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戦乱学級 ~ヴェリーペア戦記~  作者: 栗原寛樹
二人と一人の異邦人
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-1

 小橋絵里とは、三年になって初めて同じクラスになった。といってもよく話すようになったのは、五月過ぎの席替えの後からだ。

 窓側、涼一の前の小橋が、


「松凪サン、彼女いるんですか?」


 と尋ねてきたのが最初だった。メガネをくいと上げながら乗り出してくる小橋絵里に、最初は驚いたものだった。


「いや、べ別に、いないけど」

「ふうん」


 つまらなそうに絵里は前を向いて、会話は終わった。意味が分からなかったが、次の休み時間、


「松凪サン、このクラスだと誰がいいですか?」


 今度はメモ帳片手だった。メガネをくいと上げながら。


「え、いや」


 涼一は慌てる。ほとんど話したことのない相手に、いきなり告白まがいの挨拶である。


「たとえば、風間サンとか」

「はあ?」


 男の名前が出た。


「あ、やっぱり女子がいいんですか? じゃあ秋月サンとかどうでしょう」

「あ、秋月さん? いや、話したことねーし」

「ほうほう、顔で判断しない、と。まあ秋月サン、かわいいですけどね」

「なんだよ、急に」


 思い返せば、ここで秋月有希の名前がすでに出ていた。


「彼女に求めるコトとかあります? いやプレイとかではなくて、要素みたいなことで」


 それからしばらく、小橋絵里は自分に気があるのではないか、と勘違いしていた。





 目に入ったのは、クリーム色の布一面。


 悲鳴をあげつつ飛び起きた涼一から、薄布が舞い落ちる。

 背中がぎしりと痛んだ。かたい床で寝ていたせいだ。


「こ、小橋っ!」


 見回しても小橋絵里の姿はない。それどころか……森ですらなかった。

 あちこちにおかれた木箱、鎮座する机に椅子。そして視界を埋め尽くす布は……つまり、テントのようだ。


「小橋、どこだ!」

「落ち着け」


 鋭い声が響く。警戒に思わず体を固めると、三段に重なった木箱の裏から誰かが出てきた。


「彼女は安全だ。一足先に目を覚ました。今は外で食事している」


 声は女だ。いや、当たり前だった。彼の前に立っている、甲冑に包まれた人間は、紛れもない女である。


 ウエーブのかかったブロンドが映える。銀色の甲冑には複雑な衣装が施されていて、すなわち意味が全くわからない。記憶にある山賊たちといい、本当に映画の撮影ではないのか。


「お前たちの事情はわかっている。私たちはコクグンだ。安全は保障する」

「……こ、こくぐん?」

「シュミット王国正規軍3番隊。私はフラウス・ホワイト。お前もここがどこかはわからないのだな」


 なにを尋ねてよいのかもわからず、彼はあっけにとられたまま頷く。

 フラウスと名乗った女は、手近な椅子に涼一を座らせ、テントの入り口に歩き、


「コバシ、起きたぞ」


 惚けたままそれを見ていると、しばらくして絵里が飛び込んできた。


「松凪サン!」

「こ、小橋。なにもされてないか」

「大丈夫ッス。ありがとうございます。で、でも、その、肩は」


 絵里が手を伸ばしてきて、涼一は自分が上半身裸なことにやっと気づいた。


「さっきも言ったが、彼の肩に傷などない。安心しろ」

「でもでも、あんなに深く。血だって……」

「確かに上着に血はついていたが、実際に傷がないのだ。疑うならよく見るといい」


 絵里の手が、恐る恐る肩口に触れる。痛みを覚悟していた涼一は、なんともないことに気づいて、自らの右腕で掴む。なにも異常はない。


「う、嘘だろ」


 刃は完全に埋もれていたはずだ。血も驚くほど流れた。それが、まったく消え失せている。


「疲弊していることにはかわりない。ゆっくり休め、と言いたいところだが……まあ、まず食べるがいい。外に用意させてある」


 言われて、腹がなる。どれほど寝ていたか知らないが、どちらにせよものを口にする機会などなかった。

 立ち上がると、頭がグラリと揺れた。先ほどはなにも感じなかったが、ふわふわと漂っている気分だ。


「や、やっぱり寝てたほうが」

「いや、腹、減ってるんだ」

 それにここは蒸し暑い。外に出れば幾分快適だろう。


「来い」


 フラウスに連れられて、テントの入り口へ進む。


「あ、あの、松凪サン」


 おずおずと小橋。


「びっくりするかもしれないけど、その、気を確かに」


 ある程度予想はつく。


 入り口から外に出る。





 予想はつくが……


「……ぐ」


 声を漏らさずにはいられなかった。


 テントは一つではなかった。見渡す限りのあちらこちらに大きなテントが張られ、辺り一面を帯剣した戦士たちが闊歩していた。

 

 馬のような生き物には角が生えており、中には翼を持ったものまでいる。誰も彼もが蛮族に負けぬ体躯の持ち主で、笑い声、怒声、様々な声や鎧の音などが響き、なぜ今まで聞こえていなかったのかと耳を疑いたくなった。

 

 ここにきて、涼一は今度こそ思い知ったのである。


 ここが、自分の生きていた世界と全く異なる、未知のものであることを。





「バウィエ、旅人が目覚めた。食事の用意を」


 先頭を歩くフラウスが、焚き火の燃えカスの前であぐらを組んでいる兵士に声をかけた。


「ウス、お嬢さんはもう一杯いりますか」

「望むだけ出してやれ」


 呆気にとられたまま、フラフラと歩く涼一。絵里が手をかさねばすぐにでも倒れてしまうだろう。

 

 バウィエは涼一の腕をとると、用意された簡易食台に座らせる。絵里は隣に、そしてフラウスは対面に座った。食台はこの一つきりしか見あたらず、他の兵士たちは地べたにあぐらをかいている。


 涼一の目の前に椀がおかれた。よくわからない、白乳色の粥のようなものだった。隣の絵里は困ったような笑顔で断っている。


「上等なものではないが腹にたまる。食べろ」


 差し出されたスプーンを手に取り、しばし湯気のたつ粥を眺める。

 その様子を眺めていたフラウスは、特に感慨もなく、絵里の方を向く。


「名前はなんだったか」

「え、ええと。松凪サンッス。松凪涼一サン」

「マツ……ナギ……マtsナギ……お前たちの名前は発音しにくいな。まあ、いい。せっかくだから最初から話そう」


 スプーンが粥の中を潜る。米には見えないが、何かの穀物が盛り上がって、甘い匂いを放った。


「お前たちは気がついたらあそこの、森の中にいて、さまよっていたところを山賊に襲われた。しかしどういうわけか逃れ、ここまでたどり着いた。二人とも知り合いで、学生。カナガワと言うところに帰りたい。確認するぞ、間違いないな」


 すくい上げると、湯気が顔にかかった。

 迷うわけもなかった。一口で、決壊。多少堅いが噛めぬほどではない。それにつぶれた中から甘い汁のようなものが出てきて、空きっ腹に流れ込んでいく。白乳色の液体はその汁が湯で薄められているもののようで、喉に引っかからない。


「信じがたい話だ」

「でまかせでさ」


 瞬く間に空になった椀に二杯目を盛りながら、バウィエという男が言う。短い草色の髪の毛が陽光に映えている。


「こんなご時世だ。住処を追われたガキが紛れ込んでもおかしかねぇ。こうやってメシにありつこうと、どうにか頭を絞ってやがんです」

「口を慎め。このあたりは封鎖されている」

「魔法で張った結界なんて信じられませんや。どっかに穴があったに違いねぇ」

「バウィエ」


 魔法、と聞いて、涼一はいよいよ混乱する。魔法、魔法だと?


「さて。信じがたいのは確かだが、お前たちがただの旅人かと言われれば、それもまた納得しがたい。この地域は、我がシュミット王国の魔法士によって全域が封鎖されていて、入り込むことも出ることもできない」


 粥をかきこみながら、涼一はどうにかあたりを確認する正気を取り戻した。目に入れたくないファンタジックな連中の向こうに、岩肌が広がっている。

  右を向けば、大きな湖のそばだった。その向こうに木立が広がっていて、先ほどのフラウスの言葉から、おそらく襲われた森と平地の境界だった。彼方に屹立した崖が見える。


「だから……お前たちは結界発動時にこの中にいたか、そうでなければ無から現れたことになる。ここでそれを追求はすまい。実際にいるのだから」


 このうら若き女騎士は、今まであったロクでもない連中に比べれば物わかりのよい方のようだった。これがどんなに幸運か、そこまで考える余裕はまだない。


「先ほどコバシにも説明したが、賊どもや私がお前たちをただの旅人だと考えないわけは、おおむね服にある」


 確かに、涼一たちの学生服はこの風景にはそぐわない気がする。だが、元は軍服だ。似たようなユニフォームくらいあってもよさそうだ。


「材質と縫製にまったく見当がつかないのだ。これほどきめ細やかな作りの服は、少なくとも私たちの国にはない」

「材質……縫製」


 つぶやいてみる。変哲もない量産品のはずだった。


「お前たちの体つきもそうだ。まったく旅に耐えうるものではない。コバシはともかく、マtsナギ、お前は飢えているようにも見える」


 一応陸上部で、それなりに鍛えてるつもりだ。まあ、相撲部などの重量連中に比べたら細い方である。

 ましてやここの男たちと比べるのは酷だ。


「だがコバシの言うところ、お前くらいは普通なのだそうだ。その年まで生きていられたのだから、まあ信じてもいい」


 信じてもいいとはまた、ずいぶんな言いぐさであった。


「だから私は、お前たちにここがどこなのか教える。まずは、真偽を確認してからな」


 イヤな予感がした。


「今森を探させている。いいか、お前たちの話でもっとも腑に落ちないのは、砂烈団から逃げ出し、無事にここまでたどり着いたことだ」

「砂烈団?」


 遠く、木立から兵士が数人出てくる。手に何かを引きずっている。


「しばし待て」


 立ち上がったフラウスは、バウィエを連れて兵士たちの元へと歩いていく。


「砂烈団ってなんだ?」

「私たちが襲われたヤツらッス」


 見れば、隣で絵里が小さく震えていた。


「お、おい、思い出すな。忘れろ」

「わ、私、殴られ……」

「おい」


 肩に手を置くと、びくりと体を硬直させて、


「……スイマセン、三日たってもこれです」

「三日……三日も寝てたのか、俺?」

「はい。私を担いで、森の入り口に倒れてたらしいです。私も目が覚めたのは昨日で」


 三日という数字は、少なからず涼一にショックを与えた。無防備なまま、寝ていた期間が三日。


「ナギ」


 こちらに歩きながら、フラウスが言った。


「お前が殺したとしか思えない」


 言いにくかったので呼び方を変えたのだろう。


 それをぼんやりと考えながら、涼一は次に彼を襲うさらなる衝撃を待たねばならなかった。




 お前が殺した。


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