アルバ、ギャン泣きする
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ただならぬ強大な何かが猛スピードで近づいてくる・・・。その尋常じゃない気配にいち早く気づいたのは、アルバの母、マリアであった。
腕の中のアルバを強く抱きながら、マリアは天明の国にいる家族のことを思い出していた。
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多くの優秀な魔法士を輩出してきた天明の国でも大陸中に名を轟かす七賢人の一人、天明のマリウス。
父親である彼の血を受け継いで生まれたマリアは、到底マリウスには及ばないものの魔法士としての才があった。あくまでも平均より少々多めに毛が生えた程度の才能だったが。
マリウスは魔法の師である大魔女アルバと同じく強大な魔力を持ったがゆえに長寿である。15歳前後で成長の止まったアルバと違い、20代前半まで成長したものの他の六人の弟子たちとともに既に200年以上は生きていた。また彼らの特徴はアルバと同じオッドアイである。
マリウスとの間に双子の子供を残し母が老いて亡くなったとき、父のマリウスがポツリと呟いた言葉をマリアはよく覚えている。
「あぁ・・・。また僕たちは残されるのか。」
いつもの感情の見えない顔で母の死に顔にキスを落とし、天を見上げた父親は諦念にも似た言葉を一言だけ残したのだ。
その言葉が父親の歩んできた人生を物語っているようで、一体何人の親しい者たちを失い続けてきたのか、僅かにだが七賢人と呼ばれる者たちの苦悩を垣間見た気がした。
「私たちは幸運だったのね」
いつだったか、双子の片割れアリオスにそう話したことがある。自分たちは母親に似て短命ではないが、数百年もの歳月は生きない。せいぜい長く生きても150年くらいが限界といったところか。父親に憧れる弟は強大な魔力を欲していたが、母の死後は母に似てよかったと、マリア自身はそう思っていた。
「植物が種から芽を出し、大きく葉を広げていつか大小の花を咲かせるように、人間もまた散りゆく瞬間まで花を咲かせることが出来るのよ。私の可愛い花、マリアとアリオス。あなたたちはどんな花を咲かせるのかしら?」
魔力を持たない子供たちより、ほんの少しだけゆっくりとした成長を続ける双子たちに母が残した言葉は今もなお心に残っている。
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40年近い歳月をかけ、ようやく年頃といった風情に成長したマリアは、自分たちが結婚して子供が生まれるとしても、魔力ゆえに子供を不幸にするのでは?と懸念するようになった。
だから寿命は短いものの暁の国の辺境を守る猛者で知られるアレックスとの縁談が舞い込んだ時、嘘のつけないマリアは、包み隠さず自分たち魔法士の魔力と比例する寿命のことを話した。また自分の成長がゆっくりで老いるのも遅いことも話した。政略結婚ではあるが、筋は通すべきだと判断したのである。
しかしてアレックスは肝の座った男であった。全てを知ったうえで妻に娶りたいとマリアとの縁談を快く受け入れたのである。
「短い人生でも長い人生でも、結局はどう生きるかだろう?まだ生まれてもいない子供のことを案じるよりは、まず君は自分が人々に愛される魅力的な女性だと自覚するべきだよ。歳は関係なく君という女性と結婚できるなら、俺は幸せ者だ。きっと、君の母君も同じ思いで七賢人であるマリウス殿と結婚したんだろう。」
何でもないことのようにあっさりと言うアレックスに、逆に驚かされたマリアである。
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セヴェルの町に異変が起きつつあるのを、いち早くアレックスに伝えたマリアだったが、どんどん白嶽山脈の方角から尽きることなく強大な魔力を持つ何かが次々と近づいてくるのを、目に入れても痛くない愛娘のアルバを抱きつつ寝室の窓から『探知』の魔法を使って探っていた。
「あれは、もしかしてだけど父のもとに時折やってきては家中の食べ物を食い尽くして帰っていく、<小さな妖精たち?>じゃなくて?でも数が多すぎる気が・・・。更には感じたことのない四つの属性の・・・まさか<大精霊>!?」
マリウスという<小さな妖精たち>と関わりのある存在を知るマリアだからこそ気配だけで、近づいてくる相手がわかったともいえるだろう。問題は一番大きな白銀の魔力。しかし彼女はマリウスの娘だからこそ気づいてしまったというか、その正体に心当たりがあった。
その瞬間マリアの中で何かが繋がったような感覚が広がった。
今は伝説になってしまった、<小さな妖精たち><四大精霊>といえば両親が繰り返し読み聞かせてくれた絵本!
「お行儀のよいドラゴン・・・?」
『大魔女アルバとお行儀のよいドラゴン』は、父親の師匠である夜明けの大魔女アルバと呼ばれた魔法士と彼女が育てる仔竜の坊が繰り広げる旅のお話だ。すでに大陸中の子供が1回はどこかで読んだり聞いたりする絵本だったりする。
しかも信じられないことに実話だと、父をはじめとする七賢人たちはマリア達双子に教えてくれた。
「アレックスに伝えなくちゃ!!!」
寝室から飛び出そうとして、赤子のアルバを抱えたままマリアはふと気づいた。魔法は万能ではない。伝える方法が問題だ。
辺境伯の屋敷である館の中には国内なら距離が離れていても話したい相手と会話ができる魔道具が万が一の事態に備えて設置されている。問題はセヴェルの町のどこにアレックスがいるかだ。
騎士団や自警団の詰め所には魔道具があるが、果たして間に合うのか!?
焦るマリアの前で、その瞬間は訪れる。
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パキパキ・・・。
結界装置が壊れる音がした。
続いて、ガラスが割れるような破裂音が領主の館まで届く。
セヴェルの町を魔物から守る結界が破られたことは、すぐに分かった。そして、破った正体にも。
館の中で悲鳴が上がっているのを聞きながら、マリアは寝室の窓に再び駆け寄り上空を見上げた。
全身があまりの魔力の強さに震えるが、マリアは予想通り・・・いや予想以上の光景に言葉を失った。
そしてわずかな時間だが現実逃避した。
絵本では仔竜・・・幼いドラゴンの姿で描かれていたが、もはやあれを見て坊とは呼べない。
マリアにしてみれば両親と家族との美しい思い出が壊された気分である。小さな妖精たちの尋常でない数は何なの!?四大精霊だって絵本の方が断然可愛いわ!などなど・・・。
しかし、さすがに坊は「お行儀のよいドラゴン」だった。
確かに絵本に描かれていた通りに、マリアが呆然と現実逃避している間に上空で「お座りポーズ」をとったのである。
「あれ・・・?」
まさかと思うけど、このポーズって???
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《「「初めまして、こんにちは~!」」》
立派に成長を遂げたドラゴンの坊とその仲間たちによるご挨拶は、セヴェルの町中に大音量で木霊して響き渡る。アルバを抱いていなければ、思わず耳を塞いでしまったことだろう。
そして当然のごとく、この異常事態の中で静かな眠りを貪っていた赤子のアルバによるギャン泣きが始まった。
結界が破られた状態でも微動だにせず眠っていた我が子であるが、ここまでの大音量でご挨拶されれば起きるらしい。
基本的に生まれたばかりのアルバはなぜか泣く回数が少なかった。夜泣きも思ったよりは酷くなく手のかからない大人しい赤子であった。
それがアルバの誕生日に現れたという彩雲のせいなのか、はたまた自分が名付けたアルバという大魔女の名前故なのか区別はつかなかったが、今は現実にギャン泣きしていた。
新米ママであるマリアは必死になってアルバをあやすが、一向に泣き止む気配はない。
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それが自分の平穏な日々を終わらせた小さな大魔女アルバの嘆きのギャン泣きだとは思いもせずに、必死になって泣き止ませようとするマリアであった。
「坊のバカ~~~!!!」
(なんで気づいたの~~~!!!)
阿鼻叫喚に陥っているセヴェルの町と対照的に、領主の館では別の意味で途方に暮れながら親子そろって叫ぶ姿があったのだった。