シュビの伸ばされる腕を拒絶しようとはしなかった。

 あと数歩の距離で、二人の互いに向かって伸ばされた腕は繋がろうとしていた。


 誰もがシュビに恐れおののいて動けない中、シュビの関心の全てが子供一人に注がれている、その隙をオスの一人が逃さなかった。



『おらの娘イヨの敵!くらえ、化け物めぇ!』


 ハッと気付いた時には、ジュウはまっすぐシュビへと向けられていた。

 俺は無我夢中で走った。


 間に合えっ、シュビ――――!!



 銃声が響いた。



 ぐらりと、重量を持った塊が地面に倒れた。

 あぁ、これは俺の体だ。

 首に何かがめり込まれている。苦しい。痛い。


 シュビ、シュビはどこだ?



 あぁ、そこにいたかシュビ。



 ちゃんと無事か?怪我はしていないか?



 愛しているよ、シュビ。



 俺のつがい…………シュビ……







 俺が最後に見たシュビは驚愕に目を見開いて、俺に両手を伸ばした状態で固まったまま、涙を流して俺を見つめていた。




「いやああぁぁぁぁ――――――――――――っ!!」




 シュビの絶叫を最後に、俺の意識はそこで途絶えた。







 

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