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 本当にやるのか。

 すがるように雷太を見ると、彼は無言で頷く。


 本当に?


 リュリを見た。はりつけ状態になっているリュリは、恐怖に目を潤ませながらもまっすぐに隆弥を見ている。


 この異常な空間はなんだ。


 戦慄する隆弥。特に雷太の態度が彼を不安定にさせる。ドットもリュリもヴェリーペアの人間だ。わからぬところはあってあたりまえだ。だが雷太のこの、さも当然のような冷徹な所作はなんだ。


 もちろんのこと、この態度はヴェリーペアであれば普通のことである。階級社会のヴェリーペアで日本人である隆弥たちはゲストの立ち位置にいるためわかりづらいが、ドットは国家の重鎮である。かたやリュリは元フラウスの侍女であり、目下日本人の生活補助という特殊な仕事をしているが平民だ。その差は歴然であり、直接的でないとはいえリュリはドットに奉仕するのが当然の立場である。


 つまり今の状態はヴェリーペアの封建制からいえば批判されるいわれなどなかった。とはいっても、王家御用達の魔法士、国民の規範となる者として人体実験を強制するのは人道的に誉められたことではなく、リュリが志願しなければドットはモルモット探しに難航したことであろう。


 だがその当然が、雷太にも及んでいるのはどういうわけだろう。もちろん隆弥に思い当たる節などないし、日本の高校生が女子をはりつけにしてなんの後ろめたさも抱いていないというのが理解できなかった。


 戸惑うしかない。


「お取りなさい。でなければ始まりません」


 無慈悲なドットの言葉。


「リュリさん、」


 隆弥はなにを期待して声をかけたのだろうか。

 否定か肯定か、それは本人にしかわからぬが、


「どうぞ、お願いします」


 リュリはこの答えしか返しはしまい。


 歯噛みしながら、しかし隆弥は決意したことを忘れていない。一刻も早く自分の力を使いこなし、涼一に恩返しをせねばならない。


 ここで躊躇っていてどうするのだ。


「ごめん」


 ここでこのせりふは男として最悪であるが、リュリはわずかに微笑んだ。

 右目を封印していた眼帯をはずす。


「発動しています」


 閉じた瞼から漏れる光を見て、ドットが言った。


「注意してください。リュリだけを見て」


 ゆっくりと開く。


 リュリも見つめてくる。


 金色の瞳が、開かれる。






 一人で軍を相手に戦い、あまつさえ勝った者がいる。


 行進していた隊に激震が走った。


「どんな顔だった!」


 とくに涼一の反応は激しかった。どう考えても可能性は一つだ。


「すんませんが、その、水を」


 飲まず食わずで走り続けてきたのだろう。馬もレンジェも行き絶え絶えだ。

 すぐさま小休止を取り、道の脇で水を飲ませる。その間涼一は気が気でない。


「……見た訳じゃありませんが、若い女だったようですわ」

「若い女……」


 クラスメートの顔が次々と浮かんでくる。女子は18人。そのうち小橋絵里は違うことがわかっているので残りは17人。


 まだわからぬ。そもそも実際に目で見なければ、この世界の人間では見分けなどつかない。


「ナギ、気持ちはわかるが慌てるな。イズィレェキでの戦いはマルーン卿の敗走か?」

「ですわ。先陣を踏みつぶされて、エギルオートまで退却してます」

「マルドールは誰が出てきた。マルーン卿を追ったのか」

「大将は黒のブレシアでさ。今頃はエギルオートを囲んでるんじゃありませんかね」

「黒のブレシア……城攻めになったらまずいな。なんということだ」


 フラウスはディジナを呼ぶ。手早く手紙を書き記すと、送信するように申しつけた。


「ま、待て、待ってくれ将軍」


 呼び止めて、自分もライタにメッセージを送りたい旨を伝える。


「確かにレグホーン殿には知らせんとまずいな。だがナギ、お前は字が書けんだろう」

「日本の言葉なら……」

「それではだめだ。ディジナが把握できないと送信できない。言え、私が書く」


 字数にも制限がある。あまり長いメッセージは伝えられない。


「クラスの女子だ。名前はまだわからない」

「クラスとはなんだ」


 まさか学校がないのか。


「ええと、学校で一緒に勉強する教室の単位……」


 言ってて混乱してきた。


「俺たちの仲間だよ。レンジェ、ちょっとしたことでいいんだ。情報はないか」

「そう言われても……攻撃は弓矢を用いたモノだったくらいしか」

「弓矢……」

「デカい弓から光が放たれ、雨になった。それが壊滅せしめた、そう聞いてますわ」


 デカい弓?


「そうそう、その弓矢がデカかったってことですわ。扱ってた女より背が高かった。それと、ああ、そうですわ。服が黒と白のツートンで、鎧を付けてなかったと」


 速く言え。


「その服ってこっちじゃ無いようなものなのか?」

「聞いた限りじゃ、堯菱にあるようなものに似ていたとか。堯菱なんて世界の端っこなんで真偽は怪しいですわな」

「堯菱? なんか聞いたことあるな」


 フラウスを見ると、彼女は頷いた。そうだ。確か初めて会ったときに言っていた気がする。

 神奈川は堯菱に、


「もしかしてそこ、和風なのか?」

「ワフウってなんでさ」


 ああ、もどかしい!


「た、たとえばこんなだよ」


 涼一は地面に石で絵を描いていく。脳裏に浮かんだ服装。


 弓道着だ。


「こんな服で、こんな弓で」


 間近で観察したことはないが、確かに和弓は背が高い。部員が細長い袋に入れて持ち運んでいるのを見たことがある。


「ああ、そんなですわ。なんでわかるんですか」


 であれば、ヒントが後一つあれば。


「髪の長さがわかるやつはいなかったのか!?」


 レンジェは質問の意図がつかみかねているように首を傾げた。






 リュリの動きが傍目にわかるほど変わった。

 首を激しく揺らし、拘束をはずそうともがきだしたのだ。もちろん光縛の輪は、彼女の細い四肢では外れぬ。


「かかった。今彼女は幻覚を見ています」


 なにを見ているかはわからない。だがなにかを見ている。


「見えているモノについてはとりあえず置いててください。ヨイチ、今あなたの目は元通りです。ここから『効果を中断できるか』試してください。私は万が一の布石を」


 試せと言われてもどうすればよいのか。発動自体が自分の意志によるものではないのだ。


「余市。助けになるかはわからないけど、俺の場合は『命令した』。たとえば風を強くしたいなら強くなれ、弱くしたいなら弱くなれって風に」


 雷太の声。しかしそれでは話がおかしい。自分が命じなければ発動しないのであれば、そもそもこれまで発動するはず機会などなかったはずなのだ。

 疑問に思いつつも、とにかくリュリを呪縛から解かねばならない。時たま小さな悲鳴をあげ手首がちぎれんばかりに縮こまろうとする彼女は見るに耐えない。


 止まれ、消えろ、終われ、中断、思いつく限りのキーワードを並べるが、リュリの様子に変化はない。


「止まれ、止まれ、止まってよ」

「焦るな余市。確信を持って一度だけだ」


 雷太の声は、しかし耳に入らない。


「ちょっと、まずくないッスか」


 絵里が言った。リュリの悲鳴が次第に大きくなり、その声がいっそう隆弥を焦らせる。


 なぜ止まらぬ。勝手に発動しておいてそれっきりか。本当に自分の能力なのか。漫画やアニメでは、自分の能力を自覚したその瞬間から手足のごとく操っているではないか!


「ジヴェ・グイル」


 唐突に魔力が可視化した。

 ぎくりと体を硬直させた隆弥の前で、魔力がリュリの体を包み込んだ。彼女はそれまでの恐慌が嘘のように、目を閉じ、寝息を立て始める。


「ここまでです」


 振り返ると、ドットの前に消えかけの魔法陣があった。


「眼帯を、ヨイチ。リュリは私が眠らせました。起きたら『なにを見たのか』、聞かせてもらいます」

「……」


 なんと言っていいのかわからぬ。頷くべきか、その目でドットを見てやるべきか。あまりに非人道な仕打ちに、しかしドットは顔色一つ変えぬ。雷太も同様だった。


 ここまでしなければならないものか。


 リュリの危険を冒してまで、正体を見極めねばならないものなのか。

 一度は決心をしたはずの心が揺れる。いざ目の当たりにすると、涼一にしでかしたことが重くのしかかってくる。


 リュリの悲鳴が耳に残っている。

 ここまで追いつめてしまうものなのか。


「早く眼帯を……さて、次はコバシ。あなたの番ですが」


 絵里の顔はなんとも言えぬ表情になっていた。自分も勧めた手前、怒りを言葉にすることを躊躇っているのだろうか。


 いずれにしろ隆弥と絵里は甘かったのだ。


「いえ、待ってください」


 話を中断し、ドットは手を耳にあてた。

 なにか手から聞こえてくるかのように耳を澄ませている。


「……これは」


 その顔が、驚きに満ちていく。


「なんとも……誰か、誰か!」


 部屋を取びだしてゆくドットを、眼帯を付けながら隆弥と絵里は呆然と見送る。


「通信が入ったんだ。だけど……おいおい、リュリさんをそのままにしていくのかよ」


 雷太が光縛をはがそうと引っ張っているが、もちろんのことそれで外れるほどヤワではなかった。


「通信?」

「魔法を使った通信だ。俺が小橋さんや余市、松凪のことを聞いたのもノルオートからの通信だった」


 魔法を使った通信は、最初にドットから聞いたものだ。これを最初に覚えるようにと言われて、借りた本にも付箋を貼ってある。

 受信の時はあのような感じになるのか。

 ドットが再び飛び込んできた。


「レグホーンを呼びました。この部屋に六人は多い」


 リュリの光縛を解き、ドットは慌ただしく机の上の書類をまくり始めた。


「カザマは残ってください。コバシ、ヨイチ、申し訳ありませんが続きは次回に。リュリをお願いします」

「なにかあったんスか」

「今はお話しできません。後でお伝えします。とにかく」






 隆弥たちが出て行くと、すぐに幼い少女が入ってきた。


「ドット! 貴様我が輩を呼びつけおってからに、ロクなこと言わんかったらぶっ飛ばすぞ!」


 雷太の腰ほどの身長から高圧的にわめき散らす少女には、雷太は一度会っている。


 五歳くらいにしか見えぬが、実際は250年生きているという。死の間際に新しい体に命を移し替え、このシュミットの頭脳として君臨し続けた。


 ディセナ・レグホーンその人である。


 実際にはかなりのババアだと聞いたときの雷太の反応は「こういうのって本当にいるのか」だった。

 フィクションの世界の出来事だと思っていたのが目の前に現れたのだ。ひとしきり珍獣でも見るかのような不躾な目をしていたことを、今更ながら公開している。


「なぜこいつもおるんじゃ。ぶっ飛ばすぞ!」


 甲高い声が非常にうるさい。

 とりあえずドットはレグホーンを持ち上げて、じたばたと抵抗を受けながらも椅子に座らせた。


「マルーン卿の軍が敗走しました」

「わかっとるわそんなん。まさかそれが用か」


 当たり前のように言い放つ少女に、ドットは思わず目を丸くする。


「今なんと?」

「折り込み済みじゃと言っとる。これを送れ」


 紙を一枚取り出す。ドットはそれを受け取って、広げる。


「……ちなみにホワイト将軍は現在、エギルオートへと向かっておりますが」

「間に合わん。おそらくバロアオートにつくまでにエギルオートは堕ちる。そして黒のブレシアであれば、さっさと転身する。バロアオートに到着するのはほぼ同時のはずじゃ。予定通り行軍」

「ちょっと待ってくれ」


 雷太が口を挟むと、レグホーンはいらだたしげににらみつけてくる。


「最初の予定だとマルーン卿はイズィレェキでマルドールを打破するんじゃなかったのか」

「負けるっつって軍出すバカがどこにおる」


 なんだと。それではレグホーンは嘘をついたということか。


「マルーンが我が輩の指示通りに軍を出していたなら被害は先陣の五十名ほどじゃ。それに万が一の場合はエギルオートから脱出していったん下がるように言うとる」

「五十……」

「不服そうだのう。お、やるか?」

「お待ちください、レグホーン殿。これを予期していたと言うのですか?」

「もちろん。お前、イズィレェキなんて湿地、攻めるのに適してると本気で思っとったのか」

「私はなにも聞いておりませんが」

「言っとらんから当たり前じゃ。で、誰がやった」


 眉間にしわを浮かべながら、ドットは言った。


「カザマ。あなたの知り合いにツキノセカヨという女性はいますか」


 雷太の体が硬直した。






 出立した。先ほどまでとは打って変わって、ほとんど駆け足のような行軍である。


「エギルオートはバロアオートの東、マルーン卿の領地だ。レンジェは少し休憩してもう一度バロアオートに言ってくれ。私たちはエギルオートへゆく」


 馬の上から都度、指示を飛ばすフラウス。


「え。いいんですか、指示を待たなくても」

「だからレグホーンの指示がくるまで休め。先ほどの通信でエギルオートに向かうことは伝えてあるが万が一のためだ」


 この道は途中からバロアオートとエギルオートへ分かれる。それまで連絡が入ることを祈っている。

 だが涼一の胸の中では、今にも馬を駆けエギルオートへと向かいたい気持ちが渦巻く。


「ナギ、独断は許さんぞ」


 それを見透かしてかフラウスが再び釘を刺した。


「わかってる、わかってる……」


 遙か遠くに分かれ道が見えた。片方は山へと続いており、そちらがエギルオートへ向かう方とレンジェから聞いた。

 そのときには、すでに心は決まっていた気がする。


「ホワイト将軍、通信はいりました!」


 ディジナが後方から馬を飛ばしてくる。


「エギルオートは放棄! バロアオートを死守せよとのことです!」

「……くそっ! なんということだ」


 渋面はほんの一瞬だった。泣きそうな目で涼一を見て……それを彼は初めて見た……いったん目を閉じると、次に開いたときにはいつもの穿天将軍に戻っている。


「速度落とせ! 通常行軍にて予定通りバロアオートへ向かう!」


 それではダメなのだ!


 次の瞬間に、涼一は飛び出していた。


「待て、ナギ!」


 フラウスの声が聞こえるが気にしてなどいられなかった。フラウスには悪いが、クラスメートは次の戦いで死んでしまうかもしれないのだ。


 なにができるかわからないが、なにかをしなければならぬのだ! 

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