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「……俺が?」
フラウスは頷く。
「どうやったかはわからないが、武器も持たずに二人を倒したのなら、お前は戦力になる。だからこれは私の打算によるものだ。砂烈団掃討に力をかせとまでは言わないが、仲間を助けるというなら、道案内くらいはしてやる。道すがら敵を打ち倒してくれればずいぶんありがたい」
相変わらず表情を変えずに続けた。
「一人くらいならかしてやれるぞ」
なにができるというのだ。涼一は迷っていた。あんなもの、ただのまぐれかもしれないではないか。
だが……だが、記憶が確かならば、あの力は……
「待ってください。松凪サンは目が覚めたばっかりッス。それにそんな危険なこと、させられない」
一撃で相手の命を奪った、あの力はなんだ?
「お前たちを拾ったために二日遅れている。恩をきせるわけではない。これ以上遅れるわけにはいかないから、今から殲滅戦に入るということだ。意味はわかるな」
戦いが始まってしまえば、クラスメートの命の保証はない。いや、確かにフラウスの言ったとおり、もともと生きているかも怪しい状況である。
今を逃せば、その生死を確認することはできないということだ。
戦いが終われば、間違いなく死んでいるとフラウスは伝えたいのだ。
もし生きているのなら、助けるためには今、決断するしかないと。
「……条件がある」
「できるかぎり叶えてやる」
「戦いが終わったら、俺たちを安全な場所まで、連れていってくれ。命の危険がないところまで」
「もとよりそのつもりだ。約束しよう。なんなら装備も持って行け」
涼一の頭が冴えてくる。明確な目的ができたことで、冷静な判断力が戻ってきている。
鎧は不適切だ。見る限りかなり重い。涼一の力がどれだけ強くなったかはわからないが、慣れないものを身につけていては思うように動けなくなるかもしれない。
剣は、剣はどうだ?
「ここからは全員いなくなるのか? 小橋を守ってほしい」
「ここの情報は相手も知っている。私の側にいるのが一番いい」
「松凪サン、なに言ってるかわかってるんですか!?」
「小橋」
突っかかってくる絵里を、涼一は押しとどめた。
「せ、戦争なんですよ! わざわざいかなくったって、終わった後に探せばいいじゃないッスか!」
絵里の言うこともわかる。なにせ、その類の訓練も受けておらず、知識もほとんどないのが彼らだ。だからこそクラスメートは耐えられまい。
戦いの邪魔になるようなら、砂烈団の蛮族に殺される可能性もある。
クラスメートが生きているなら、助けるには本当に今しかないのだ。
そして、涼一はクラスメートが生きている方に賭けたかった。
「今だけだ。次だけ運が良ければ、俺と小橋、んで誰かわからないが、学校のヤツと三人、とりあえずあてのないままうろつくのだけは避けられる」
「う、運って……」
「突っ込んだりはしない。バカじゃないんだから、わかってる。小橋もヘタするなよ。この人の側から離れるなよ」
そしてフラウスを振り返り、
「行く。連れていってくれ」
「正規軍だ! くるぞ!」
ギシ、と目を覚ます。
暗闇の中、縛られたままで全く体の自由が利かない。
三日前からずっとこうだ。
食事も与えられず、たまに見物に来ては貧弱だと笑っていく。学生服はとうにはぎ取られている。
小便もたれ流すほかなく、人生で初めて経験した畜生並の扱いだった。
彼らの目的もわからず、なぜ自分がここにいるかもわからず、おぼつかぬ思考のなか、ただ無為に怯えているだけだ。
だから外が騒がしくなった今も、彼は震えている。
「迎え撃て! 奴らさえやっちまえば、正規軍に余力はねぇ!」
助けてほしかった。誰でもいい。ここから逃がしてくれさえすれば、なんだっていい。
余市隆弥は中学生の時に見た深夜アニメにのめり込んだ結果、日陰者の道を歩くことになった。
いや、適切ではない。内気で小心者だったのが、さらに内向的な趣味に目覚めただけのことである。
元々学校のヒエラルキーでは底辺だった彼は、同じく底辺である乱堂忍とつるむようになった。高校に入ってからも友達はオタクばかりで、しかし別段、それに不満を抱いたことはない。
アニメの話題は楽しかったし、どのキャラが好きだのあの展開はいただけないだの、自分でも結構充実したと思っている。
彼女は望むべくもなかったが、18禁のゲームを忍に借りたり、かわいい絵のライトノベルやマンガで用を足していた。
TRPGを始めたのはやはり忍に誘われたからで、高校に入ってからは鳴島鳥夫を含めた六人ほどで、ゲームマスターを持ち回りで楽しんでいた。
始業式の後も、短いセッションの後は忍の家で集まるはずだったのだ。
彼はエルフの魔術師で、後衛から仲間たちをサポートするなくてはならないメンバーだった。
それが今だ。
捕まってからどれだけたったかはわからない。
ゲームの世界に迷い込んでしまったのだ、と思ったこともあった。
ネット小説でよく読んだ。突然異世界に召喚された主人公は、手に入れた神をも凌駕する力で傍若無人に暴れ回り、美少女等を捕まえては惚れさせている。
だがそれは、その儚い希望は、あっという間に打ち砕かれた。なにしろ捕まっているし、女性など見ていない。周りには、いとも簡単に彼の命を奪うことのできる乱暴者ばかりだ。
なにかの間違いだ。
あってはならないことなのだ。
涼一は遥か前方にいる。絵里はフラウスのやや後方、百人程度の軍隊の最奥部にいた。兵士たちは皆、鋼鉄製の鎧兜に身を包み、剣を穿いて更新している。
馬に乗っているのは数人。フラウス、バウィエ、後は隊の周りを忙しく走り回っている。時たまフラウスの元へ、何事か伝令に来ていた。
「相手は森だから、矢を高くとばすことはできない。ここまでは届かないから安心しろ」
フラウスは翼と角を持った馬にまたがっていた。豪勢な、羽根飾りのついた兜を被っている。
「……納得いかないことがあります」
「今でなくてはダメか」
「ダメじゃないッス。でも、どうして松凪サンを誘ったッスか。怪しくはないんですか」
「砂烈団の構成員、ましてや副長を殺したのなら、お前たちの依るべきは正規軍にしかない。敵の敵は味方だ」
「だからって、あれだけで戦力になるとは考えられないッス。別の原因で死んで、私たちが自分がやったように言ってるだけかもしれないのに」
「そうなのか?」
「ごまかさないでください!」
周りの兵士たちが絵里を見た。が、前方注視というフラウスの声で、すぐに元に戻る。
「悪く思うな。だが今の私ではお前を納得させることは難しい。ここは素直に、お前たちの仲間を助けるように提案しただけだと考えてくれ」
「敵と通じているかもしれないんですよ」
「ならばお前をここに残すまい」
「私にも、松凪サンと同じ力があるかもしれない」
「私が死んで正規軍が瓦解すると考えているならよほどありがたい。砂烈団がそこまでバカであれば、この戦いも楽だろう」
ああいえばこう返ってくる。だがフラウスの理論は敵であるという可能性を否定する消去法で、積極的に涼一たち異邦人を認めるものではない。
「コバシ。見も知らぬ私がナギになにを望んでいるかわからないのはわかる。死ぬ可能性もあるだろう、戦場だからな。だが私には、一つあてがあるのだ」
「あて……?」
「ああ、ナギは生き残るぞ」
確信めいた物言いは……その理由は定かではないが……
「ナギといったな」
バウィエが馬の上から言う。
松凪、と訂正したところで、大した意味はない。
「戦いが始まればお前を守るものは自分だけだ。今から布陣するが、お前はレンジェとともに別行動しろ」
「別行動? どうして」
「ホワイト将軍の命だ。お前はできるだけ砂烈団に見つからないようにして、奴らの本拠地の側でしばらく潜んでいろ。レンジェ、任せる。奴らが出払ったら潜入だ」
「御意」
レンジェに招かれつつ隊を離れ、南へと下る。
森を横目に見ながら、隠れるところの少ない平原を、草むらの中、どうにか歩いていた。体を屈めているので腰が痛くなる。
「砂烈団の連中は隊の動きを注視していますから、十分離れて森に入ります。なに、ドレマンが欠けたんなら後は筋肉自慢ばっかですわ。こっちには気づきません」
レンジェは、年齢だけで言えば涼一と変わらなそうな青年だった。
体つきは小さいが、作りは大違いである。中腰でもまったくぶれずに、素早く進んでいる。
おいて行かれないようにするのが精一杯だ。ほかの兵士とは違い、革でできた身軽そうな鎧に、短刀を挿している。
「剣の扱いには慣れてなさそうなので、無理に使う必要はありません。真正面から二人倒せるのなら、むしろ素手のほうがいいですわな。あまり音を立てないように」
借りた剣がガチャガチャと鳴っていることを言われたのだろう。
「俺についてきてよかったのか。あんたも戦力なんだろ」
「あっしは戦闘が始まるまでが仕事ですわ。見ての通り、非力なもんで」
とてもそうは見えない。日本の力自慢に、彼異常の筋肉を持った人間がどれほどいるだろうか。
体格の基準がまるで違うことに、改めて涼一は全く違う世界なのだと思い知らされた。涼一が飢餓だと思われたのも納得がいく。
「いやいや、これは戦士としてですわ。訓練していない男なら、まああんたほどじゃありませんが、ひょろっちいヤツもいますわな。むしろその体でどうやって殴り殺せるのか知りたいもんです」
見せてもらう機会があるやもしれません、とレンジェは言った。
「さて、しばらくここで待ちます。その間に休憩と、心の準備をしておくんですな。フラウス将軍の話では戦いの経験自体がほとんどないそうですが、いざ始まっちまったら、相手はそんなことお構いなしですぜ」
「……戦いっていったら、やっぱり殺しあいか」
「そりゃ、そうですわな。特に砂烈団はタチが悪い。今のうちに皆殺しにしておかないと、いつ背後を突かれるかわかったもんじゃありませんわ」
「隣国と戦争するって言ってたな」
水筒を差し出しながら、レンジェは言った。
「あんた、本当になにも知らないんですな。マルドールだけじゃありませんわ。南のセンとも、もしかするとコトを構えるかもしれない。まさに一触即発です」
「なんでそんなことになったんだ?」
「それは言うなと言われている。たぶん、いずれフラウス将軍から話があるでしょうな……早けりゃ、この結界が解かれた後でも」
その言い方になにか含んだところがありそうで、涼一はいぶかしんだ。
「なにか知ってるのか?」
「すぐにわかりますわ。生き残ったら」
それと同時に、鐘が鳴った。
「始まりました」
男たちの雄叫びが、ここまで届いた。
「行きましょう。さ、ここからは常に気を緩めないように。念のためぐるりと回り込んで奴らのの根城の裏に回り込みます。おそらく誰にも会わないと思いますが、絶対じゃありませんわ。あっしもあんたの命の保証はできません。会ったら殺す。これを忘れないように」
うなずく。だがレンジェの言った「会ったら殺す」をどれほど理解していることか。いざ戦いになって、涼一は敵に向かっていけるのだろうか。
だが、だがしかし。
クラスメートを助けねばならないのだ。
レンジェの合図で、体を低くしたまま、草むらから飛び出して森の中へと突っ込んだ。すぐさま大樹の陰に寄り、息を潜める。レンジェが耳を澄まして、
「誰もいませんわ。森の戦いは時間がかかる。焦らずにゆっくり行きましょう」
命に関わることだ。慎重になるのはわかる。タイミングは戦局次第だから急ぐ意味がないのもわかる。
だが、クラスメートが捕まっていて、いつ死んでもおかしくない。焦りを抑えるのには苦労した。
「常に周りに気を配るように。罠がある時は教えますから、ひっかからないように」
罠。
「おそらくあんたの仲間は罠に引っかかったんですわな。奴ら、基本的に追い剥ぎですから、死にはしませんわ。この結界張られてから仕掛け直してなけりゃね」
戦士たちが森に向かって進軍を始めたのと同時に、風切り音がいくつも聞こえた。よく見えないが、何かに当たっている。
「矢だ。森の戦いは中にはいるまでが一つの勝負でな。この森は獣道しかない古い森で、隊列を組んで素早く入る道が無い。だからこのように、中から放たれる矢を盾で防ぎながら前進するのだ」
「盾で……防げるものなんスか」
悲鳴。
「完全に防げるのなら矢はいらん。だがまあ、木でも鋼鉄でもあったほうがずっといい。それにさっきも言ったとおり、森では矢が打ち上げられん。真っ正面から飛んでくるなら、真っ正面に盾を構えておけばいいのだから楽だな」
楽だというフラウスは、しかし緊張した面もちを崩さない。
「まずは森の入り口を制圧する。その後、相手は散ってゲリラ戦でくる。用意する間を与えずに追撃できるかが二番目の山だ」
怒声が轟いた。
金属音が森のあちこちで響き初める。
命のやりとりが始まったのだと、わかった。
しかし現実味が全くない。今、自分が立っているすぐ近くで、殺し殺されているという、その事実。
まだ絵里は、これがフィクションなのだと期待しているのだ。