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3.初対面


「ほう? 四歳とはいえさすが王女。しっかりしているものだな」


 玉座の間。上座から見下ろすバルリング帝国皇帝陛下は、銀髪の上に立派な王冠を載せており、冷たい水色の瞳で私を射抜いている。

 隣には、皇后陛下が座って同じようにこちらを見下ろしていた。豊かなプラチナブロンドに翠色の瞳、鼻筋の通った整った顔立ちで、迫力のある美人だ。

 

 エンゾの身分では、玉座の間へ入るのを許されない。

 私は独り、ふたりの様子を上目遣いにチラチラ見ながら、カーテシーの姿勢を崩さず次の言葉を待った。


「……なおれ」


 皇帝陛下の右腕側に立っていた男性が言うのに従い、私は頭を起こしまっすぐに正面を見据える。冷たい目で見下ろすその男性は、皇帝陛下と同じ銀髪に水色の瞳で、頭の上には銀色のサークレットを乗せていた。

 彼が皇太子殿下に間違いないだろう。確か今年二十歳になったはずだ。

 きゅっと唇を噛み締めると、皇帝陛下がその男性を横目で見ながら口を開いた。

 

「リアーヌ王女、遠路はるばるよく来た。これがそなたの婚約者となる皇太子だ」


 陛下に促された男性が、一歩前へ出て私と目を合わせた。

 

「フォルクハルト・バルリングである」

「リアーヌ・シュヴランにごじゃ()います」

 

 膝を軽く折り曲げ彼に礼をすると、手を胸に当て軽く腰を折る礼を返された。少なくともぞんざいな扱いをする気はないらしいことに、内心安堵する。王女とはいえ幼女相手ならと、無視も覚悟していた。

 

「……陛下。幼女に長旅は酷だったはず。体調を崩して死んでしまっては元も子もない。すぐに下がらせますがよろしいか」

「よい。あとは任せる」

「は」

「リアーヌ、我が国のようにくつろぐがよい」

「ありがたくじょ()んじます」

 

 言い方ぁ! と思わなくもないが、その心遣いは嬉しい。

 私は、名を名乗っただけで玉座の間を後にした。


 廊下に出ると、侍従のエンゾが心配そうに待ってくれていた。目尻の下がった細い目を見て、ホッと息を吐く。

 驚くことに、フォルクハルト殿下自らの先導で、私の部屋まで案内してくれるらしい。赤絨毯の上をてくてくと歩いていると、殿下がふと立ち止まった。

 

 何事かと首を傾げる私の目に、彼の手が宙に泳いだのが見えた。ちょうど目線の高さに彼の手首があるので、少しの動きにも気づく。

 

(もしかして?)


「でんか。えすこーと、していただけるのですか」

「っ。ああ」


 恐る恐る差し出された指先にそっと手を乗せてみると、ものすごく眉間にしわを寄せた顔で呟かれた。


「小さい」


 こちらとしては、何を当たり前のことを、だ。

 

よんしゃい(四歳)ですもの」

「そ、だな。ここからだいぶ歩くが、大丈夫だろうか」


 体力に自信はあるが、この歩幅では実際の距離以上に歩かねばならないだろう。

 

「じじゅうにはこばれるのを、おゆるしいただけますか」

「侍従に運ばれる?」


 首をひねるフォルクハルト殿下には、見ていただいた方が早いだろう。

 

「エン」

「は」

「だきあげて」

「はっ」


 殿下の手をいったん離し、私は思い切り両腕を上にあげる格好をする。するとエンゾは慣れた手つきで脇の下に手を添え正面から抱き上げた。それから彼の左腕の上に腰を下ろすようにして、前を向く。エンゾの右手を開けておくのは、不測の事態には抜剣できるようにとの配慮からだ。

 この姿勢でエンゾが走りながら戦う、など想像したくもないが。

 

 フォルクハルト殿下は、先程エスコートに左手を差し出した。つまり彼の利き手も右だろう。これでは手を繋げないなと躊躇(ためら)っていたら、エンゾが私を右腕に持ち替えた。


「エン?」

 今はだいじょぶや、とエンゾに耳元で囁かれ軽く頷いた私は、右手を殿下へ差し出した。

「でんか。うえからしつれいいたします」

「……? ああ」

 

 目線が高くなったので、水色の目を真正面から見ることができた。澄んだ泉のようなアクアマリンに、思わず見惚(みと)れる。


「まあ、きれい」

(あっ! わたくしったら……えっと幼女らしくしないと)

「綺麗?」

「あの……でんかの、……おめめ」


 んごっふ、とエンゾが吹いたので、左手で首の皮を割と強くつねっておく(ヒドッって言うけど、自業自得よね)。

 ところが殿下にはふいっと(きびす)を返されてしまった。

 

「離宮へ案内する。そのままついてこい」

 

 当然殿下に私の手は受け取ってもらえず、スタスタ歩いていかれてしまったのを見ながら、宙に浮いていた手で仕方なくエンゾの襟を掴む。

 

「ごきげん、そこねちゃったかしら」


 エンゾは私をひょいと左腕に持ち替えて、踏み出しながらまた囁いた。


「照れたんとちゃうかな?」

「ましゃ()か」


 石造りの立派な装飾や壁に掛けられた絵や美術品、大きな窓を眺めながら、玉座の間から離宮への道を覚えようとキョロキョロしている間――エンゾの口角は一向に下がらない。

 

「……なんかおもしろがってない? でんかのじょうほう、だしおしみしてないでしょうね?」

「四歳が、出し惜しみなんて言ったらあかんですって」

「ごまかしたでしょ!」


 ぷうと頬を膨らませていたら、フォルクハルト殿下がちょうどこちらを振り返っていた。


「ごほん。着いたぞ」

「っはい」


 エンゾが床に下ろしてくれたので、ドレスの裾を整え殿下の隣に立つ。


「ここが、リアーヌの部屋だ」


 改めて呼ばれると、なんだか悲しい。ユリアーナはもういないのだ、と実感してしまった。

 

「……でんか」

「なんだ」

「リア、とよんでほしいです」

「……リア。ならば私のことはハルと」

「はい。ハルさま」

「……ごほ、ごほ。うん」


 フォルクハルトは言いづらいので、助かった。

 

「足りないものがあれば、部屋付きメイドに言え」

「ありがたくじょ()んじます」

 

 せっかく渾身のカーテシーを披露したのに、また顔を合わせず、すたすた立ち去ってしまった。

 

「えぇ~……つめたしゅ()ぎない?」


 呆然と廊下を遠ざかる背中を目で追っていたら、部屋の中で待っていたメイドが、深々と頭を下げた。

 

「殿下、挨拶をお許しになりますか」


 エンゾが促したので頷くと、二十代半ばぐらいの赤髪で、そばかすの目立つメイドが顔を上げた。

 

「リアーヌ王女殿下。部屋付きメイドのマゴットでございます」

「マゴット」

「はい!」

「わたくしは、ていこくのことにくわしくない」

「はいっ」

「いろいろ、おしえてね」

「喜んで!」


 居酒屋か、と独り言を発したエンゾが、おほんと背を伸ばして朗々と言い出した。

 

「マゴット・バシュレ子爵令嬢。十五年前に帝国に併合された森の王国の貴族出身で、帝国中央権力からは遠い。皇城配属は二年前で、教育は十分。良い人選でしょう」


 マゴットは、茶色の目をパシパシと瞬かせ感嘆の息を発した。

 

「ひええええ! すごっ」

「……訂正。品格に問題あるかもです」

「うぐ。すみません。落ちこぼれメイドですう」


 四歳とはいえ、隣国王女しかも皇太子の婚約者につけるには、確かに力量不足かもしれないが、今の私にはちょうどよかった。

 悪意が感じられない。最も重要視しているその点は、大丈夫そうだからだ。

 

「わたくしのことは、リアと」

「ひいっ! 恐れ多いでございます」

「いいの。はやくなれたいから」

「では、リアさま。お疲れでしょう! こちらでおくつろぎください!」

「ありがと」


 整えられた部屋は、幼女向けなのだろう。白やピンクのフリフリデコレーションが中心のファブリックや、背の低いチェストに華やかな花瓶が目についた。

 正直趣味ではないので、徐々に変えようと思うが、これを用意してくれた配慮には感謝である。


「もっと、れいぐうされるかと」

「冷遇! 難しい言葉をご存じなのですねっ」


 マゴットにキラキラとした目を向けられては、大変居心地が悪い。

 微妙な顔をしていたら、勝手に話し始めた。


「フォルクハルト殿下は非常に優秀なお方で、婚約者候補のお嬢様方皆さまご辞退されてしまったのです。リアさまがいらっしゃって、大層お喜びではと思います!」

 

 ――そりゃあれだけ無愛想で怖そうだったら、いくら皇太子とはいえ辞退するかも~と考えていたらエンゾがずばっと言った。


「国を併合された割に、帝国のことは恨んでないの不思議だな」


 ひやひやして見ていると、マゴットはけろりと笑う。

 

「あ~だって我が国、潰れかけてましたから。帝国の庇護、助かってます」

(えっ!?)

 

 意外な評価だ。苛烈な皇帝が強引に国を併合していたのではなかったのか。


「見た目はあの通り怖いですけどね。皇帝陛下、強くて仕事できるー! て感じです。我が国を腐敗させていた一族全部倒してくれちゃって。感謝です!」

「……そう」


(聞いてた話と、だいぶ違うような!?)

 

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