18.信頼してもらうということ
御堂さんは疑心暗鬼になっている。
それは信頼していたはずの俺たちに裏切られたと思い込んでしまっているからだ。
まずはその認識を改めてもらわないといけない。そんなつもりじゃなかったんだと。そして、俺たちは御堂さんに好意を持っているから安心して、と。そう伝えなきゃならないと思った。
だから御堂さんが顔を出した今こそがチャンスだと思ったんだけど……この固まった空気はなんだ?
「ぴゃっ……ひゃああああああっ!?」
御堂さん!? その変な鳴き声は何!?
御堂さんはその大きな目をさらに見開いて、顔面から蒸気が出るんじゃないかってくらい真っ赤になった。
もしかして何か勘違いしてるのか? 俺はそんな勘違いさせるようなこと……言ったな。
いや待て。だって「好き」って言葉は、御堂さんも城戸さんに対して口にしたんだ。だから手っ取り早く友達としての好意が伝わると考えたのに……なんで自分はそういう方向に受け取っちゃうの!?
とにかく勘違いを正さなければ。御堂さんに言葉の意味を説明しようと口を開きかけた時だった。
「は、え、ええええええっ!?」
今度は城戸さんの絶叫が部屋にこだました。
彼女は俺の両肩を掴み、ガクガクと前後に揺さぶってくる。ちょっと待て、脳が揺れるし、脂肪も揺れちゃってるから。
「ちょっと細川くん! どさくさに紛れて何ド直球な告白してるのよ! こ、心の準備ができてないでしょうがっ!!」
「ち、違う……落ち着いて。ていうか揺らさないで」
城戸さんも完全に誤解していた。
二人ともに誤解されたのなら、全面的に俺が悪い。……それはわかったから、いい加減揺らさないでほしい。
俺は必死に城戸さんの拘束を解き、真っ赤になって今にも沸騰しそうな御堂さんに向き直る。
「御堂さん、落ち着いて聞いて。今のは昨日、御堂さんが城戸さんに言った『好き』と同じ意味であって……決して不純な動機で口にした言葉じゃないんだ」
「……不純」
御堂さんがひゅ、と短く息を吸い込んだ。
琥珀色の瞳が潤み、ブルブルと震えている。こ、今度はどうした?
「レオくんは……私を不純だと思ってる……。そうですよね、私みたいな陰キャはクソを煮詰めたような存在ですし……レオくんの良心につけ込んで、邪な気持ちを抱いてしまいすみませんでした……」
御堂さんの頭が、再び布団の中へ潜ってしまう。
「違う! 全然違うから! 戻ってきてくれ御堂さん!」
俺は頭を抱えた。
御堂さんはコミュ障だ。
そんな彼女に、言葉の裏を読ませようとするのが間違いだったのだ。
この子は投げられた言葉をそのまま、あるいは最悪の方向に捻じ曲げて受け取ってしまう。
なら、言葉足らずにならないように。そして、気持ちがしっかりと伝わるようにぶつかっていかなきゃならない。
「御堂さん、よく聞いて。俺は……俺たちは、御堂さんに学校に来てほしいんだ。学校に来て、楽しいって思ってほしいし、たくさんのことを学んでほしい」
「……」
「そうして過ごしているうちに、笑えることがいっぱいあると思うんだ。クラスは賑やかだし、校風とでも言えばいいのかな、学校全体がお祭り騒ぎが好きなんだ。体育祭や文化祭なんかのイベントは本当に盛り上がるよ。御堂さんはあまり騒がしいのが苦手かもしれないけど、その時は俺がいるし、城戸さんもいる。だから大丈夫。御堂さんを迷惑に思う奴なんて一人もいない。というか、みんな好き勝手にやってるだけだから気にしなくていいって。もちろん俺含めてね」
御堂さんが恐る恐る顔を出す。
「俺は友達として、御堂さんの笑顔が好きだよ。すごく楽しそうで、こっちも嬉しくなるんだ。きっと俺だけじゃなく、みんなそう感じると思うんだよ」
「……」
「御堂さんは禁忌の存在なんかじゃない。人の輪を乱す存在でもない。そもそも友達の輪なんて、そんなに綺麗な形をしていないんだから、御堂さんが入ったくらいでそんなに変わるようなもんじゃないって」
「本当、ですか?」
御堂さんがおずおずと尋ねる。
「本当だよ。もし合わないなと思っても、別の輪に入ればいいだけなんだ。そこがダメでも別のところを。“輪”ってものはたくさんあるんだ。もし、それでも一人ぼっちだと感じてしまうのなら俺を頼ればいい」
俺は自分の腹をぼよよんと叩いた。
「どんな御堂さんでも、このでっかい腹で受け止めてやらあ」
御堂さんは目を瞬かせて、くすくすと笑い出した。
その笑顔はさっきまでの陰キャっぷりが嘘のような、眩しすぎる明るい表情だった。
「じゃあ、レオくんは私のこと……嫌いになったわけじゃないの?」
「なるわけないだろ。むしろ、これだけ心配して家まで押しかけているんだぞ」
「アタシもよ!」
城戸さんが力強く胸を叩いた。俺とは違ったぽよよんという揺れがあった。目のやり場……っ!
「昨日はちょっと勘違いしちゃったけど、アタシも御堂さん……りおちゃんの友達だから!」
「り、りおちゃんっ!?」
御堂さんは衝撃を受けたみたいにのけ反った。
それから表情が緩んでいく。小声で「友達……ふふふっ、と、友達……」と言っているのが聞こえてきた。
どうやら城戸さんが勘違いした件は解決したようだ。俺たちの気持ちが伝わったのだと、御堂さんの緩んだ表情を見れば確信できた。
ほっと息をつく。
次の瞬間、ドアが急に開いた。
「お茶、飲みなさい」
「あ、はい……ありがとうございます」
び、びっくりした~……ノックも足音も聞こえなかったんだもん。
御堂さんのおじいさんが人数分のお茶を持ってきてくれた。おもてなしされると思っていなかったからギクシャクしてしまう。
「りお、体調はいいのか?」
「うん、もう大丈夫だよ」
「そうか」
それだけ言って、おじいさんは部屋から出て行った。
言葉は少ないし、表情も乏しいけど、御堂さんを心配する気持ちは伝わってきた。
俺たちはお茶を飲みながら、御堂さんと和やかに他愛のないおしゃべりをしたのだった。




