8.御堂りおは運命のシチュエーションを妄想する
転校初日。
正直、コミュ力ゼロの私が新しい学校でやっていけるとは思えない。不安が内臓まで侵食して、吐き気を耐えるだけでいっぱいいっぱいになっていた。
そんな不安の中で一筋の光が私を救ってくれた。
そう、レオくんと運命的な再会を果たせたのである。
珍獣と間違われたのか、大勢の人に注目されてしまった私。
それを助けてくれたのがレオくんだった。
昔よりも大きくなった背中は頼り甲斐があって……思わず一生守ってくれないかな、と期待してしまうほど。
「ふふっ……くふっ……くふふっ」
真っ暗な部屋の中で、不気味な笑い声が木霊する。
怨霊? いいえ違います。私です、御堂りおです。
家に帰って晩御飯を食べてお風呂に入って、自分の部屋のベッドにダイブした私はレオくんとのやり取りを思い出して笑顔が止まらなくなっていた。
「私のこと……覚えて、いませんか?」
「覚えて……るよ」
ダメ元だった。小学生の頃の、それもたった一日だけの出会いでしかなかったのだ。そんなの忘れていて当然だと思っていた。
なのにレオくんは昔の……私なんかとの出会いを覚えてくれていた。こんなに嬉しいことはない。
さすがにあの時の“約束”までは覚えていなかったけど……。
ま、まあ約束と言っても勢いで言っちゃったことだったし。今思うと恥ずかしいことだから覚えていなくて良かったかも、うん。
できればもう少しレオくんとお話していたかったけど。まあ焦る必要なんてないよね。
だって、私とレオくんはクラスメイトなんだから!
「くふふ……くふふふっ……」
クラスメイト……その言葉を良い意味で噛みしめることになろうとは……つい昨日までの私が聞いたら腰を抜かしていたよ。
クラスの友達なんて妄想の産物でしかなかったけど、もしかしたら本物のリアルフレンドができるかもしれない。イマジナリーフレンドとの卒業へのカウントダウンがすでに始まっているのだろう。友達百人できるかな?
レオくんさえいれば、これから充実したスクールライフを送れるはずだ。明るい未来が私を待っている。さらば青春コンプレックス!
「りおー。お母さん夜勤に行ってくるからねー」
「う、うん。行ってらっしゃい、お母さん」
お母さんを見送って、私は明日学校に行く準備を始めるのだった。
さて、と。明日からはレオくんとイチャイチャしながらの学校生活だ。陽キャの仲間入りかぁ……き、緊張するなぁ。
◇ ◇ ◇
そう思っていた時期が私にもありました……。
「君が噂の転校生の御堂さんだよね? その制服って前の学校の?」
「金髪きれー。もしかして地毛?」
「部活に入る予定ある? 可愛い女の子がいてくれたら俺らやる気出るんだけどさ」
次の日。
登校して昇降口で靴を履き替えたところで、なぜか知らない男子に話しかけられた。
すると次から次へと人が集まってきて、私は完全に包囲されてしまった。あれ、私悪いことしてませんよね? 罪人じゃありませんよね?
「…………」
こ、言葉が……言葉が何も出てこないっ!
誰か一人に話しかけられるだけでもあっぷあっぷなのに、この人数は何? いち、にー……ダメだ! 複数形になった途端拒絶反応が出るっ!
男子と女子が交互に話しかけてきている気がする……なのに理解できない。いっぺんに話しかけられるなんて今までなかったから脳が処理してくれないっ!
このままではヤバイ……。せっかく話しかけてきてくれているのに、返事の一つもできなかったら──
「御堂さんってコミュ障?」
「無言の陰キャって不気味だわー」
「存在そのものが不快感を巻き散らすので、死刑を執行します!」
「「「異議なし!!」」」
って感じになって、罵倒の嵐が始まってしまう……も、もうダメだーーっ!! まだ転校して二日目なのに詰んでしまうっ!
ああ、さらば青春……やっぱり君は遠い存在だったんですね……。
「もうっ、こんなところで固まっていたら邪魔でしょ」
心の中で頭を抱えてうずくまっていると、女の子の声が響いた。
みんながしゃべっていて騒がしくなっているのに、その声はよく通った。この場にいる全員に届いたようで、しんと静まり返る。
そこにいたのは、銀髪の戦乙女だった。いや、戦乙女とかあり得ないんだけど、それくらい凛々しい女子だったのだ。
「彼女と仲良くしたいのはわかるけれど、もう少し節度を持ちなさい。廊下を塞ぐなんて他の生徒に迷惑よ」
その言葉だけで、私を取り囲んでいた人たちが「は、はい」と言って素直に立ち去って行った。
か、カッコいい~~! 何この人? まるで漫画に出てくるキラキラの完璧生徒会長みたい。影響力が一般人を遥かに超えている!
「おはよう御堂さん。朝から大変だったねー。平気?」
何この人? じゃないっ!
同じクラスの城戸さんだ! 城戸唯花さん。クラスメイトの中でも特に目立っていたから覚えていたはずだったのにっ!
自己紹介してくれた相手の名前を忘れるなんて失礼なことだ。良かった……名前を呼ぶ前に思い出すことができて。
「城戸さん……おはよう、ございます」
言えた! ちゃんとあいさつできた! 私偉い!
「アタシの名前覚えていてくれたんだー。嬉しいな」
ぱあぁぁっと城戸さんから笑顔の光が放たれる。うっ、目が焼かれる! ちょ、直視できないっ。
城戸さんが私の隣に並ぶ。
え、教室まで一緒にいてくれるの?
これだけの美少女なのに優しいなんて……この人は女神か!?
「御堂さんも大変だよねー。可愛いから男子が寄ってきて大変でしょ?」
「え、は、はあ……」
可愛い? 何をおっしゃっているのか……それは城戸さんのことでしょうに。
小学生の頃は男子にからかわれていて、嫌われているばかりだった。
中学校はお母さんに頼み込んで女子校に通わせてもらって、存在感が薄いながらも、なんとかいじめられずに済んできたのだ。
そんな私に男子が寄ってくるわけがない。仮にそうだったとしても、私をいじめる目的でしかないはずだ。
ヒィッ! 思い出すだけで怖い……レオくん以外の男子は何をしてくるかわかったもんじゃない! 人を容赦なく炎上させてもおかしくないんだ~!
「御堂さん? どうしたの、顔が真っ青よ。大丈夫?」
気づけば城戸さんが私の顔を覗き込んでいた。青い瞳が神秘的……。
じゃなくて! 見入っている場合じゃない。心の中だけで目をつぶっていると思っていたら、現実でも目をつぶっていた。この癖は直さないと……。
「大丈夫……人に囲まれるの、慣れていないだけなので」
「え、御堂さんほどの美人がそんなことあるはずがないでしょう? 今まで腐るほどの男子が言い寄ってきているはずよ」
私が美人って……陽キャはお世辞も簡単に口にできるのか。城戸さんが言うと本当のことに聞こえる不思議。これが存在感の説得力の違いか。
「そんなことないです……私、女子校だったので……」
「ああ、なるほどね。……だから慣れていないのね」
城戸さんがふむふむと頷く。
私がコミュ障だと伝わったのだろう。その青い瞳はなんでも見通せるのかもしれない。
なんだか城戸さん相手だと落ち着くなぁ。
絶対に陽キャのはずなのに、私をバカにせずにいてくれる……本物の陽キャは陰キャをバカにしないって本当だったんだなぁ。
「そういうことならアタシと、細川くんが守ってあげるわ! 御堂さんに寄りつく変な虫を近づけさせないって約束する。だから安心してね」
城戸さんに手をがっと掴まれる……び、美少女の温もり!?
そ、それに細川くんが守ってくれる? え、何その最高のシチュエーションは?
「は、はい……お願いします」
運命だと思っていた男の子が、私なんかを守ってくれる……。
はっ!? ダメ……ニヤニヤするな私! 城戸さんをキモがらせるわけにはいかないって!
私は城戸さんと手を繋ぎながら、表情筋を緩めないようにするのが大変だった。




