12.金髪美少女の“デブ専”疑惑
転校生の御堂りおが、細川レオにだけ懐いている……。
などという噂が、学校中に流れ始めたらしい。口数の少ないクールな金髪美少女が、決してカッコいいとは言えないふくよかな男子だけに笑顔を向けているとなれば、思春期の少年少女の話題のネタになってしまってもおかしくないのかもしれない。
「なーんて噂が流れてるって聞いても、レオは変わらないのな。もっと照れたりとかうろたえたりするのを期待してたんだけど」
「ベタなリアクションできなくて悪かったな」
休み時間に俺に噂のことを教えてくれた木村が、ぷくりと頬を膨らませる。それ男子がやるとキモいからやめような。
御堂さんが転校してきてから一週間が経った。
彼女が俺にあいさつをしたり笑顔を向けたりしてくれるものだから、少しずつ新しい学校に慣れてきたのだろうと思った。
だけど御堂さんのその態度は、俺だけに見せるもののようで……。
他の人が彼女に話しかけても一言二言返すだけで、会話がすぐに終わってしまうのだそうだ。
“御堂さん係”として、やることを大方終えたと安心していたのだが、残念ながらまだ彼女から目を離せそうにない。
「それに、そんなこと言われてもな。俺が御堂さんの態度をどうにかできるって話でもないし」
「御堂さんに好かれるコツがあるなら教えてくれよー。な? ジュースおごってやるから」
「いらないって。俺も話しかけられたり笑いかけられたりする理由はよくわかってないんだから」
さすがに「満員電車で密着したら懐かれました」と言っても納得しないだろう。俺も未だに意味がわからないし……。
「レオがそんなんだからさー。御堂さんは太った男が好きなんじゃね? みたいなことも言われ始めてんだぞ」
「はあ? なんだそれ」
木村が「やべっ」と自分の口を手で塞ぐ。なんてベタなリアクションしてんだよ……。
「いや……御堂さんって割と早くにレオに懐いていた感じだったじゃんか? だから『実はデブ専だったんだ』って言い出した奴がいるらしくて。あっ、お、俺は言ってないからな!」
「はいはい。疑ってないって」
ばつが悪そうに頭をかく木村。
こいつは噂好きではあるけど、自分から噂を広めるタイプじゃないからな。大体俺にしか言わないし。
「とはいえデブ専って言ってる奴がいるなんて……御堂さんにとっては風評被害にもほどがあるよな」
「俺はもし御堂さんがそういう好みのタイプがあっても、悪いことだとは思わないけどなー」
「は?」
よほど変な顔をしてしまったのか、木村がケラケラと笑う。
「何驚いてんだよ」
「いや、だって……デブは嫌われるだろ。……特に女子からは」
「でもレオは嫌われてないじゃん。うちのクラスの女子なんかレオの好感度高いだろ」
「いやいや、それは珍獣みたいに見ているだけであって……」
木村が盛大なため息をつく。
「あのさ、もしかしてレオが今まで恋バナに乗ってこなかったのって、デブの自分が好かれるわけがねえ、なーんて思っていたからだったりするのか?」
「……」
「ビンゴかー」
「ま、まだ何も言ってなかっただろっ!」
「だから、レオは顔に出やすいんだって」
なんだか恥ずかしい秘密を知られたような気がして、顔が熱くなった。
「まあ、もちろん体型を気にする女子はいるけどよ。それだって全員ってわけでもないだろ。見た目でいうならチビとかガリガリに痩せてる男子の中にも、彼女持ちの奴がうちの学校にいるしさ」
「そ、そうなのか?」
「情報通の木村くんを信じろって。まあレオの場合はもう少しくらいは痩せた方がいいとは思ってたけど。主に健康的な意味で」
「これでも一応ダイエットしてるんだけどね」
「嘘……だろ?」
木村は唇をわなわなと震わせながら後ずさりする。今日イチ驚いてんじゃねえよ。
でも、御堂さんに“デブ専”疑惑がかけられるくらいには、一緒にいすぎたってことだよな……。
彼女の好みは知らないけど、変にからかわれるような話題はなくした方がいい。
ただでさえ転校生の美少女ってだけで注目されているのだ。変な目立ち方をすれば、それこそ御堂さんの学校生活に影響が出てしまうかもしれない。
「あ、あのっ」
声をかけられて木村と一緒になって顔を向ければ、すぐ隣で金髪の美少女に見つめられていた。
「み、御堂さん!?」
急な接近に木村が驚く。うん、この距離感の近さは驚くよなぁ。
肩と肩が触れあいそうなほど近い。というか、よくここまで近づかれて気づかなかったな……御堂さんは忍者か何かなのか?
美少女のいきなりの接近に驚く木村とは対照的に、俺は自分でも意外なくらい落ち着いていた。
最初からそうだったわけじゃない。俺に笑顔を見せるようになってから、御堂さんはやたらと距離が近いのだ。
俺だって女子に完璧な免疫を持っているわけじゃない。金髪の似合う美少女に近づかれて、ドキドキしなかったかと言われれば嘘になる。
ただ、それが何度も続くと理解するのだ。
「ああ……これが御堂さんの距離感なんだな」って。
「どうしたの御堂さん?」
「えっと……今日は、て、天気がいいですねっ」
「あ、うん……そうだね」
俺は曖昧な笑みで対応する。
なのに、御堂さんは全力の笑顔を返してくるのだ。
「ふおおぉ……」
傍にいた木村がその輝かんばかりの笑顔を直視してしまい、失神しかけていた。お前はもうちょっと慣れないと命に関わるぞっ!
さて、御堂さんのこの他愛なさすぎる会話は初めてじゃない。というか大体天気の話から始まるのがほとんどだ。
琥珀色の瞳をキラキラさせているのを見るに、御堂さんは喜んでいる。
話の内容というよりも……自惚れでないのなら、俺としゃべること自体が目的なのだろう。
「……」
それは、とても危険な兆候のように感じる。
「悪い、俺トイレに行きたいんだ。天気の話だったら木村が詳しいから二人でしゃべっていてくれ」
「「え?」」
木村と御堂さんの戸惑いの声が重なった。
それをわかっていながら、俺は二人を置いて教室を後にする。
「どうしたもんかな……」
薄々感じていたことだけど、さすがにこれで確信を持った。
御堂さんは……コミュ障だ!
最初は口数が少ないのはクールだからかと思っていたけど、俺に対して積極的に接してこようとしていたからこそわかる。彼女はしゃべるのがとても苦手なのだ。
「まあ、なんで俺にだけ親しげだったのかも、これでなんとなくわかってきたな」
きっと御堂さんにとっては“満員電車での不可抗力”すらきっかけにしたかったのだろう。縋りつきたかったともいう。
一人でも話しかけやすそうな人がいれば依存したくなる……。俺も昔はああいうところがあったから共感してしまう。
それでも“依存”じゃダメなんだ。
「木村なら、ちゃんと向き合いさえすれば話しやすいと思うんだけど……」
そっと教室を覗いてみる。
「……」
「……」
そこには固まってしまった御堂さんと、照れすぎて爪先で床に「の」の字を書く木村の姿があった。
木村……お前までコミュ障になってどうすんだよ!




