最終章 オレの宝
どれくらい彷徨っていただろう。オレは身も心も疲れ果てていた。おまけに空腹もピークを達している。ここ2~3日ろくなものを食べていない。オレは弱った触覚をどうにか持ち上げて、再び夜の街を歩き始めた。
暗闇を闇雲に歩いていたら、いつの間にか建物らしきところへ入っていた。「食い物~」とにかく食い物が欲しかった。オレの目は空腹で血走り、まるでゴキブリゾンビだ。いくら悲しくてもお腹はすいてしまう。食べ物を求めてヤケクソになって暗闇を走り回る。しばらく行くと前方に赤い屋根の不思議な家を発見した。どうやら紙で出来ているようだ。何やら楽しげな絵が描かれている。中からはご馳走の匂いがプンプンしていた。
「腹が減ってはゴキブリできぬ」
とにかく空腹を満たそうと赤い屋根の家に入ろうとしたが、「…ん?待てよ?」ぼんやりとした前世の記憶がオレを引き留める。ここは慎重に観察することとする。この家のなにやら怪しげな雰囲気…入ってくださいと言わんばかりの開かれたドア。いやっ!よく見るとドアさえないし。イヤイヤイヤ、これはこれは、あはははは…危険だぞ!
「ふん、誰がホイホイ入るもんか!」
そう思った矢先の出来事だった。
「キャーっ!」
この世の終わりかと思う叫び声が轟いた。と同時に薄暗い空間に光がさす。
「え?何?何?何が起こった?」
オレはびっくりして右に左に動き回った。
「動いた!動いた!動いた!」
「え!俺のこと?」
振り向くとそこに人間の足があった。どうやら女性のようだ。いくらなんでもフリフリしすぎだろと突っ込みを入れたくなるような服を着ている。
「やだー!何なの?何なの?何なの?」
「ゴキブリなの、ゴキブリなの、ゴキブリなの〜」
フリフリちゃんの問いに丁寧に答えながらオレはジャズスウィングして見せた。
「いっや~」
完璧な嫌われっぷりだ。
「ちっ、なんだよ、うるせー」
もう一人いたようだ。瞬時に身構える。
「助けてしんちゃん、助けてしんちゃん!GだよG!」
え?G?Gって何?
「またかよ~。」
しんちゃんは明らかに面倒くさそうだ。あ、Gってオレの事だろうか・・?オレにはゴキブリっていうこれ以上にないふさわしい名前があるのだけれど・・・名前を呼ぶのも嫌だってか?確かにね、ゴキブリはないよね、ゴキブリは。いくらなんでもひどすぎる名前だよね。せめてもうちょっと・・ゴキプリとか?ゴキモンとか?ソフトなタッチにしてくれればな~。こんな緊急時に限ってどうでもいいことを考えてしまう。
「だいたい、お前がさ掃除しないからいけないんだろ。」
「だって~」
そうなの!しんちゃんいいこと言うわ~。きれいなところへは行かないようにしてるんだよ!絶対!うっかりしんちゃんに拍手してしまった。何やってんだオレ・・。
「ほら早く、あれ持って来いよ。」
「あれ?あれって何?」
そうだよ!あれって何?フリフリちゃんと同じポーズで聞いてみる。
「あれって言ったら決まってるだろ!シューってやるスプレーだよ!早くしろ!」
「ああ!わかったあ~。」
シューってまさかあれか、白い世界になるやつか。弱った体にそんなん浴びたらひとたまりもない。オレは瞬時に逃走モードに切り替えた。ご馳走の匂いはプンプンしていたが食事をしている余裕はなかった。
「ちっ逃げたぞ!早くしろよ!」
「ハイ、これ。」
そう、それ!オレの脳裏に数日前の悪夢がよみがえる。やばいぞ逃げなきゃいけないともつれる足を懸命に動かしたが疲労でなかなか動けない。オレは物陰に隠れたが、すぐに見つかってしまった。
「いた!しんちゃんこっち!」
必ずやオレを捕まえる決意をしたのかフリフリちゃんのどんぐり眼が三角になっていた。しんちゃんはハンターの顔つきだ。
「ちっ!すばしっこい野郎だ。」
しんちゃんはスプレー片手にすごい形相で追いかけてきた。
ここでやられる訳にはいかないと、オレも負けないくらいの必死の形相で逃げたが、空腹と疲労は限界レベルを達していた。このまま逃げ続けることは不可能だ。そう思ったオレは戦闘態勢に切り替えた。
「なんだこいつ?」
オレがくるりと向きを変えるとしんちゃんは一瞬ひるんだようだ。
その一瞬をついて、オレはしんちゃんの顔めがけて攻撃した。
「ぎゃあ!」
目くらまし作戦成功だ。今のところ成功率100%。突然の攻撃に驚いたしんちゃんはぎゃあぎゃあ言いながら顔を手で拭っている。
「こいつ!何すんだよ!」
しんちゃんは鬼のような形相でオレめがけてスプレーを吹き付けた。
「やばい!」と思ったが、スプレーはオレの目の前でプスーッとやる気のない音を立てただけだった。
「入ってねーじゃねーか!」
しんちゃんは怒りに顔を真っ赤にさせながら、役立たずのスプレーをシャカシャカ何度も振っている。
オレは愉快でたまらなかった。勝利のラッパが高らかに頭の中で鳴っていた。見事な作戦勝ちだった。
「わははは!ゴキブリなめんじゃねーぜ!ブイ!」
オレは調子に乗ってヴィクトリーダンスを踊ってやった。
その時だった。突然、オレは全身に鋭い衝撃を受けた。
「ひいい!」
俺の体はいきなり四駆からシャコタンへと変貌をとげた。見るとしんちゃんの敵とったるとフリフリちゃんが丸めた新聞紙を片手に立っていた。
「お、女って怖い。」
オレは「どうかもうオレに構わないでください」と祈るような気持ちで、力いっぱい走った。平たくなった体のおかげで、どうにか壁と床の隙間にゴールすることが出来た。暗闇の中に身をひそめる。そうやってしばらく息を殺しながら様子をうかがっていた。あたりはシーンと静まり返る。どうやらゴキブリ退治はあきらめたようだ。
暗闇の中、厚さ3ミリの体を動かしながら、ヨロヨロと前進する。
「くそっ、くそっ、くそー!!なにくそ、なにくそ、なにくそー」
オレは腹の底から叫んだ。
自分の体が動いているのが不思議だった。
こんな状態でもまだ生きている、、しぶと過ぎるだろ、、オレ。
突如笑いがこみあげてくる
「そうか。」
___オレはゴキブリ。ぺしゃんこになっても生きていく。




