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輪廻転々・  作者: ポメ
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第2章 どん底

 それから、どこをどう彷徨ったのか、どのくらい彷徨ったのか、よく覚えていない。気がついたらこの暗闇の中にいた。

 なぜ、オレはゴキブリになんて生まれ変わってしまったのだろう…。

 人間だった頃、オレはゴキブリが大嫌いだった。当たり前だ、ゴキブリが好きな人間なんていない。オレは思う。なんで?なんでみんなゴキブリを嫌うのだ?確かにね、確かにきたないさ。糞とか死骸とか雑菌食べて生きてるさ。でもね、でも別にそんなに悪いことしてないじゃないか!人間に迷惑がかからないよう暗くなってからコソコソ行動しているし、それに、きれいに掃除しているところには絶対行かないようにしている。そうだよ!いわば俺たちは人間に教えてあげてるんだ。

「あなたのおうちそろそろ、きたないですよ。掃除しないとやばいですよ。」

と命をかけて注意しに行ってるんだぞ。きれい推進委員会の会長を名乗ってもいいくらいだ。それなのに…。

 いくらゴキブリの肩を持ってみたところでむなしいだけだった…。せめて…せめてふな虫ならよかった。アブラムシでもいい、ゴキブリだけは…ゴキブリだけは避けたかった。


 気分はどん底だったが、オレのゴキブリ根性が、オレに空腹を告げていた。ヨロヨロした足取りで薄暗い中を歩き回る。とにかく、何か食い物か欲しい。自慢の触覚を頼りに餌を探し求めていると、暗闇の中ふいに呼び止められた。

「おい!お前!」

「え?」と振り向くとそこにはオレがいた・・。いや間違えた、オレと同じゴキブリがいた。やたらと長い触角、やたらと細い脚。体はテラッとしてて、安物の革靴みたいなツヤ感を出している。申し訳ないけど存在が果てしなく下品だ。カブトムシのような重厚感と品の良さがそいつには無かった。初めて自分自身を目の当たりに見ているようで、奴との出会いはオレのどん底に拍車をかけた。

「何をしてるんだ?」

とオレじゃなかった、そのゴキブリに聞かれ

「何って、食べ物を探しているんだよ。」

とオレは拗ねた女子みたいにぶっきらぼうに答えた。

「なんで一人なんだ?集団で行動しないとダメじゃないか。」

とオレと同じ顔のそいつが言った。

 集団?よく見ると、薄暗い中、ゴキブリの大群がひしめき合っていた。所狭しとワサワサ波打つように動いている。世界一おぞましい風景を見てしまったようでオレは、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。

「どうだい?一人だったら仲間に加わらないか?」

奴がとびきり素敵な提案だと言わんばかりの顔で誘ってくる。やめてほしい。

「いや、やめておくよ。」

とにかくその場から去りたかったオレの笑顔は歪んでいただろう。ゴキブリに笑顔なんてないに違いなかった。

「なんでだい?集団でいれば食べ物の心配もいらないぜ?」

 奴の前世はおそらくおせっかいおばさんだろう。しつこく迫ってくる。確かに食べ物の心配はいらないのかもしれない。一人でウロウロして危険な目に合うのも避けられるかもしれない。でもあの集団に加わってしまったら最後、オレはもうオレでいられなくなる。右も左も同じ集団の中でだんだん訳が分からなくなり、面倒くさくて考えなくなり、どこにいるのか何を食べているのかもわからなくなり、そして自分自身を見失い集団に飲み込まれていく・・・。オレは恐ろしかった。まだオレはゴキブリである自分を受け入れることが出来ずにいた。

「申し訳ないけど、昔から集団は苦手なんだ。ごめんね!」

お願い許して作戦に切り替えてみたが失敗したようだ。

「オレの誘いを断るっていうのか?」

 ゴキブリ隊長さんは急に不機嫌になったように、冷たい視線をむけてきた。いるんだよね・・こうゆう断ると急に怒るタイプ・・自分の物差しでしか物事を図れないんだ。世の中、いろんな奴がいるんだよ。みんなお前と同じような考えで生きているわけじゃないんだ。誰もがお前の素敵な提案を受け入れる訳じゃないんだよ・・そこんとこわかってほしい。自由な選択肢を受け入れてこそ楽しい仲間になれるんだぜ?オレは心の中で必死に訴えていたが、奴の形相がみるみる怒りに満ちていくのを止めることは出来なかった。

「ゴキ!ブッチ!」

 妙な号令がかけられると同時にゴキ集団が一斉にオレにめがけて走ってくる。ひ~っ!やめてくれっち~オレはこれ以上にない機敏さで身をひるがえすと、猛スピードで走りだした。とにかくここがどこだかわからない。床と壁だらけだ。オレは暗闇の中をただ必死に逃げ回った。ゴキ集団はサワサワと妙な音と共についてくる。暗闇なのか床なのかゴキブリなのか、もう訳が分からない。とにかくゴキ集団に飲み込まれる事だけは嫌だった。オレは力を振り絞り右へ左でフルエンジンで逃げ回った。だがゴキ集団もぴったりとくっついてくる。しばらく逃走劇を続けたが、オレの必殺八の字走行は限界に近づいていた。ゴキ集団のザワザワ動く群れに飲み込まれそうになる。このままオレはゴキブリにまみれて死んでいくのか・・。

「そんなのはいやじゃー!おかあちゃーん!」

無我夢中で走っていたらふっと冷たい風を感じた。見ると上の方に小さな小窓が開いている。そこから月のささやかな光が漏れているのが見えた。


 このチャンスを逃すまいとオレは瞬時に離陸した。体は疲れていたが、オレの飛行テクニックは健在だった。だが、ゴキ集団も不気味な唸り声のような音を立てて一斉に舞い上がる。オレは得意の宙返りで敵の追跡をかわすと月をめがけて小窓すれすれのところで空へ脱出した。オレは半数以上のゴキブリを壁に打ち付けてやったが、それでもまだ大群が追いかけてきた。全くしつこい。群れギリギリのところを右へ左へすり抜けるようにして飛行する。オレは広い夜空に波打つゴキブリの群れを引き連れて縦横無尽に飛んでいた。まるで悪夢だ。ゴキブリの海でゴキブリの波に乗ってゴキブリがサーフィンしていた。お食事中じゃなくてもご遠慮したい光景だ。


 一晩かけて、ようやく最後の一匹の追跡を免れたオレは、へとへとになって木の上に落下した。もうすぐ夜明けだ。ふわふわの葉っぱのベッドに疲れた体を横たえる。もう1ミリたりとも体を動かす余裕はなかった。どんな意志を持ってしても全く動かない。揺れる葉っぱに身を委ねながら少しずつ呼吸を整える。風が心地よかった。体はギシギシだったがゴキ集団から逃げ切った充実感でオレの心は満ちていた。

 

 このままひと眠りしようと目を閉じていたが、妙な音が聞こえてくる。何かが動くような音だ。初めは小さな音だったが、だんだん大きくなってきた。ふと空を見ると、何やら小さなもじゃもじゃとしたものが見える。どうやらそいつが音の主のようだ。そいつはシャカシャカと動きながらだんだんと大きくなりオレの目前に迫ってきた。

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