お行儀のよいドラゴンとその仲間たちはご挨拶する
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(アルバのもとへ急げ~!)
【桃源郷】と外界を行き来する小さな妖精たちに文字通り叩き起こされたドラゴンの坊と四大精霊とも呼ばれし精霊たちは、アルバの魂が再び地上に戻ってきたことを知り猛スピードで白嶽山脈からノルドへと大移動していた。
約百数十年ぶりに外界へとやってきたわけだが、まだ完全には起きたばかりで理解が追いつかないのが現状だ。
アルバは口にこそ出さなかったが死にたがっていた。ただ単純に七人の弟子や坊たちのことを思うと、彼らが成長するまでは意地でも逝けなかっただけである。500年以上も生き続けたアルバが普通に人としての最期を迎えられたことに安堵していたことを坊たちは知っている。それを普通と呼ぶのかは謎であったが・・・。
魔族たちとの激しい戦いの中で最強にして最凶とまで呼ばれ続けた大魔女アルバ。彼女の人生は常に親しいものたちを見送り続けるものだったのだ。いつも彼女だけが独り取り残される。残されたものは、孤独という名の業のみ。いつしか別れ歌を好んだわけでもないのに口ずさむことが増えていた。
「ようやく静かに眠れる」
そう最後に言っていたのではないのか?
その静かな眠りを破って、再び現世へと甦ったのは何故なのか・・・。謎は尽きない。
赤子の状態では身を守る術など無きに等しかろう。小さな妖精たちは無事に生まれたと言っていたが、果たして本当に無事なのか?雪解けとはいえない春先の陽気は決して暖かいとは言い難い。
(寒さに凍えていないか?今度こそ平凡な普通の人生とやらを過ごせるのか?)
小さな妖精たちの言葉を疑うわけではないが、アルバのことを育ての親として慕い続けた坊からしてみればアルバの転生は晴天の霹靂と言ってもよいほどの衝撃的な出来事であった。まさに事件である。
(どうか無事でありますように・・・)
坊たちは夜明け前の空をノルドに向かって高速で飛翔しながら、強く願った。
まさか、自分たちの来訪がアルバの望む平穏な日々を打ち砕く大事件となるとは誰も思いもしなかったのである。
※※※
ピキピキ・・・。
パリーン!!!!
ドーム状にセヴェルの町を守る結界装置が壊れる音と、続く破裂音。
「何だ、アレは・・・?」呆然と呟く町の人々の声がさざめきのように広がっていくのは、ほぼ同時であった。
異常事態を感知して、夜明け前にセヴェルの町の結界装置など強化し巡回しながら魔物の襲撃に備えていたアレックスと騎士一行。
セヴェルの町に魔晶石を求めてやってきていた冒険者や自警団にも声をかけ、魔物討伐の準備が着々と進む中、アレックスは楽勝とは言い難いが今度も無事討伐に成功するだろうと、また必ず町の人々を守って見せると自ら指揮を執り強い意気込みを見せていた。
だが蓋を開けてみればどうだろうか?
気が付けば魔物どころか誰もが思いもよらぬ『伝説上の生き物たち』がセヴェルの町の上空を覆いつくしていた。
とてもにわかには信じられない異常事態中の特大の異常事態が降ってわいて出現していたのである。
身体中を駆け巡る戦慄。本能的に逃げなければ!という気持ちが湧き上がるが、アレックスはセヴェルをはじめとするノルドを守る辺境伯であり、部下や領民を捨てて逃げるという選択肢はなかった。しかしまた到底敵う相手でもないことは一目瞭然だった。
そもそも夜明けの空に無数に輝く小さな妖精たちだけではないのだ。
宙に浮かんでいる赤い巨大なトカゲの姿を持つ炎の大精霊。
セヴェルの町上空を悠々と泳ぐ青色の魚は水の大精霊だろうか?
そして白い巨大鳥の風を司る大精霊。
さらには重力を無視して地上を見下ろす亀のような姿の大地の大精霊がいるではないか・・・。
極めつけは、夜明けの光に白銀の鱗を輝かせて紅い瞳で上空からセヴェルの町を圧倒する小山のようなドラゴンの存在である。その貫禄たるや暁の国屈指の猛者と名高いアレックスでさえ腰を抜かしそうになるほどである。
セヴェルの町の所々から人々の悲鳴が上がり始める。
アレックスは心の中で呟く。
(ノルドは終わった…)
アレックスに限らず絵本や童話の中に出てくる伝説上の生き物たちが、突然、目の前に出現すれば戦意喪失するのも無理からぬことといえるだろう。むしろ精霊の姿から彼らが大精霊と気づいたアレックスが特別なのだ。
ドラゴンは別名<災厄の獣>とも呼ばれ一夜をかけずに国を滅ぼすことも可能なSSS級の危険生物だ。伝説になって久しいが、かつては白嶽山脈にもその存在が確認されているため、元々はノルドの地はドラゴンの縄張りの中にあったと考えられている。
いつしかドラゴンが姿を消したため、人間が白嶽山脈の中にある鉱山に目を付けて移住するようになり、辺境の地をノルドと名付けて今の町々と領土が出来上がったのである。
(長い歳月を生きるドラゴンが久方ぶりに自らの縄張りに戻ってきたとしたら・・・。)
アレックスは突然の異常事態にも拘わらず努めて冷静に思考を巡らせる。だが自分たちの命が風前の灯である事実は変わらない。
いや、まさか変わらないと思っていたのが正しい。
それだけ、ドラゴンの口から発せられた次の言葉が衝撃的だった。
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「坊、お利口さんね。お行儀よくお座りするのよ。そして元気よく初めましての人にはご挨拶しましょう。ほら、こんにちは~!ってね。坊は可愛いから、みんな笑顔になるに決まっているわ!」
記憶の中のアルバはよく挨拶の大切さを語っていた。
身体が成長して大きくなったとしても根本的な思考は昔のままの坊である。
(まずはご挨拶、ご挨拶!っと。あぁ、お行儀よくお座りしなくちゃな。でもどこに降りていこう?)
(この町にアルバがいると聞いたから、みんなで町まで突進したら何かに当たって壊れる音がしたよ。何だったんだろう?でも僕は可愛いからご挨拶すれば、きっとみんな笑ってくれるよね?)
いつまで経っても仔竜の時のままの感覚で、坊は精霊や小さな妖精たちに呼びかける。
(みんな、ご挨拶するよ~!)
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「はい、いち、にい、さん!」
《 「「初めまして、こんにちは~!」」 》
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地上に降りるのを諦めて、まさかの上空で器用にお座りポーズをとりつつ、元気に人間の言葉で一斉に挨拶したドラゴンとその仲間たちは、その日一番の衝撃をアレックスはじめとするセヴェルの人々に与えたのであった。
ちなみに夜明け前に「こんにちは」は大いなる間違いである。盛大に間違えても「ボク、可愛いでしょう?」というキラキラした瞳でなおかつお座りポーズの坊たちは細かいことは気にしない。
そのご挨拶はセヴェル全体に響き渡り、領主の館で眠っていた赤子のアルバがギャン泣きしたことは言うまでもない。