6.懐かしい感触
「あばばばばばばばばば……」
御堂さんは転校生の洗礼を受けていた。
ただでさえ珍しい転校生に、先輩も後輩も含めて大興奮である。
しかもお人形さんみたいな金髪美少女ときたものだ。特に男子の興奮っぷりは異常なほどだった。
その興奮は興味本位で集まってきたであろう女子たちがちょっと引いているほど。
女子たちは御堂さんに群がる男子たちの様子を、遠巻きから同情じみた目で見ていた。
「御堂さんが戸惑ってるだろ! みんな落ち着いてくれ! ちょっ、通して……」
さっきまで無関係の人たちを通してくれていた大群は、御堂さんに夢中になって理性を失っていた。
いくら声をかけても、男子たちで形成された壁はビクともしない。
くっ、こうなったら仕方がない!
俺は腹をくくり、腹をぼよんと揺らしながら前に出た。
「ごめんよごめんよー!」
「「「どわああああああぁーーっ!?」」」
秘技、ボディアタック! ただの体当たりともいう。
こういう時は体重差があるのが役に立つ。
柔らかい脂肪がたっぷりのおかげでクッション性に問題がないので、誰もケガをしない便利な技だ。自分の優秀な身体に惚れ惚れするね。
上手いこと人の間を割るようにして、男子で形成された壁に風穴を開けていく。
そうして、ようやく綺麗な金髪を発見できた。
「御堂さん、大丈夫か!」
「ほ、細川くん!?」
男子に囲まれて身動きが取れなくなっていた御堂さんのもとに辿り着けた。
彼女は無表情でたたずんでいて、その凛とした立ち姿は教室で自己紹介をしていた時の姿と重なる。
あの時はクールに見えていたけど、やっぱり緊張していたのかもしれないな。
御堂さんと出会ったのは今日が初めてで、まだまだ知らないことがたくさんあるけれど……無表情なだけの女の子ではないと知ることができた。
“御堂さん係”として近くで接していなければ見逃していたかもしれない。今ならクラスの男子たちがやりたがっていた理由もわかるかも。
この微細な感情の変化は、きっと近くで見ていなければ気がつかなかっただろうから。
「オイ、なんだよお前は?」
「割り込みはマナー違反だぞ!」
今度は御堂さんの壁になった俺にブーイングが飛んでくる。
人数が多いからブーイングも激しくて、威圧されてしまいそうになる。
だからって萎縮しているわけにもいかない。
「みんな落ち着けって。御堂さんは転校してきたばかりで右も左もわからないんだ。そんな時にこんな大勢で囲んだりなんかしたら、余計パニックを起こしちゃうだろ」
まあまあと、笑顔でみんなを手で制しながら訴えかける。
話せばわかる。きっとみんなならわかってくれるはずだ。だって俺たち……同じ学校の仲間じゃないか!
「ふざけんな! そんなこと言って転校生を独り占めにする気か!」
「可愛い女子が相手だからってカッコつけてんじゃねえぞ!」
「金髪美少女はみんなのものだ! 我々はお近づきになる権利を主張するーーっ!!」
ダメだった……。男子の集団はクールダウンするどころか、よりヒートアップしてしまった。
「お黙りなさい!!」
よく通る声だった。
あれだけ騒がしくしていた男子たちが一気に静まり返る。彼らの視線の先にいたのは銀髪をかき上げる美少女……城戸さんだった。
重要なのは、どんな言葉をかけるかじゃない。
言葉は、誰が口にするかが大事なのだ。それを、城戸さんの迫力のある存在感で思い知らされる。
俺が言っても全然聞いてくれなかったのに、城戸さんの一言で場が収まっちゃったよ……ちょっと複雑な気分。
城戸さんが俺に視線を合わせて、くいっと顎を動かす。「ここはアタシに任せて行け!」ってことか?
「こっち!」
「え?」
城戸さんに注目が集まっているうちに、この場から御堂さんを逃がそうと、彼女に顔を向けた時だった。
いきなり御堂さんに手を取られて、ぐいっと引っ張られる。駆け出す彼女に合わせて、俺の足は自然に動き出していた。
「あっ、逃げたぞ!」
「逃がすな! 追えーーっ!!」
いや追わなくてもいいでしょ! 別に悪いことなんてしてないんだから!
男子の群れを突破したところで気づかれてしまった。背中に野太い大声が響いて、ちょっと恐怖を感じる。
「~~っ!」
そう感じたのは、御堂さんも一緒だったのかもしれない。
表情の変化に乏しくても、握る手の力は必死そうだったから。
「……」
なぜか……この感触に懐かしさを覚える。
理由はわからない。
懐かしいということは、過去に似たような状況があったのかもしれないけど……封印したい過去が多すぎて、思い出すためには勇気が必要だった。
◇ ◇ ◇
御堂さんに引っ張られながら走って、走り続けて……なんとかあの大群から逃げきることができた。
そうして辿り着いたのは屋上に続く階段の踊り場だった。
封鎖されている屋上のドアの前には、使われない机や椅子が積まれていてホコリっぽい。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
「大丈夫か御堂さん?」
膝に手をついて息も絶え絶えといった様子の御堂さんは、こくこくと頷くことしかできないようだった。
同性なら背中でも摩ってあげられるのだろうが、俺が彼女にやったらセクハラになってしまう。
心配になりながらも、御堂さんの息が整うのを待つしかなかった。
「細川、くんは……平気そう……です、ね……」
まだ呼吸が整わないのに、疑問を口にせずにはいられなかったみたい。
まあスラリとした体形の御堂さんからすれば、俺のようなふくよかな男子に持久力があるのが不思議なんだろう。
「これくらいの距離を走るくらいはね。これでも筋トレしてるし」
「へぇ……」
顔を上げた御堂さんの目が輝いていた。
俺が筋トレしているのを意外に思ったのかもしれない。身体を鍛えているようには見えない体型という自覚はあるんだ。
「すごい……ね」
「む、無理にしゃべらなくてもいいからね? まずは呼吸を整えて」
そうしてくれないと、ちょっと気まずい……。
綺麗な女の子が、走って上気した顔で、はぁはぁと息を荒くしている姿を見せられると……ちょっぴり邪な気持ちが芽生えそうになってしまう。
男のバカな部分が出る前に、俺は背を向けて深呼吸する。呼吸は精神を安定させる大事な手段だ。
「あ、あのっ」
しばらくして息が落ち着いてきたのか、御堂さんが声を上げる。
声は小さかったけど、他に人のいない踊り場だからか、やけに響いた気がした。
振り向いて御堂さんを見れば、体力が回復したようで凛とした姿勢に戻っていた。
彼女は唇を引き結び、じっと俺を見つめていた。その視線の力に迫力を感じて、こっちの背筋も伸びる。
そして、御堂さんが再び口を開く。
「私のこと……覚えて、いませんか?」
その言葉を聞いて、俺は身体に電流が走ったかのような衝撃を受けた。




