9.変化の激しい転校生
今朝は昨日の失敗を踏まえて、電車が満員になる時間帯を避けて登校した。
早めに教室に到着する。まだクラスメイトが来ていない時間帯でもやれることはある。
教室に飾ってある花瓶の水を換えてから、朝の清々しい空気を吸い込みながら予習する。
五月の気温は過ごしやすくて、スッキリした頭で勉強に取り組めた。
「おはよう細川くん」
「細川くん、今日は早いんだね」
「朝から勉強!? てか細川、数学の宿題やってる? 俺さっき気づいてピンチなんだよ。助けてっ!」
そうしているうちにクラスメイトが続々と教室に入ってきた。
あいさつを返しながら勉強を進める。ていうか最後の奴、見ていてやるから自分でやりなさい。
さらに時間が経つと朝練をしていた部活組も教室に入ってきた。
バスケ部の朝練を終えた木村は、席に鞄を置く前に真っ先に俺に話しかけてくる。
「なあレオ。御堂さんは学校に馴染めそうか?」
木村が開口一番そんなことを尋ねてくる。
「御堂さんのこと、どんだけ気になってんだよ」
「だって早く慣れてもらわないと俺ら話しかけづらいじゃん。そこんとこ“御堂さん係”のレオの肩にかかっているんだからなー。ちゃんと気合い入れろよな」
「プレッシャーかけるなってば。それを言うなら城戸さんの肩にもかかってるだろ。気合い入れてあげれば?」
「やだよ。城戸さんにプレッシャーなんてかけたくねえし」
「俺はいいのかよっ」
木村は笑って誤魔化した。なんて女子に甘い奴なんだ。
木村が席に着いて、鞄から教科書やノートを机の中に入れる。それを後ろの席から見ていた俺は勉強に戻る。
と、そうしたいところだったが教室がざわりとざわめいて、思わず顔を上げた。
「おい見ろよレオ。御堂さんと城戸さんが手を繋いで来たぞ。二人仲良しのS級美少女って尊いよな~」
木村がのけ反るような体勢で話しかけてきて、クラスメイトのざわめきの正体を知った。 ていうかS級ってなんだよ……。
木村の言った通り、クールな無表情の御堂さんと微笑んでいる城戸さんが手を繋いで教室に入ってきたところだった。
自然と目を惹いてしまうほどの華やかな美少女二人の組み合わせだ。
しかも一方は昨日転校してきたばかりのクール系金髪少女。どうしたってクラスメイトの興味を刺激してしまう。
とはいえ昨日の戸惑っていた御堂さんを知っているだけに、クラスの誰も近づいたり話しかけたりできないでいた。
「あっ、レオくん」
ぽけーっと見つめていると、俺と目が合った御堂さんが城戸さんを置いて俺の席に駆け寄ってきた。
って、え?
「「「レオくん!?」」」
クラスメイトたちの声が重なった。近づいたり話しかけたりはできなかったけど、みんなの注目を集めていたので誰も聞き逃してはくれなかったようだ。
俺も何か言いたかったが、ツッコむ余裕がなかった。
なぜなら御堂さんが近すぎるんじゃないかってくらい俺に接近して、さっきまで無表情だったのが嘘なんじゃないかってほどの微笑みの爆弾を投下してきたのだ。
「ほおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?!?」
その可愛らしい微笑みを間近で目にした木村が、奇声を発して失神した。おい! こんなところで死ぬんじゃねえぞ!!
だけど、木村の受けた衝撃がわからなくもない。
整いすぎた顔を無表情にしていた美少女が、目の前でいきなり笑いかけてくれたのだ。
このギャップには俺もちょっとドキッとした。
「あ、あの……」
「う、うん」
なんだ? 何か話があるのか?
ちょっぴり照れた様子の御堂さん。指を突っつき合わせる様子から、何か俺に伝えたいことがありそうではあった。
まさか……昨日の満員電車での密着のことを言い出すつもりじゃないだろうな?
あれは許してくれたというか、感謝されたんじゃなかったのか? いや、感謝された理由が今でもわからないんだけど。
どんな理由があるにせよ関係ない。あのことをクラスメイトがいる教室で言われたりでもすれば……たとえ無実だったとしても有罪確定だ。
みんなから責められる状況を想像して、御堂さんの口を塞ぐべきかと考えてしまう。
ダメだっ! そんなことをしたら罪を重ねるだけじゃないか!
俺に選択肢はなかった。御堂さんが震える唇を開くのを、ただ見守っているしかない。
「お、おはよう……っ」
心の中で罪の意識からのたうち回っていると、御堂さんの口から呟きのような小さい声がした気がした。
え、今なんて?
「レオくん……おはよう」
ぼけっとしている俺を見て、聞こえていなかったと伝わったのだろう。御堂さんはもう一度言ってくれた。
「あ、うん……おはよう、御堂さん」
反射的にあいさつを返す。
すると御堂さんは、ぱあぁっと笑顔の花を満開にさせた。
クールな印象が吹き飛ぶほどの可愛らしい笑顔だった。その破壊力は凄まじく、クラスの男子たちが断末魔を上げながら倒れていく。
「御堂さん可愛いー!」
「やだ、見惚れちゃう……」
「でも、なんで細川くんにだけなんだろう?」
クラスの女子たちも御堂さんの笑顔に黄色い声を上げる。男女どちらも騒がしかった。
「よし……できた。私ちゃんとあいさつできた……っ」
御堂さんはそんなクラスメイトたちに気づかないようで、何事もなかったみたいに無表情に戻って、スタスタと自分の席に行ってしまった。
これは一体どういうことだ? 御堂さんの気持ちがわからない……。
「細川くん」
フリーズしている俺を再起動させてくれたのは、笑顔の城戸さんだった。
城戸さんの笑顔も可愛らしい……御堂さんとはまた別の種類の可愛らしさだ。同じ美少女でも、笑顔に違いがあるんだなぁ。
素直な感想を抱いていると、城戸さんに肘で肩を小突かれた。身体もフリーズしていたようで、その衝撃でようやく動き出せた。
「後で話があるんだけど……いいわよね?」
城戸さんの笑顔には「御堂さんと何があったのかな?」という好奇心を雄弁に語っていたのだった。




