表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狼のつがい  作者: 七草
10/13

狼との邂逅

遅くなって申し訳ありません。

次の投稿は土曜日になります。

 狼を目の前にした私は、頭の中で逃げなければという声と、懐かしいという不思議な既視感を覚えて戸惑っていた。

 狼と私はその場でじっと見つめ合い、私は狼がいつ動き出すかと緊張感でいっぱいだった。


 痛いような静寂の後、狼がゆっくりと動いた。

 静かに伏せの体勢になり、耳もぺたりと寝かして首を組んだ前足に乗せた。

 そのまま眠ってしまうのではないかと言う穏やかな姿勢だが、瞳だけは私をまっすぐに見つめていた。

 私は狼を極力警戒させないように、そろりそろりと後ずさりながらその場から脱した。

 私が最後に後ろを振り向いたときも、狼はそのままの体勢のまま、静かに私を見つめ続けていた。


 村に無事戻ってきたときには、ほっと安堵の息をついた。けれど、あの狼のことが気になって仕方がなかった。

 私は思考を振り払うように少し頭を振って、何事もなかったかのような顔でお婆さん達の待つ家に戻った。

 私が採ってきた花の根で、薬を作ってお婆さんに渡すと、とても喜ばれた。


「まぁ朱美は森に言ったのかい。大丈夫?狼なんぞにあわなかったかい?」

「え、えぇ……大丈夫だったわ。」


 お婆さんの言葉に心臓がはねるかと思ったけれど、心配をかけたくはなかったので小さな嘘をついた。

 頭の中はずっとあの狼のことを考えている。私は一体どうしたというのだろう。昨日狼の話を聞いてから少し様子がおかしいのだ。

 私の失った過去で、狼となにかあったのは確実だろう。でなければ、これほどにあの狼の存在が頭から離れないなどありえない。

 その日はなかなか寝付けなかった。


 翌日、畑の世話をしながら、昨日のことについてずっと考え事をしていた。

 お婆さん達は過去は思い出しても出さなくても、どちらでも良いと言ってくれた。必要なことならば思い出すし、思い出せなくても自分達の家族であることにかわりはないと言ってくれたのだ。

 私の居場所はここにある。だから少し、過去を見つめ直してみても良いかもしれない。

 私に何があって記憶を失ったのかはわからない。けれど、きっと失くさなければならない事情や理由があったのだろう。それは過去の私の話だ。

 今の私には、受け止めてくれる家族がいる。帰る場所と、眠る場所と、共に食事をして、笑いあえる家族がいるのだ。

 だったらきっと、過去の私が受け止められなかったものを、受け止めることが出来るのではないだろうか。

 過去の私が何をしでかしたのか、あるいは巻き込まれたのかわからない。けれど、私がお婆さん達に恥じない家族であるために、過去を知ることは必要なのかもしれない。

 そう決意した私は、またあの森に向かうことにした。


 森を進み、花畑にやってきた。

 この間と同じように、花を丁寧に摘み取りながら時間を潰す。

 するとまたしばらくして、あの狼がやってきた。おそらく同じ狼だろう。なんとなく、そんな気がした。


 私は立ち上がりはしなかったが、少し体を緊張させる。やはり少しだけ怖いのだ。私と狼はまた見つめ合う。

 狼はまた、伏せの姿勢で私を見つめた。

 何をするでもなく、じっと私を見つめている。私は狼の視線を感じながらも、どうすることもできずに、結局花をとり終えてその場を後にする。

 私が無防備に後ろ姿を晒しても、狼はただゆったりと伏せたまま、私を見つめているだけだった。


 翌日もまた、花畑を訪れる。

 狼はまた現れて、じっと私を見つめるだけだった。

 そんなことが何度も続けば、私も段々狼になれてきて、茂みががさがさと動いて狼が現れても、動じなくなってくるようになった。


 そんなある日、いつものように花畑で狼を待っていると、いつものように狼が現れたのだが、いつもと違い口に何かを咥えているようだった。

 狼はいつもは、茂みから現れたそのすぐそばに伏せるのだが、今日は花畑のすぐ近くまで歩いて来た。

 いつもと違う動きを見せ、こちらに近寄ってきたので肩を強張らせると、狼はそこでピタリと止まって口に咥えていた何かをそっと地面に置いた。そして鼻先でつついて私の方に少し転がして、くるりと後ろを向いて茂みの近くまで戻り、いつもの伏せの姿勢をとった。

 鼻先で転がされたそれは瑞々しいリンゴだった。私が狼を警戒したまま四つん這いでそろりそろりとそのリンゴを手にとると、狼の耳がぴくぴくと反応した。尻尾もゆらゆらと揺れている。

 喜んでいるのだろうか?……何に?

 私がそのリンゴと狼を見比べて困惑していると、喜ぶようなしぐさをしていた狼が段々と耳をぺたりと垂らし、しょんぼりとしたように見えてきた。

 何かとても申し訳ないような気持ちになって、少し歯形のついたそのリンゴを齧ってみた。

 見た目の瑞々しさを裏切らないほんのりと甘くて美味しいリンゴだった。


「……美味しい」


 思わずぽろりとつぶやくと、それを聞き取ったらしい狼が、ぱっと立ちあがって激しく尻尾を振っていた。


「……このリンゴを……私に、食べさせたかった、の?」


 狼の様子に思わず問いかけるような言葉を発してしまった。

 もちろん返事など来るわけもない独り言だと思っていたのだが、狼があぉん、と元気よく吠えた。まるで私の言葉に返事をしたかのようなタイミングだ。

 今まで一度も吠えることのなかった狼が、わざわざ私が話しかけた途端に吠えたということは、やはり私の言葉を理解して返事をしたのだろうか……?


「あの………リンゴ、美味しかったわ。……ありがとう」


 私がおそるおそる感謝の言葉を告げると、狼はその場でとたとたと足踏みをするように地面を踏んでくるくると回っている。

 尻尾も千切れんばかりに振っているし、何やら興奮してるようだ。

 怒っていると言うよりは、とても喜んでいるように見えて、なんだかその姿を可愛らしいと思った。


 あまり長く森にいるとお婆さん達が心配するし、畑の世話や洗濯物だってあるので、私はここにいる時間をいつも決めている。

 自分で決めたその時間が近づいてきたので、花を入れた籠を持って立ち上がると、私が帰ることに気がついたのか、喜んでいた狼がちょっとしゅんとうなだれたようだった。そしてちょこんと座って私の帰りをじっと見つめていた。


「きっと、あの狼はとても賢い狼なのでしょうね。まるで私の行動や言葉を理解しているようなところがある。…………美味しかったけれど、あのリンゴは結局何の意味があったのかしら……?」


 私には狼の考えがさっぱり分からなかったので、と狼がリンゴをくれたということの意味を把握することはできなかった。

 けれどリンゴをきっかけに、少し狼との距離が近づいたような気がした。あのリンゴは狼からの友好の証なのかもしれないと思った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ