束の間の平穏の終わり
※※※
生まれ変わった今世でアルバは今日も祈っている。
(どうか今日も平穏でありますように・・・)
裏を返せば前世は平穏とは程遠い・・・およそ程遠すぎる人生だったのだと言える。
気が付けば、確かに死んだはずの自分が赤子に生まれ変わったらしい。だが、自分を呼ぶのは今も昔も変わらず同じ名前・・・そう、何故か「アルバ」だった。
※※※
まだ思い通りに動かない手足をもどかしく思いながら、生まれて間もないアルバは今日も母親だというマリアの顔を観察する。
(やっぱり、マリウスに似ている気がする・・・。)
それが一番初めに抱いた感想だった。
アルバと同じ紅い髪は明け方の色。光の加減で微妙に色を変える右の金瞳と髪色と同じ左の紅瞳。(オッドアイは自分と弟子たちの共通点だ。)女の子とよく間違えられる可愛いよりは綺麗という言葉の似合う整った顔立ち。
七人いた弟子の中で最も幼く、そして一番感情を表に出すことが苦手だった最後の弟子。あの子は今どうしているのか・・・。赤子の自分にできることなどないが、ただただ他の弟子たちとともに幸福で暮らしていることを願うのみ。大きく成長した姿を一目でも見たかったが叶わなかった唯一の心残り。
果たして偶然なのかマリアはマリウスによく似ている。オッドアイではないが金色の瞳に割と珍しい紅い髪を腰まで伸ばし、お人形のような美しい顔立ちをしている。
(魔力はさほど強くはなさそうね・・・。ただの気のせいかしら?)
しかし、マリアというらしい今世の母親はよく笑う。何がそんなに楽しいのか?まるで常に傍にいた<小さな妖精たち>のようだとアルバは思う。
「私の可愛いアルバ。今日も良いお天気よ。外で日光浴しましょうねぇ♪」
春先らしいが、まだまだ肌寒い庭先に連れ出してマリアが笑う。その隣では金髪碧眼の長身の父親アレックスが「マリア、寒くないか?こんなに風が強くてはアルバが風邪をひく!日光浴は館の中のテラスでもできるだろう。」とハラハラした様子で声をかけている。
この世に生まれて約ひと月経とうとしているが、最近毎日のように繰り返される光景だ。
どうやら自分は裕福なご貴族様とやらに生まれ変わったらしい。赤子の自分を包む肌着やおくるみが肌触りからしてやたら高級そうだということに気づく。
マリアが鼻歌交じりの子守唄を口ずさむたびに、赤子のアルバはうとうとと眠りに誘われる。何だかくすぐったくて、ふわふわした感じの優しく暖かい魔力のこもった子守唄だ。無意識に魔法を使っているらしい。
「可愛いわぁ!どうしてこんなに可愛いのかしら?」
「きっとマリアに似て、三国一の美女になるな。」
どう考えても、親バカとしか思えない会話である。だが悪くない。不思議と嫌な気持ちは湧いてこないのだ。アルバのぷにぷにのほっぺをいじりながら会話をする両親に(人の顔で遊ぶなぁ!)と怒りつつ、つい笑みがこぼれる。
(このまま平穏に暮らせたらよいのに・・・。)
神など信じないアルバだが、あまりにも平穏な日常に夢見たくなる。
(普通の子供に生まれて、平凡に育ち、平穏な人生を送れないかしら?)
それは切なる願いとなって、いつしか祈りはアルバの日課となっていた。
※※※
アルバは知らない。
自らの死後、【夜明けの大魔女アルバ】と人々が呼び伝説になったことを。
知らぬがゆえに、【大魔女】などという称号も語り継がれる伝説の内容も知るはずもなく・・・。
アルバはただ必死に守りたいものを守り続けて生きて死んだだけだから、何の因果か最後の弟子であるマリウスの孫に生まれ変わっていることにすら、今は知らない。
※※※
そして束の間の平穏な日々に終焉は訪れる。
【夜明けの大魔女アルバ】が目覚めたと世界に広まるのは、もう少しだけ後のこと・・・。
「お行儀のよいドラゴンとその仲間たち」は、無邪気にそして無慈悲にアルバの平穏な日常を、切なる祈りを打ち砕いた。
けれど、のちに弟子たちは語る。
「幾つもの偶然が重なり合って必然が生まれるというなら、アルバの転生は必然」だったのだと・・・。
※※※
その日、七人の弟子たちは確かに異変に気がついた。
暁の国の辺境の地ノルドを目指して、七賢人が集結するのはまた後日のお話。