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戦乱学級 ~ヴェリーペア戦記~  作者: 栗原寛樹
二人と一人の異邦人
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-2

「あの男は砂烈団の副長だ。顔がよくわからないが、間違いない」


 フラウスの冷静な声が、涼一の胸に刃物を突き立てた。


「コバシの話ではお前たちを襲ったのは三人。一人はロッツ、もう一人の名前はコバシは知らなかった。奴の名はドレマン。ロッツという男の死体はなかった」


 顔がよくわからなかった。


 涼一の右手に、鈍い感触が戻ってきた。手が震え、スプーンを取り落とす。

 記憶の底に眠っていた光景がフラッシュバックする。


「一撃で顔面を粉砕されている」

「やめろ」

「なにをした?」

「やめろっ!」


 うつむいたまま叫んだ。

 フラウスの顔を見るのが怖かった。絵里の顔を見るのも怖かった。

 永遠とも思える時間が流れた。


「……夢中だったんだ。わからない。なにもわからない」

「しかし、お前たちが砂烈団から逃れる方法はない」

「知らない」

「単純に逃げるなど不可能だ。実際に出会ったお前たちが一番わかっているはずだ」

「俺じゃない! 人殺しなんか……ただ殴っただけだ! バットなんか使っちゃいないのに、死ぬわけがあるかっ!」


 いつの間にか、喧噪が止んでいた。自分の腹と粥しか見えないが、誰もが聞き逃すまいと耳をそばだてているように思えた。


 絵里になにか言ってほしかった。


「……わかった、いい。わかった。忘れろ。お前たちがいたところがここほどに物騒ではないことはコバシから聞いている。この大陸にそんな場所はないが」


 しばらく沈黙が流れた。


「話の続きだ。ここはウラナス大陸のやや北、中央に位置する。シュミット王国とシバ領の境だ。魔導後記168年。現在この大陸は、大規模ないくさが始まる直前で、私たちは隣国との戦いに先駆け、内憂である砂烈団の討伐にあたっている」


 耳慣れない単語ばかりだ。


「お前たちが帰りたいというカナガワは、少なくともシュミットにはない」


 あってたまるか。こんなトチ狂った世界と同じ場所に、故郷があるはずがない。

 それがどのような答えになるか、涼一は考えないようにしている。


「似たような地名は、西の島国、尭菱にありそうだが、コバシの話ではお前たちの国はニホンだという。残念だが知るものはいなかった」


 人を、殺した?


「だから現状、お前たちがもとのところに帰るのは難しい。そもそも今は結界が張られていて、このあたりからは出られない」


 その結界の原理とはなんだ。


「だから、しばらくお前たちの身はシュミット王国が保護する」





 涼一が食台を殴りつけた。

 その衝撃で、あまりにもあっさりと、木製の簡易食台は折れて崩れる。残っていた粥が地面にぶちまけられた。


「さっきから黙って聞いてれば好き放題、い、言いやがって」

「……その膂力か」

「うるせえ! なにが砂烈団だ! なにが保護だ!」

「ま、松凪サン、乱暴は」

「死ぬところだったんだぞ! なんだよこれ! 言ってるじゃねぇか、帰りたいだけだって! 人殺しだって、ちくしょう、ちくしょう……何で壊れてんだよ。なんだよ、こんな力、俺にはねえよ」

「腐ってただけッス! だから松凪サン、お、落ち着いて!」


 涼一と壊れた食台を見比べながら、フラウスは何事か考えている。


「お、おいっ! なにやってんだ! ホワイト将軍、お怪我は!?」


 バウィエが飛んできた。フラウスは手で彼を制し、


「その様子だと、なにがあったか思い出したようだな。コバシは気絶していた。お前たちを見つけたときの状況からそれは間違いない。であれば、だ。お前が倒したとしか考えられないのだ。少なくとも二人を」

「た、確かに、殴ったよ……でもそれで、死ぬなんて。う、嘘ついてんだろ?」

「見るか?」


 フラウスは平静で、それが涼一にはたまらなく恐ろしかった。冗談でもなんでもなく、この女戦士は、事実だけを述べているのだ。


「嘘だって言ってくれよっ」

「そ、そうッス! 松凪サンが人殺しなんてするわけが」

「お前たちの倫理観はよくわからないが、ナギが殺さなければお前たちは死んでいただろう。コバシ、ナギに感謝した方がいい。お前は死ぬだけではすまなかった。そしてナギ、誇れ。お前は仲間を守ったのだ」


 そう考えて納得できるのなら、言われるまでもなく折り合いはついていた。


 相手が悪党であろうと、自分の命を狙っていたのだとしても、殺したことにかわりはない。


「コバシにも話していないことがある。お前たちが見つかった、三日前だ。おそらく関係のあることだからよく聞け」


 この世界の、どこに関係があるというのだ。起きているすべてのことが、涼一たちの常識とは乖離しているではないか。


「ナギ、お前と同じ服装の少年が、砂烈団の連中に連れ去られているのを斥候が見ている」

「……え?」


 涼一と絵里が、フラウスの顔を見た。


「直後にお前たちが見つかったので、理由はどうあれ、斥候がみたのはお前だと考えた。だがコバシの話を聞くに、違う人間のようだ。お前たち、まだ連れがいるのか?」

「……い、いるのか? ほかにも」

「だ、だって松凪サン。私と松凪サンがここにいるんスから、ほかの人だって」

「ど、どんな奴だった!? 髪は、顔は!」

「髪が黒だということ、お前と同じ服ということ以外わからん。遠目からしか見ていないが、気絶していたようだ」

「なんでもっと早く……」

「お前たちを信頼できなかった。だからコバシから話を聞いた後、裏をとった。それが今、見つかった。だから話したのだ」


 回りが騒がしくなった。こちらを注視していた兵士たちが、今度はあわただしく動き回っている。


「さっきもいったが三日前のことだ。私たちはその人間は死んだものと判断している」


 なにが言いたいのだ。


「た、助けてやってくれよ! 頼むから」

「無理だ。砂烈団は手強い。救出に手を回す余裕はない」


 こんな話をしておいて、なにを言うつもりか。すでに死んでいると判断するなら、なぜ思わせぶりな伝えかたをする。


「だから、お前がやれ」





 余市隆弥は、放り出されて目を覚ました。屈強な大男たちに囲まれていて、捕まったときの恐怖がよみがえる。

 昨日の夜は物置のような臭い小部屋に押し込められ、怖がっているうちに深い眠りについてしまったようだった。




 TRPGをしていたはずだった。同じクラスの仲間、乱堂忍と成島鳥夫と、新学期初めの記念キャンペーンをやっていた。

「センター試験のことは考えない」が三人の合い言葉で、ガリベンコンビの嫌悪のオーラを身に受けながら、3-3の教室で。


「えー、じゃあジェイド君の敏捷で十面二個判定ドゾ」


 隆弥はダイスを手に取り、これから起こるランダムイベントを決定するために、放り投げた。

 ころころ。


「ん、ん? あちゃー、ファンブったかぁ」


 鳥夫が嬉しそうに言った。


「いやはや、こういったランダムイベントで端の数は危険でござるよ、ジェイド殿。で、なにがおこるでござるか」


 乱堂忍はさっきからこの調子だ。この中ではもっともディープだと思われる。


「ええと、ファンブルは……ちょ、これマジ勘弁してヘヘヘ」

「はーやーくー、まだー?」

「異世界に召喚される」

「うは、シナリオ崩壊! きたこれ、きたこれ!」

「さらに六面二個で召喚されるゲームを決める。え、これ違うゲームに行くの? あるあ、ねーよワロチ」


 その時だった。


 地震、悲鳴、闇、そして森。


 涼一に比べて隆弥はより不幸だった。


 ちょうど砂烈団の潜んでいた場所、そのど真ん中に立っていのだ。





「ロッツ、ロオッツ!」


 一人が叫ぶ。しばらくして、入り口からのそのそと、ゴリラのような男が入ってきた。

 

 今からなにが起こるのかさっぱりわからず、しかし悲鳴を上げる度胸もなく、隆弥は簀巻きのままがたがたと震えていた。夢、夢と繰り返し言い聞かせるのが精一杯だった。


「お前がやられたのはこいつか」

「へ、こいつは……違いまさ。あのヤロウよりもチビだ。だけど服は同じでさ」

「同じ服だと。ロッツ、間違いねえな。次しくじったらどうなるかわかってるよな」


 高圧的に大男とはなしているのは、ライオンのたてがみのような髪の毛の中年だった。隆弥が正気であれば、若い頃のシュワルツェネッガーがライオンのコスプレをしたのに似ている、と考えたことだろう。


「そいじゃあこいつも、そのなんか変なガキと同じ用な力を持ってるかもしれんってか」

「しかしボス、ロッツを持ち上げて放り投げるなんて、しかも副長をやっちまうなんて、そんなことができる奴なんて……」

「ドレマンのヤロウが帰ってこねえのが証拠だ」

「だが、ロッツのヤロウが正規軍に売ったのかもしれねえ」

「んなことしてなんになる。正規軍が、仲間を売ったからって温情をかけるような甘ちゃんかと思うか。減刑なぞされないのはよくわかってんだ。するはずがねぇ。いいか、よくはわからんが、このガキが恐ろしく強え可能性がある。だが今はこんなんだ。なにかいい方法はあるか」

「ボス、そんな奴なら正規軍に特攻させましょうや!」

「バカ言うな、ドレマンの兄ぃをやっちまうんだぞ。敵に回ったらどうすんだ!」


 男臭い喧噪の中、隆弥は発狂寸前だった。口々に発せられる己の処遇についての言葉も耳に入っていない。


 捕まったときも、その後も、彼に為す術はなかった。内向的で運動の苦手な隆弥は体も小さく、筋肉もついておらず、色白のもやしっこだったから抵抗らしい抵抗もできなかった。何度失禁し、気絶したことか。


 もちろん、鏡を見る機会もなかった。


 だから、ドレマンらを打ち倒したときの涼一のように、彼もまた、己に起こっている変化に気づいてはいなかったのである。


 右目に起きた、劇的な変化に。

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