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狼のつがい  作者: 七草
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特別の証

 

 俺が黒い森に住み始めて月が一巡りした。

 俺はだいぶ周囲を把握するようになり、獲物の狩り場もいくつかポイントを押さえることが出来るようになった。

 日中は魔女は畑の世話や小屋の掃除や洗濯をしている。俺は狩りと巡回をしたりして過ごす。

 たまに洗濯を手伝ってやったりすると、魔女はとても喜んだ。

 今も一緒に大きな桶に水を張り、洗濯物を放り込むと裸足になってスカートをたくし上げた魔女と一緒に、前足を桶に突っ込んでざぶざぶと洗濯物を踏んでいる。


 ……これ狭くてやりにくくないか?

 俺の意見に、魔女はくすくすと笑ってそうだね、と返した。


「でも狭い方がいいわ。一人でやっても楽しくないもの。狼さんと一緒の方が楽しいの」


 魔女がそういうならばいいか。俺も別に楽しくないわけじゃないしな。ふりふりと揺れる自分の尻尾は嘘をつけない。

 楽しくなって途中から水の掛け合いに発展し、洗濯物をほったらかしにして二人で遊んだ。

 洗濯物は酷い有様だったが、魔女も俺も楽しかったので良しとしよう。



「そういえば、狼さんの名前はなんていうの?」


 ある日の夕食で魔女が尋ねてきた。

 ちなみに魔女は、俺と一緒に食事がしたいからとテーブルを撤去して、床に座り込んでお皿を膝に乗せて食べている。


 名前…?別に群れでは誰にも名前なんてなかったから俺もない。

 それを聞いた魔女は、ちょっとうきうきとしながら俺に提案した。


「じゃ、じゃあ!お互いに名前をつけあうのはどうかしら…?私も名前がないから、つけてほしいの……!」


 どう?と不安げに、だが期待しながら俺を見つめる魔女の姿に、さすがに必要ないだろとは思えなかった。

 必要はないかもしれないが、お互いが特別な証だとすれば悪くない。

 よし、名前決めてやる!お前も俺の名前を決めろ。

 魔女は喜んで一生懸命あぁでもない、こうでもないと考え続けている。

 俺もさてどうしようかと考える。そもそも名前ってどうやって考えればいいんだろう…?

 二人でそれぞれ名前を考えながら、無言で夕食を終え、魔女が床を綺麗に片づけてから切り出した。


「私は考えついたわ!」


 おお、そうか。なら魔女から先につけてくれ。俺はそれを参考にしながら考える。

 魔女はこほんと軽く咳払いして俺の名前を告げた。


「ゼーノン・カルヴァス・ベイ・ヒューロ・トゥレール……どう?」


 きらきらと自信満々な魔女は、俺の微妙な困惑に気づいているだろうか。

 えぇっと、なんて?


「ゼーノン・カルヴァス・ベイ・ヒューロ・トゥレール!」


 じゃ、ゼルで。

 俺に名前をさくっと縮められた魔女がショックを受けてるが知らん。覚えられるかそんな長い名前!

 覚えられないと俺に一蹴された魔女はへこんでいた。とりあえず俺の名前はゼルになった。

 さて、俺も魔女の名前を考えなくてはな…。

 俺の思考に、へこんでいた魔女の顔がピクリと上がり、期待でわくわくしている。……分かりやすいな。

 えーっと……じゃあシュビでいいか。


「シュビ…。ちなみに由来はあるの?」


 森の年寄りから聞きかじった知識であんまり覚えてないんだが、たしか赤色にも色々と名前があって、赤色の中でも「シュ」って呼ぶ赤色があるんだと。

 んでお前はヒトとしては美人な部類なんだろ?だから美人の「ビ」。ふたつ合わせて「シュビ」だ。

 んー…つまり美しい赤色って感じか?…どうだ、我ながらなかなかいい名前だと思うぜ!お前の赤い綺麗な髪にぴったりだ!

 由来を聞いた魔女は、俯いて肩を震わせた。俺は焦ってしまった。

 え?何だ?なんか不味かったか!?気に入らないのか?

 魔女は俯いたまま、ぶんぶんと首を振った。


「違う…違うの!う、嬉しくて…初めて…赤……褒め、られたぁ…ひっく、うぇぇ、嬉じいよぉ~…っ!!」


 魔女は涙と鼻水で顔中を濡らして泣いている。

 はっきりいって、汚い。

 俺はヒトの美醜はわからないが、今のこいつの泣き方が不細工だろうということはなんとなくわかる。

 そんなことを考えていると、まだまだ泣き続けている魔女から鼻声で酷いと抗議された。涙を止めてから言え。

 俺はそんな魔女を見つめ、やれやれと思いながら顔に鼻先を近づけて、涙をぺろりと舐めてやった。

 シュビ。泣くな。シュビ。

 魔女は一瞬びっくりして涙を止めたが、またすぐに大きな瞳にじわりと涙をためて泣きだした。

 俺は何度も何度も名前を呼びながら、シュビの顔を舐め続けた。



 あれからまたしばらく月日が巡った。

 シュビは最初意味もなく俺の名前を連呼したし、俺に名前を呼んでとせがんできた。

 俺がさすがにめんどくさくなって、無視するまでかなりしつこかった。俺としてはだいぶ根気強く付き合ったと思うのだが、シュビのしつこさも筋金入りだな。


 俺の最近の日課は、シュビにグルーミングしてもらうことだ。

 最初は毛づくろいをさせてと頼み込んできたシュビの強引さに負けて、毛をひっこ抜いたら二度とさせないという条件でやらせてみたのだが、シュビは自作したらしい櫛を使って丁寧に丁寧に毛づくろいをしてくれた。

 これがたまらなく気持ちよかったので、最近では俺からねだるようになっていた。

 軽く水浴びをして水気を払い、定位置の棚に置いてある櫛を咥えてシュビのもとへ行く。

 シュビはちょうど洗濯物を干し終えたところだった。

 シュビー、毛づくろいしてくれー。

 シュビは俺が、櫛を咥えて軽やかな足取りで駆けてくるのを見て頬を緩めた。


「ゼルは毛づくろい大好きね。いいわよ、今手が空いたところだから。今日はお天気もいいし外でやりましょうか」


 シュビはそのまま空の籠をもって、まきを割るために切り株のところに向かった。

 俺はそんなシュビの周りをくるくるとまわって、期待にそわそわとしながら切り株のところに向かう。

 シュビは俺から櫛を受け取って切り株に座り、俺は櫛を渡してシュビから見て横を向いて体の側面をシュビに向けた。

 シュビは慣れた様子で丁寧に櫛で毛を梳いてくれる。あぁ、気持ちいい。たまに体にまわした腕でちょっと強めにあちこちを掻いてくれるのもいい。

 シュビは俺が気持ちいい場所、かゆいところを的確に掻いてくれるので、まさに痒い所に手が届く状態だ。

 は~…たまらん。

 シュビは俺が耳をぺたりと寝かせて、目を細めて全身で毛づくろいを堪能しているのを見て笑っている。


「ゼルは尻尾や耳よりも、一番感情を教えてくれるのは目だと思うわ」


 そりゃあな。狼にとって群れとの目での会話ってものすごく重要だからな。

 俺がいくつか群れの合図の仕方などを教えると、シュビはおずおずと聞いた。


「ねぇ…もしよかったら、ゼルが群れから追い出された理由を聞いてもいい?」


 ん?別に構わねぇよ。そんなたいした理由じゃない。

 俺は繁殖できる体に成長して、群れの若い中じゃリーダー格で力に自信もあった。だから群れのリーダーになってつがいを得ようとして、リーダーにケンカを吹っ掛けたんだ。

 そんであとはお察しの通り、コテンパンに負けて追い出されてきたわけさ。


「ゼルは…仲間のもとに戻りたいとは思わないの……?」


 そうだなー…あんまり考えたことはないな。別に一人でも、餌さえあれば生きてはいけるしな。

 俺のさらっとした答えに、シュビはすごいね、とぽつりと言った。


「私はだめだったよ。私もね…。はじめっから一人だったわけじゃないの。一緒に住んでいた人がいたの」


 初耳だな。そいつも魔女か?


「たぶんそうだったんじゃないかな?私と同じ不思議な力を使っていたから。髪と目の色は私とは違ったんだけれどね。その人はきらきら輝く金の髪に綺麗な湖みたいな青い目だったから」


 へえ。見てみたいな。

 金色ってどんな色なんだ?俺みたことあるかな…?

 俺の疑問に、シュビがうーんと考える。


「金色っていうのは……えっと黄色みたいな色なんだけど…。うーんなんて説明していいかわからないなぁ…」


 黄色みたいな色…じゃあ花の真ん中はあれ実はは金色か?


「あの花粉は黄色だよ。私金とか持ってないしなぁ…具体的にこれって言うのが見せられないよ…なんかきらきら輝く黄色なの。うぅ、うまく説明できなくてごめん」


 俺の質問に答えられなかったシュビはしょんぼりとしている。そんなに気にすることでもないんだが…。


「だってゼルが私に質問とかするのあんまりないんだもん。役に立ちたかったの…」


 しょんぼりしたままシュビは心境を吐露した。

 まぁ確かに俺はあんまりお前に頼らないな。基本的に自分のことは自分でできるからなー…。

 でもお前の毛づくろいは好きだし、お前と話してるのは楽しいぞ。役に立たなくても一緒にいたいと思うくらいには、お前のことを気に入ってるよ。

 俺の素直な気持ちに、シュビは頬を赤く染めてにんまりと口角をあげて俺の首に抱きついてきた。

 やれやれ、現金な奴だな。


「えへー、ゼル大好きよ!」


 あぁ、俺もだよシュビ。






 夕方頃、俺は今日も元気にだく足で縄張りを巡回していた。

 野兎がいたので、仕留めた。うん、これをシュビのお土産にしよう。

 仕留めた兎を咥えてご機嫌にすたすたと帰路につく。

 途中近道のために、湖の近くを横切ることにした。あの湖のそばは花畑が咲いていて結構綺麗だ。

 匂いは前の森の花畑の方が好きだが、景色と空気のうまさはこちらの方が上だと思う。

 兎を咥えたまま夕焼けの空気の中でセンチメンタルな気分になっていると、ふと気付いたことがあった。

 一度気づいてしまうとわくわくが止まらなくて、俺はさっさとシュビの待つ小屋に帰った。

 シュビに伝えよう!これはきっとシュビも喜ぶだろう!


 夕陽がほとんど沈みかけたところで俺は小屋に帰ってきた。

 シュビーただいまー。


「おかえり、ゼル。兎とってきたの?」


 料理を作っていたらしいシュビが振り返って俺を見た。

 俺はしっぽをふりふりシュビの足元に駆け寄って、兎をシュビに渡す。

 お土産だ!食べるといい。


「わぁ、ありがとう!干し肉のストックがなくなってきたからちょうどよかったよ。今日の夕食にも少し足そうかな」


 シュビは俺から兎を受け取って、料理の片手間にさくさくと血抜きをして兎を解体した。

 俺はシュビの足元をうろうろしたり、定位置のクッションに埋もれたりしながらシュビを見守っている。

 シュビ、明日って晴れるか?雲ひとつない快晴がいい。

 俺の疑問にシュビは作業をしながらちらりと窓から夜空を眺め、そうだねーと考える。


「たぶん今日の雲の感じからしたら、明日は晴れるんじゃないかな?雲の具合までは自信ないけど」


 なるほど、じゃあ明日晴れたら夕方シュビを連れていきたいところがあるんだ。一緒に行こう。

 俺がそういうと俺の方をくるりと向いたシュビは、嬉しそうにうなずいた。


「どこに連れて行ってくれるの?」


 お楽しみだ!行けばわかるからな。

 俺はふんすと鼻を鳴らして自慢げに胸を張る。その様子にシュビはまたくすくすと笑って作業に戻った。

 今日の夕食は、俺のおかげで少し豪華になったとシュビが喜んでいた。

 俺は大きな獲物を狩って食べれば数日は食べなくても平気なのだが、シュビに付き合っていつも一緒に夕食を食べている。

 シュビはわざわざ俺専用の皿まで自作して、料理は自分の分と、俺が食べたらまずい野菜などを入れてない俺専用の料理を用意する。

 そこまでしなくても、シュビだけ食べればいいじゃないかと言ったのだが、一緒に食べたいらしい。

 そのためにわざわざ貴重な食料や手間をかける必要はないと思うのだが、シュビにとっては大切なことらしい。

 シュビの作る料理はうまいので、俺もこの時間を楽しみにしている。いつも通り、シュビと他愛ない話をしながら夕食を終えた。




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