精霊たちの願い
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<精霊たち>は楽しい踊りが好き。
<小さな妖精たち>は楽しい歌が好き。
<ドラゴンたち>は楽しいものすべてが好き。
要するに伝説と呼ばれる存在は、楽しいと思える存在そのものが大好き。
そして嫌いなものは退屈な日々。アルバの居ない世界は退屈で、アルバとともに踊り歌えない日常は寂しすぎて・・・。
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彼らの『特別』は何百年も前から決まっている。
少女の姿をした紅い髪の魔法士。人間だけど困った顔をしながら自分たちの悪戯に笑って付き合ってくれる優しい<<最愛>>。
それは今も昔も変わらない彼らの譲れない思い。
彼らは今日も夢に現に祈りをささげる。
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あるとき精霊たちは、気まぐれに一人の赤子に『ギフト』という名の祝福を与えた。その赤子がアルバだった。キラキラと輝く蒼天のごとく澄み渡る青と豊かな大地の緑の瞳が精霊たちのお気に入りだった。
赤いトカゲの姿をした炎の精霊は夜明け方の光を差す、陽炎【かげろい】の加護を。
青い魚の姿をした水の精霊はいつまでも続く無垢な雪のような純粋さを願って、白水【はくすい】の加護を。
白い鳥の姿をした風の精霊は新しい一日の始まりを告げる、朝明の風【あさけのかぜ】の加護を。
緑の亀の姿をした大地の精霊は人々や万物をはぐくむ、万緑【ばんりょく】の加護を与えた。
やがて大精霊となる精霊たちは、今は加護と呼ばれる『ギフト』をアルバに贈った。それゆえにアルバの生まれ故郷を滅ぼすきっかけになるとは思わずに。
すくすく成長していくアルバは野山を駆け回るやや御転婆が過ぎる少女へと育った。紅い髪を揺らしながら手足を大きく跳ね上げ踊る姿はさながら、風に舞う赤い花びらのごとく軽やかで、楽しい踊りが好きな精霊たちは幼いアルバに夢中になった。
果たして本当に偶然だったのか定かではないが、村の近くの小さな森の祠に眠っていた精霊とは異なる妖力を持つ、一人の<小さな妖精>の封印を解いたところからアルバの不思議な運命は動き出す。
<小さな妖精>とともに楽し気に歌う姿に惹かれるように、次から次へと新たな<小さな妖精たち>が光に群がる虫のごとく呼び寄せられる。そして気が付けば尋常でない数の<小さな妖精たち>がアルバの周りを常に守るようになっていた。
精霊たちのギフトは決して一つ一つは強い加護ではなかった。だが四大精霊すべての加護を得たことで確実にアルバの運命は望む普通の人生とは変わってしまった。
魔物が蔓延る時代、アルバの存在と魔力はまるで<小さな妖精たち>が次々と惹かれていったように、魔物にとってもまた良質の魔力を求めて群がる格好の餌だったのだ。
(愛してやまないアルバ。自分たちの寿命に比べれば短いけれど、我らは最後まで傍にいるよ。)
精霊たちから魔法を学び、やがて最強にして最凶と恐れられるようになったアルバは、いつしか最後の時が近づくにつれ、楽しい歌を忘れたかのように別れ歌を口ずさむようになっていた。
それでも、彼らにとって、最も大切な<最愛>であることに変わりはなく……。
水の精霊が願った純粋無垢な心は失ったけれど、白雪のような綺麗な魂が最後まで汚れることはなく、人間や万物を育む加護の力で、七人の弟子たちと仔竜の坊を慈しみ育てた。
別れの時、「ようやく静かに眠れる」と呟いたアルバの言葉を彼らは忘れない。
(よく頑張ったね、アルバ。静かにお休み……。)
気が付けば大精霊にまで進化した精霊たちは願わずにいられない。
(いつかまた生まれ変わったなら、今度こそ幸せにおなり……)
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彼らは忘れない。忘れることはできない。そういう存在が精霊でありドラゴンだから。
だから願うのだ。祈るのだ。
(またアルバに会えますように)
【桃源郷】で眠りについた精霊たちが再びアルバに再会するのは、それから約百数十年後のこと。
<小さな妖精たち>は精霊たちと坊の眠りを見守りながら、アルバが信じなかった神への祈りを精霊たちの代わりに捧げ続ける。
果たしてアルバの転生は本当に偶然だったのか?
それは誰も知らない。