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戦乱学級 ~ヴェリーペア戦記~  作者: 栗原寛樹
二人と一人の異邦人
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-4

 部屋の外が喧噪でいっぱいになった。


 隆弥の呼吸が、動悸が速くなる。なにが起きているのか知らないが、なにかが起きているのは間違いない。それに先ほどから聞こえる「攻めてきた」という言葉。「迎え撃つ」という言葉。


 猿ぐつわが切れそうなほどに、奥歯を噛みしめていた。後ろ手に縛られた上から、さらにギチギチに体全体をロープで拘束されている。あちこちがすり切れすほどもがいても、いっこうに解放されない。


 この場から消えてしまいたい。喧嘩などとは全く無縁の、無害な人生を送ってきた。それでなにも問題なかったのだ。今回も自分など無視して、やりたいもの同士でやってくれればいいのだ。


 しかし扉の前で、不穏な会話が始まった。


「おい、あの小僧を放っておいていいのか」

「あれだけ縛ってんだ。なにもできねえし時間もねえ」

「だがよ、ロッツのバカを投げ飛ばしやがったヤツの仲間だって話じゃねえか。体格なんぞあてにならんぞ」

「お前、まさか信じてんのか? いや、たとえそうだとしても、あのガキ、今までそんなそぶりなんてぜんぜんなかっただろうがよ」

「この攻撃を待ってたのかもしれねえ」

「考えすぎだ。行くぞ、さすがに正規軍だと無事じゃすまねぇんだ」

「いいや、俺は殺しておいた方がいいと思うぜ。動けないならなおさら今のうちだ。殺しておいたら、ふん、それこそ安心だ」

「ボスは殺せといってねえぞ」

「戦いが始まって言うのを忘れただけさ……」

「つきあいきれねえ。先に行ってるぞ」

「おうよ。すぐに追いつくぜ」


 この会話が、まさか自分を対象にしたものだとは、信じられなかった。


 殺しておいた方がいい、だと?


 背中をわき上がる怖気に、わき上がる涙。


 意味がわからない。


 なにもしてないではないか。なにをする力もないではないか。なぜ構うのだ。

 今までがそうだったように、これからも無害に、地味に生きていたいというだけなのだ。

 生きていても邪魔などしないし、しようとも思わない。勝手にしててくれ。こんな騒ぎなどとは全く関係ない人間だ。


 だが。


 目の前の扉がガタガタと鳴って、


「チッ。鍵はどこだ」


 それが逃げようもない運命なのだと、目の前に突きつけられた。


「めんどくせえなぁ」


 少しの間。


 ドンッ!


「ゥグッ」


 我知らず声が。扉が乱暴に蹴られたのだ。何度も何度も。そのたびに外から漏れ入ってくる光が大きくなる。何度も何度も。これでは……開いてしまう!





 戦闘が途絶えた。

 音の聞こえていた方を見た涼一は、先行するレンジェがそのまま行ってしまうのを見て慌てる。


「お、おい、まさかもう終わったのか」


 慌てて進みながら言う。


「んなワケありませんわな。まだ緒戦が終わっただけです。これから進入した隊と散開した砂烈団のゲリラ戦が始まります。遭遇の確率もあがりますんで、これまで以上に注意してください。こんなところまで来んとは思いますがね」


 ドレマンがいたならこれほど簡単じゃありませんわ、とレンジェは続けた。


「あんたが殺しておいてくれてよかった」


 レンジェに他意はない。この世界ではこれが普通だ。特に軍人なら、勝利までの道が楽になるのは大歓迎のはずだ。

 だが、涼一にはその言葉がきつかった。


「ドレ……ドレマンってのは、やっかいなヤツだったのか」

「まあ、参謀役ですわな。ほかよりちいとばかし頭が回るってだけで、脅威ってまではいきませんが。ただいるよりいない方が楽なのは確かですわ」


 上り坂になった。


「このまま山を上って、完全に背後に回ります。実のところ、あんたたちが襲われた場所の近くでしてね。お連れさんの話を聞いて、ちょうど探しに来たところで場所がわかったってわけです。奴らに本拠の場所を勘違いさせられていました」

「勘違い?」

「ええ、撤退の仕方がおかしいとは思ってたんですが。ドレマンの死体が放置されてたのも、相手側に頭の回るヤツがいない証拠ですわ。死体さえなけりゃ、あっしらはまだドレマンが生きていると思ってたんだ……おっと、見てください。ここ、草で隠れているが細い紐が張ってある」

「……引っかかったらどうなるんだ?」

「わかりませんわな。かかってみますかい。どうせ鳴り木か落とし穴かですわ。ですから、この紐の先も踏んじゃいけねぇ。倒れ込んだところになにがあるかわかったもんじゃありません」


 レンジェの講義を聞きながら、あたりを観察する。紐はかろうじて見分けられるが、その先になにが隠されているかなどさっぱりわからない。何の変哲もない、草むらが広がっているようにしか見えない。


「さあ、これからは戦場に近くなります。西には十分注意でお願いしますわ」





 戦闘音が再開されても、フラウス・ホワイトは顔色一つ変えなかった。十数人残っていた兵士の数人を、森に入る前に倒れた者の回収にあたらせている。


「山賊にとってはこれからが本番……といっても、人数もこちらの方が勝っている。多少手こずるだろうが、まあナギにとってはちょうどいいだろう」


 絵里がいるからだろうか、フラウスは涼一の話題をたまに振ってくる。どのような意図があるのか、顔からはわからない。


「死者はいないな」

「は、今のところ。重傷が二名、軽傷が五名。ほかの者は森に入っています」

「よし。こちらは九十、相手は三十だ。森に惑わされなければ盤石だろう。私も行く。この娘を頼む。怪我人と後方で待機しておけ」

「ま、待ってください! 私も行くッス!」


 それを聞いたフラウスが振り返ると、


 その目が、


「今なんだと?」


 あまりにも冷たく、睨まれただけで軽いショックを受けた。


 わかっている。自分など役立たずの足手まといだ。戦う力もなければ身を守る力もない。どんな事故で死んでしまうかもわからぬ。連れていくメリットなど皆無。


 しかし、近くの兵士から盾をはぎ取って、メガネの位置を直しながら、絵里は叫んだ。


「ま、松凪サンが心配なんです、悪いッスか!」


 フラウスは……以外にも、ちょっと驚いたような顔で、あまりにもあっさりと盾を奪い取られた哀れな兵士に目を向けた。男がやはり驚きながら首を振ると、


「……では、肝に銘じておけ。死ねばそれまでだ。その盾を離すな。絶対にだ。その馬鹿力で持っていれば、少なくとも奪われることはなかろう」


 馬鹿力の意味を考えている絵里の隣に降りたって、フラウスは剣を抜いた。


「では行こう。五人来い。三人でコバシを守れ。ここらの賊は掃討しただろうが気を抜くなよ」


 歩き出す。兵士が蹴散らしたとは言え、矢の飛んでこない保証などいっさい無い中を悠々と。絵里はおっかなびっくり、鋼鉄製の、どうみても三キロはくだらない盾に全身を預け、おっかなびっくり続いた。




 最後の一撃が、彼と賊を隔てるたった一枚の障壁を破った。外の喧噪は遠くに遠ざかっていて、今はむしろ、この建物の中は静まりかえっているように見える。


「けっ。手間取らせやがって」


 その男はいかつかった。プロレスラー顔負けの体を、ほとんどボロに近い汚れた衣服と胸当てでわずかに覆っている。同時に入り込んでくる熱気が部屋を急速に暖めていった。太陽の光が届かなかったこの部屋はずいぶんと冷え込んでいたのだろう。

そして男のほとんど半裸に近い格好は、この熱気の中ではある種当然の装いだ。


 だが、むせかえるほどの蛮臭!


 知性のかけらも感じさせない下品で汚い顔、細かい作業などと全く無縁のゴツゴツした手。丸太のような腕がついた、怪物のごとき体躯。

 それが逆行に照らされ、のしのしと動いている!


 気絶すらもできない。生存本能は、ここで気を失えば助かる望みなど一点もなくなってしまうことを知っている。

 だからといって、動きようもないこの状況では、意識を失わないからといってなにができようものか。いや、体が自由であっても、なにもできまい。


 この男が殺そうと思ったのなら、それは速やかに果たされるはずだった。


「起きてやがったか。ま、ちょうどいいわな」


 だが。


 殺す前に、なにか考えているのであれば。


 隆弥を見つけて、すぐに殺せばなんの問題もなかったのだ。


 男は腰のナイフを抜いて、隆弥を縛っていたロープを断ち切った。

 一瞬、助けてくれるのかと思った。


「動くんじゃねぇ。殺すぞ」


 そして、大きな掌で隆弥の両手首をつかみあげて、

 ナイフをベルトへ、


「!!!!」


 なにをされるのか、それに思い当たったとき、隆弥の思考は爆発した。


「殺すぞ」


 満面の笑みで、ベルトをも切る。その笑顔に安らぎなど覚えるはずもなく、声を上げることも叶わず、隆弥は絶望のうちにズボンをおろされた。


「泣くのは構わねえし、今なら声を出しても構わねえ。その方がいい」


 今度はグツグツと声を上げて笑う。息が臭かった。


 放り投げられ、荷物の中に倒れ込む隆弥。男は鼻歌を歌いながらのしかかってくる。


「や……やめ……」


 目を見て懇願すれば、許してくれる……はずもなかったが、もはや隆弥に残された手段は一つしかなかった。おぞましい蛮族に良心の一片を期待するしかなかった。


 だがそれは蛮族の欲を刺激するものでしかなかったようで……


 尻になま暖かいなにかが押しつけられた時、今度こそ隆弥は悲鳴をあげた。


「それだよ、それ」


 男はますます愉悦に浸っていき、自分の下から逃れようともがく隆弥を両腕で押さえつけた。


「やめて! 許して!」

「そうそう、もっとだ」


 泣き叫ぶ隆弥の顔がそれほど気に入ったのか、しばらく男は動かなかった。もはや言葉かどうかも怪しい隆弥の懇願を受けた上で、ただ笑っている。交渉の余地は全くない。


 だが、それが結果的に、隆弥の貞操を救った。


 隆弥の悲鳴が最高潮に達したとき……すなわち、隆弥のストレスが限界値に達したとき、彼の右目がまばゆい金色に輝いたのだ!


 それを凝視した山賊は、即座に異変に気づいた。いや、どちらかというと山賊自体に異変が起こった。


 山賊は飛ぶように隆弥から離れると、


「な、なんだお前ら、どっから沸いた!」


 誰もいない空間に向かって、叫んだ。

 隆弥はそれに気づかない。限界まで追いつめられた彼にまともな思考はできず、かすかに痙攣しながら、今は下半身まるだしのままほとんど気絶していた。瞳の輝きは、すでに消えている。


 その前で、男はナイフを抜いた。


「み、見ねえ顔だな。正規軍じゃねえな! なんでこんなところに!」


 返事はない。が、


「こ、殺すのか!? 返り討ちにしてやるよ!」


 と続け……


 自らの首をかききって、血をまき散らしながら倒れた。

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