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反逆の使徒  作者: 風白狼
天使編
6/14

奇跡と感謝と

 教会の講堂は朝日が差し込んで明るかった。凪いだように厳かな空間に、祈りの声が響く。燭台の炎が赤々と燃える中、ファーロは祈りを聞くでもなくただ頭を垂れていた。見かけは真剣に祈りを捧げているように取り繕いながら、早くこの時間が終わることだけを考える。神を信じない者にとって、この時間は苦痛でしかない。ただ神を褒め称え、その命に従って生活を律する誓いを立てる。そのことにどれだけ意味があるのか。ファーロはそんな風に考えてしまう。神に従うだけで幸せになれるというのなら、今頃は――



 ばさり、と翼のはためく音が響いた。同時に燭台の炎が揺らぐ。ざわめきに顔を上げれば、真っ赤な翼の人物が宙に浮かんでいた。赤色の衣服を纏った男性の天使はゆっくりと講堂に降り立つ。彼がにこやかな笑みを浮かべれば、礼拝者はこぞって歓喜の声を上げた。

「ヘヌリス様が我々の元に降りてきてくださった!」

 神父が喜びと感嘆の入り交じった声で叫んだ。それにつられ、礼拝者達も何事か言い合い始めた。天使・ヘヌリスはゆっくりと進み出て、両手を少しだけ広げる。と、騒がしくなっていた講堂はまた静まりかえった。誰もが固唾を呑んで見守る中、天使は翼を広げる。

「ここにお集まりの皆様、よく聞いてください。我らが(しゅ)、ロカメア様は先日の事件に心を痛めておいでだ。今後このようなことがないよう、我らを遣わせたのです」

 よく通る声が講堂内にこだました。人々は天使の言葉を一言も聞き漏らさないようにとばかり、真剣に耳を傾けている。

「主の奇跡をその目で見届け、偉大なる主にさらなる信仰を!」

 天使・ヘヌリスは熱弁した。それは逆効果なんじゃないかとファーロは思ったが、口にはしなかった。


 ヘヌリスは右手を掲げる。と、燭台の炎が倍以上にふくれあがった。煌々と燃えさかる炎に照らされ、ヘヌリスはしみじみと語り出す。

「炎は文明を支える力。夜を明るく照らし、冬には暖を与え、食物を美味にする」

 語りながら、ヘヌリスはひとつかみの粘土をすくい取った。手の内で形を整え、観衆に見えるように掲げる。人々が注目する中、粘土が激しい炎で包まれた。

「また、炎は土より器を作り出し――」

 ヘヌリスの手から炎が消えると、ただの粘土細工で合ったそれは美しい花瓶に姿を変えていた。花瓶を台に飾り、今度は輝きの混じった石を取り出す。

「石より鉄を得て、道具を作り出す」

 今度も石が燃えると、その手には小さなハサミが握られていた。変化し生まれる道具達に、人々は歓声をもらす。派手で手品じみた演出だが、それが手品などではなく本物の“奇跡”であることくらい、ファーロもわかっていた。

 ヘヌリスは作り出したハサミを手に、講堂の隅に置かれたプランターに近づいた。一輪の花をハサミで切り取り、見えるように観衆に向き直る。

「なにより天の炎――太陽は草木に、ひいては生きとし生けるもの全てに恵みを与える」

 切り取った花を慈しみ、ヘヌリスは花瓶に生けた。ハサミも台に乗せ、翼と腕を広げる。

「さあ、我らに施しを授ける主神ロカメア様に祈りを! 感謝の心を伝えましょう!」

 天使の言葉に従い、人々は頭を垂れた。目をつむり、一心不乱に祈りを捧げている。奇跡を目の当たりにしたからか、人々の顔は輝いていた。ファーロは形だけそれを真似し、心の中で別のことを考えていた。



――感謝?

 ファーロは独り嗤った。いったい何を感謝せよというのか。確かに神、ロカメアは炎と光でもって恵みをもたらすかもしれない。けれどもたらすのは恵みだけではない。時には信じられないような悪行もやってのけるのが神というものだ。そしておれがもたらされたものは恵みではなかった。

 ファーロは顔を上げた。前方にある民家をじっと見つめる。それは自分の家だった物。けれど今、そこに住んでいるのは赤の他人だ。外装の雰囲気もかつてと変わっている。おそらく、内装は記憶と全く違うのだろう。

 両親は他界している。結果的に家も人手に渡り、孤児として教会に引き取られている。こうなったのは全て、ロカメア神のせいだ。神があんな命令を下さなければ、それに従わなかったら、そう考えずにはいられない。

 同時に思い出すのは、天使の顔。神の命に従い正しいことをした、達成したというあの顔だ。人の親を奪うことの、どこが正しいものか。考えればわかるじゃないか。それなのに思考を停止して盲信して、だから嫌いなんだ。

 ぞくっと体中に電流のような衝撃が走る。ほんの数瞬のそれを理解し、ファーロはため息を吐いた。またかと思うと同時に、嫌悪感が募っていく。頭では拒否していても、体はゆらゆらと進んでいってしまう。ファーロは小さく舌打ちし、狭い道に入り込んだ。

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