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戦乱学級 ~ヴェリーペア戦記~  作者: 栗原寛樹
シュミット、宣戦
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-2

 風間雷太が言うには越境能力の副次的な影響だという。絵里も隆弥も、筋力が大幅に上昇している。もともとの実力に比例しているのか涼一ほどではないが、絵里は騎士からはぎ取った盾をずっとかまえていた。三キロくらい、とあたりをつけていたが実際にはかなり重いらしい。


 涼一はいわずもがなである。巨漢を投げ飛ばしたし、パンチ一発で人が死んだ。この世界の戦士から見ても規格外の膂力を持っている。


 そのため、相手が実力者だとわかっていてもためらいがある。


 武器を持った自分の一撃がどれほどなのか、まさか死にはしないか、死んでしまったら自分はどうなるのか。

 目の前で兜をつけるユラクは、涼一の力を見誤っているかも知れないのだ。


「よろしい。似合ってますよ」


 鋼鉄製の鎧兜に身を包んだ涼一に対して笑うユラク。見た目に反してずいぶん軽く、普段着とさして変わらない。手の剣も、砂烈団掃討の際に持ったものと同じ種類のものだった。羽のようである。


 実のところ、かなり緊張している。これまで戦うときはほとんど勢いに任せていたが、しきりを入れて決闘するのは初めてだ。訓練とはいうが真剣である。下手をうてば死人が出る。


「注意しておくと、これはあくまであなたの実力を見極めるためのものです。ですから本気できてくださいね、ナギ」

「……はい」


 答えはするものの、そんな気にはとてもなれぬ。会って十分ほどだが、ユラクという男、顔がいいだけでなく人間としてもデキている。近衛隊は見栄えのよい若者たちで構成されると聞くが、外見から想像するよりはるかに落ち着いている。


 だからこそ万が一が起こるのは勘弁願いたかった。


 中央の円闘場へと案内される。一段下がっていて、ぐるりと腰の高さに壁が作られていた。

 気がつけば兵士たちが訓練をやめて二人の見学に集まっていた。フラウスもいる。


「それでは、いつでもどうぞ」


 構える。さすがに実力者で、堂に入った構えであった。素人の涼一にもそれはわかる。どこから切りかかっていけばいいのかわからないのだ。


 だが、それでは涼一の攻撃を防ぐことはできない。


 力任せに突っ込めばどうにでもなる。飛び込む速さも、ただ殴るだけの威力も桁違いなのだから。


 そうした。


「い、行きます」


 地面を蹴る。なにも難しいことはない。構えている盾に一撃くれてやればそれでわかるはずだ。寸止めなどできないのだからこれしかない。


 あっという間に涼一とユラクの距離が縮まった。大上段に剣を振りかぶり、狙いを定めるは万が一にも外さない、盾に描かれた大きな紋章。


 渾身の力、の半分くらい。どうにか力をセーブして、思い切りたたきつけた!


 手応えなし。


 盾がない。それどころかユラクの体自体がない。剣は空を切り、石畳に激しく衝突し、折れた。

 尋常でない痺れが右腕を襲う。


 突然、視界がぐるりと回った。状況を把握する前に後頭部を打ち付ける。二つの太陽が目に入って異常にまぶしく、しかしなにかが影を作った。


 ガツンと顔面に鋭い痛み。

 星が舞う。顔をぶたれた。いやこれはどちらかというと踏みつぶされたのか。

 遅まきながら左足に痛みを感じる。となればこうだ。涼一の剣をよけたユラクは左足を蹴り払い、転倒させ、そしてトドメをさした。


「……ぐっ」


 ごろりと転がされて、立ち上がる。鼻から血が流れていた。なんてヤツだ。転がしてから踏みつぶす必要など無いはずなのに。


「本気で、と言いました」


 ユラクの笑顔はすでに薄ら笑いにしか見えぬ。素人だとたかをくくってイビる魂胆か。あの誠実そうな顔は表向きでただのドSか。


「弱いのですから、手など抜いてもしかたないでしょう。それとも今のが実力ですか」


 ブチギレた。命の心配をしてやった挙げ句がこの挑発である。殺しはさすがにしないが、少し痛い目を見せて、越境能力を得た自分がどれだけの強さなのかを見せなければ怒りが収まらぬ。


 鼻血が止まった。


 それを皮切りに、涼一はまた攻撃をしかけた。





 隆弥が目を泳がせている。


「それでッスよ。例えば風間サンは一ヶ月程度で済んだんですけど、こっちにくる時間がずれるとなると、もしかしたら五十年とかずれる可能性もあるんじゃないっスか」

「あ、ああ、うん。そうだね」


 と返事も上の空で、


「話聞いてます?」

「え? き、聞いてる聞いてる」


 目を開わせても、すぐに明後日を向いてしまう。

 絵里はメガネを直した。


「こっちじゃこれが普通なんスから慣れてください」

「う、ででも」

「問答無用」

「うわっ」


 頭をつかんで、グイと無理矢理こちらを向かせる。

 それより大事な話があるのだ。


「こ、ここ小橋さん、そんな格好で恥ずかしくないの?」

「コスプレイヤーなめんな」

「え、こ、コスプレ?」


 言ってしまって、言葉に詰まった。クラスの連中では偶然イベント会場で出会った乱堂忍しか知らぬ秘密だ。うざいオタクだったが、隆弥の反応を見る限り口外せぬという約束は守っていたらしい。代わりに写真を何枚か撮られたが。

 頭に血が上るのがわかる。


「ぐ……そ、そうッス。悪いッスか」

「い、いや……こ、小橋さんもコスプレとかやるんだって、ちょっと驚いて。BLとか好きなのは知ってたけど。なんのキャラやるの?」

「い、今は置いといてください」


 自分の領域の話になると饒舌になるのもオタクの特徴である。コスプレだとわかると直視できるようになるのもそうだ。とりあえず、赤面は相変わらずだが目は逸らさなくなった隆弥に向かって、話をしきりなおす。


「いいッスか? もし五十年前とかにこっちに来ていると、五十年分老けてる可能性があるッス」

「うん。そうだね……あれ、五十年?」

「死んでるかもしれないッス。寿命じゃなくても、こっちの世界は日本ほど治安がよくないッス」

「確かに……ううん、でもそれ、そうだとしても対処のしようがないような」

「いや、そうなんですけど」


 解決方法など浮かばぬ。第一、五十年とは言わずとも、例えば五年早くこっちに来ている者がいれば、すでに成人していることになる。もし帰る手段が見つかったとして、バラバラの年齢で日本に帰るのは非常にマズいわけで。


「ていうか、私たちももう二週間くらい家あけっぱッスよ。風間サンに至っては一ヶ月以上ですし。私たち、行方不明なんですし」

「それも対処のしようがないっていうか。確かにそうだけど」


 間違っていない。絵里にしても、この疑問がはたしてどうなのか、それを確認したかっただけなのだ。


「なんかないスか」

「え? う、うーん……僕たちがなんでこっちに来たのか、そもそもどれくらいずれて来てるのかもわからないし、今じゃなんとも」


 それも間違っていない。原因がわからないのだから対処のしようもない。


 わかっているのだ。わかっている。涼一に話したところで、むしろ余計な心配の種を増やすだけである。全員を連れ帰ると豪語した涼一に対し、まさか彼の手の及ばぬところで取り返しのつかないことになっているのでは、などとは言えない。


 先に隆弥に話してよかった。


 ふと、机の上に一冊、本が積まれているのが見えた。


「これ、こっちの本スか?」

「あ、うん」

「言葉わかるんスか?」

「いや、さっぱり」


 じゃあなぜここにあるのだ。


「魔法についての本なんだ。ドットさんに借りて」


 話が読めない。テーマがわかっても読めないのだから意味がなかろう。というより、数日前には風間を介してしか話をすることができなかったはずのドットから本を借りているとは、いつのまにそんな仲になった?


「文字は読めなくても、図を覚えるのに必要だから」


 絵里の頭にある可能性が閃く。魔法を行使するには、紋章と詠唱が必要である。


 まさか?


「なんか、魔法の才能あるみたいでさ、僕」




 涼一は都合十二回、地面を舐めさせられた。


「それじゃあここまでにしましょう」


 軽く息を弾ませたユラクが終了を宣言する。

 あれから十五分もたっていないが、涼一の体力は限界に達していた。とにかく攻め続けた涼一は途中から手加減など頭になかったが、結局ユラクの体に傷一つつけることも叶わなかった。代わりに涼一の顔は十二回踏まれている。


 なにが起きたやらわからぬ。全ての攻撃は避けられ、いなされ、そのたびに転ばされる。真正面からだけが無駄とわかりフェイントをかけたつもりが、逆手に取られている。自慢の人並みはずれた速さも見切られ、まともに力勝負もさせてもらえぬ。すなわち、得意な領域をことごとく潰された形になる。


「ま、まだ……」


 ここまでくると最初の挑発など関係ない。もはや一撃でも入れねば気が済まぬ。


 実力差が歴然としているのは明らかだった。ユラクもフラウスも「全力で」と言った、その意味がわかる。いくら身体能力があるとはいえ、涼一は戦いの素人であることに代わりはないのだ。


 それを勘違いしていた自分が恥ずかしい。しかしこのまま終わるのはもっとイヤだ。


「実力はわかりましたから。稽古は明日からにしましょう」


 ユラクは兜をはずし、笑いながら言った。


「さっきはすみませんでした。いいセンいってると思いますよ。なによりその体にしてその運動能力は武器になります。後はテクニックですね」

「どれくらいかかる」


 フラウスの声は特に変わらぬ。初めから結果はわかっていたようだ。


「どれくらいって、そうですね。二年くらいですか。早くて」

「次の出陣に間に合わせたい」

「いやいや、それはさすがに……ええ、本気ですか?」


 口元の血を拭うと、すでに出血は止まっているようだった。この力はありがたい。


「まいったなあ」

「話したとおり、死にづらい体だ。多少未熟でもなんとかなると思うが」

「こっちの身にもなってください」

「俺からもお願いします」


 ユラクが笑顔をやめた。


「鍛えてください。戦えるように。すぐにでも」


 頭を下げる。


「困ったなぁ。いっそ将軍のお墨付きでいいじゃないですか。私より偉いんだし」

「それは出す。だからそれまで、鍛えてやってくれ」

「そうは言いますがね……わかりました、相変わらず頑固な人だ。それじゃあ交換条件といきましょう」

「今日は予定が入っている」

「じゃあ明日で結構なので、私の部屋まで」


 ドキ、と涼一の胸がなった。


 なんの話だ。


「いいだろう」

「え、いやちょっと」


 思わず声をあげる。


「どうしました」

「いや、その、あの」


 何と言っていいかわからぬ。ただただ戸惑うばかりで、しかし今、目の前で繰り広げられた会話が意味するところは一つしかないではないか。


 自分のためにフラウスが?


 そこまで肩入れするほどのものか? というか公衆の面前でユラクは何を言っているのだ。兵士達もいるではないか。隊長がそんなことでいいのか。


「しょ、将軍がそこまでする必要は」

「ではお前がやるか」


 なんだと。





 涼一たちを上階から見ている者がある。

 国王ガシュイーンと風間雷太だ。雷太は眼鏡をかけ、若き王の後ろに侍っている。


「あれがお前の仲間だとな、カザマ」

「そうです」


 この男、大司の付き添った初めての謁見の時に「轟天大聖か。えらく小さいな」と言ってのけた不届き者である。確かにこの世界の基準から見れば、クラスでも高身長だった雷太ですら小さかろう。それよりも大司が後ろにたった状態で愚弄ともとれるせりふを言ったのがすごい。


 さすがに一同どよめいたが、むしろ雷太は安堵した。丁重に奉られるより気が休まるというものだ。それに一応は、雷太のことを轟天大聖だと信じている。これはたぶん間違いない。


 雷太はウィン・ベネットは自分たちの言葉でカザマライタというなどして、とりあえず自分の名前で呼ばせることに成功した。轟天大聖は自分を呼ぶための言葉ではないから失礼にあたるとかなんとか、結局は後付けであり、つまり自分の名前で呼んでもらわねば反応が遅れるのであった。


「ずいぶんと弱いな」

「俺の世界はここと比べて平和なもので。かわりにタフですよ。松凪は」


 同時に雷太は雷太で最敬礼の態度をとらずもよい立場であった。日本での学生という身分に比べてずいぶん出世したが、命が担保なのだから安穏ともしていられぬ。


「後二人、いるといったな。一人は女だとな。興味があるぞ」


 英雄色を好むと言うが、性の常識が全く違うのだから絵里に会わせるのだけは阻止していた。王の目にかなうかはさておき、かなってしまったらコトである。


 というより精霊の従者という設定の絵里に対してこうなのだから、そもそもこの男、通常の人間からはみ出ている。妙に自信に満ちており、天に逆らうを恐れぬ傍若無人なところがある。同時に、ぽっと出の怪しい風間雷太をうまく手元におさめる柔軟さも持ち合わせている。


 なるほど、生まれた時から権力争いに巻き込まれているのだ。このくらいでなければ生き残れはしまい。


 前王が死に、王位を継承して短い。まだ王としてはひよっこの状態である。これから侵略戦争を始める国の頭としては不安も残る。宗教の力でまとめたとはいえ、まだ豪族たちを掌握したとも言い切れない。この戦争の結果次第では追われる身になるやもしれぬ危うい立場にあるのだ。


 にもかかわらず、この堂々としたたたずまいはほれぼれするばかりであった。表向きはなんの問題もないように見える。


 それが大事なのだろう。


 しかし同時に雷太は考えなければならぬ。


 この王が追い落とされるとき、それは自分もまた危機に陥るときなのだと。


 失敗してはならぬ戦いが始まってしまうのだ。

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