Z「迫る黒」
なるほど美味しいと言う味覚は機能している。不味いと言う感覚自体無い夢見の楽園である可能性も有るが…例えば地面を削って喰らってみてそれが無味無臭だと言う様な。そう言えば、これがカラ国の灰の領土だった時、果実はどんな色、どんな味をしているのか。灰の暴徒達、即ち狩人達の立ち位置と自分達の立ち位置がどれ程離れているのかは分からないが灰の果実はその二者間の距離を相殺し得る狂気の味わいを秘めているのかも知れないな、とふと思う。それはあまりにこの果実の味わいに深く底の無い穴の奥から提供されている様な、得も言われぬ馨しさが伴っていたからなのかも知れない。灰の果実としてこれを食すとその馨しさに正気が何処かへ連れ去られそうな予感が有ると言うか…。そんな事を考えながら気付けば完食していた。
「あれあれー? 人に食欲有るかなんて聞く人が完食までしますかねー?」
アーロゥの尤もなツッコミで我に返る。
「あ、ああ。それもそうだな。なんか深みの感じられる味わいだったんで食が進んでしまったと言うか」
「ふーん。なんか表情硬くて何も感じてません、みたいに見えたけどなー。表情解す為にこしょこしょくすぐってあげようか?」
そう言って意地悪く口角を上げたアーロゥの両手はくすぐりの予行演習をしている。
「待ってくれ、消化の怪しいこの世界でそれをやられるとリバースしての阿鼻叫喚が約束されている恐れがある」
そこでピタリとアーロゥの動きが止まる。
「え、じゃああたしも?」
「いや亜の六として現実に影を留めて居て自ら進んで果実摂取に勤しんだお前と俺とじゃ違うかも知れんが。まあ気にしないでくれ、くすぐりが嫌で言った当てずっぽうだから」
「うーん、なんかそう言われてお腹の具合が気になって来たなあ…」
「少女と青年。そこまでにしよう。私の概算だが、シコクの居城はもう近い。シコクの魔法名は至黒。従えている狩人は告死天使型だ。倒して来た直近の狩人に小さな羽根が生えていたのに気付かなかったか? あれは多分その接近を物語る何よりの証拠だ」
それを聞きポンと右の拳を左の掌で受けるアーロゥ。
「あーじゃあブンブン丸先生だけじゃ立ち回りが怪しいかもねー。あたしの弓術の大活躍が待っていたり?」
「ははっ、頼りにさせて貰うよ。その前にお腹の懸念をなんとか振り払っておいてくれ」
「ぶぶー、意地悪なセリフ禁止でーす」
そう言いながら一つの果実目掛けて矢を放つ彼女。その不運な果実だけは灰の果実だったとでも言う様に、見事に命中させられて地面に落ち拉げてしまった。




