【コミカライズ決定記念SS】間諜の心得 〜エンゾさんの推し活法〜
皆様にたくさん応援いただきましたおかげで、『見た目幼女』のコミカライズが決定いたしました!!
レーベルは、フロースコミック様です。作画担当の漫画家様や連載時期などは、続報をお待ちいただけたらと。
(企画中、ではなく決定です)
本当にありがとうございます!!
原作者として監修に携わっておりますが、エンゾの解像度がものすごくてびっくりしております……!笑
こちらのSSは本編後に少し触れております。書籍で言いますと、三話と四話の間くらい。
引き続き『見た目幼女』をよろしくお願いいたします。
バルリング帝国。
真夜中に、皇帝の寝所である離宮の廊下を、かろやかなステップで歩いていく侍従が一人いる――。
後頭部で一括りした長い髪の毛の先が、ゆらゆらと動いている。
大きなアクションの割に、足音は全くしない。
上がった口角は、人の警戒心を緩ませるような、親しみやすさを感じさせる。
開いているかいないか判然としない細い目は、どこを見ているのか、見ていないのか。
すると。
侍従はぴたりと足を止め、ゆっくりとこちらを振り返った。
「なんやねん、自分。さっきからジロジロと。ワイになんか用かいな?」
やはり気配を悟られていたか、と足を止めてから深く深呼吸をする。
「ん〜? なんや、だんまりかいな?」
「いえ。あの、その……」
バルリング帝国皇太子、フォルクハルト・バルリング殿下直轄部隊の者です、と名乗って良いものか。
新人の自分には判断ができない。ただ上司に「探って来い」と言われただけだから。
「その様子じゃ、新人の間諜やな? 音はせえへんかったけど、緊張感がダダ漏れやで」
「うぐ」
上司に怒られる。
最初に思ったのは、それだった。
「もっかい聞くで。ワイになんの用や?」
だが、侍従から漏れ出る殺気で、上司の説教の方がはるかにマシだと思ってしまった。
これほどまでに邪悪な怖さを、今までに感じたことがない。
「っ、探って、来い、と」
緊張でカラカラに乾いた喉では、うまく喋れない。
「それだけかいな?」
コクコクと強く頷いて肯定した。
「ふむ。嘘つけるほど余裕はなさそうやし。信じたろ」
「え」
「あんさんみたいな、お尻に卵の殻がついたまんまの新人を現場に出すってなあ。ろくな上司じゃあらへんし。昔のワイみたいで、同情してもーた」
「あの」
「まあ、ここは話し声も響く。お外出よか」
また軽やかなステップをし始める侍従に、動揺しつつもついていくしかできなかった。
◆
離宮の中庭にあるガゼボのさらに奥。
庭園を手入れするための道具や種、苗などが保管されている小屋の前で、侍従は足を止めた。
庭師が普段休憩に使っているであろう、古い木の椅子を指し示す。もちろん今は深夜だから、人の気配は全くない。
小屋の壁に突き出しているランプに火を入れると、ぼうっと二人のシルエットが闇に浮かび上がった。
「まあ、座り」
座るという動作から次の行動を起こすためには、直立の姿勢からよりも時間がかかる。
自分の実力をある程度評価し、保険を打たれている――と思うと同時に、警戒心を抱かせずそのようなことをするりと行う手腕に、内心舌を巻いていたら肩を竦められた。
「なんもせえへんて。あんさんに何かあったら、真っ先に疑われんの、ワイやし」
言葉は独特で分かりづらいが、どこか温もりを感じたので、素直に従って腰掛ける。
「ほんで、自分。どこまで知っとる?」
「えっと、ユリアーナ様の体調は大丈夫でしょうか。魔力暴走の症状が」
途端にまたギラリと殺気が放たれたので、慌てて説明を足す。
「あああその! まだちゃんとは把握されてませんっ。僕が気づいたってだけで!」
「……確かに魔力への感度は高そうやな。ほなら、こいつから報告させた方が良いかもしらんな」
侍従はブツブツと独り言を放ってから、僕を見下ろしてきた。ランプの火は灯りとしては頼りなく、表情を読むのは難しい。ゆるく弧を描く目は、笑っているようなのに凄みがある。
「で。何が知りたいん?」
しばらく考えてみるが、命令は「探って来い」だけだ。正直にそう言うと、侍従はフハッと笑う。
「素直すぎるで、自分。それはなぁ、見聞きしたことを正確にかつ、整理と取捨選択してちゃあんと実のある報告できるかっちゅう、見極めされとるんやで」
「はあ」
説明されても、よく分からなかった。
「ま、ええわ。聞きたいこと聞き。答えられるのだけ答える」
「は、はい! あの。……お名前は?」
最初に、この人の名前を知りたいと思ったから聞いたのに、笑われてしまった。
「そないに興味持ってもらえて嬉しいわあ――エンゾ、言うねん」
「エンゾさん。あの、本当に侍従ですか?」
「どういう意味や」
「だって……」
絶対に、上司よりものすごく優れた間諜に違いない、と確信していた。口には出せないが。
「やれやれ。毒気抜かれてもーた。自分、間諜なるんやったら、も少し感情の制御した方がええで。ワイは好きやけど」
エンゾさんも僕の向かいに木の椅子を持ってきて、腰掛ける。
僕はそれを見て嬉しくなってしまった。
「へへ」
◆
東都での夜会の話は、皇都まで伝わってきていた。
シュヴランの王太子とその婚約者が引き起こした毒殺未遂事件で、東都騎士団が大荒れになったからだ。
「完全に、騎士団のメンツ潰した形になってもうたからなあ」
エンゾさんが疲れた様子で大きく息を吐く。
「でも、リア様が帰国の際に『騎士たちのお陰で犠牲者が出なかった』と直接労ってくださったから、収まったと」
ところが僕がそう言うと、すぐにぴんと背を伸ばして嬉しそうな顔をした。
「さすがワイの推しやろ。貴族はふんぞり返ってなんぼやのに」
「推し?」
「周りの人間たちに『どうや、すごいやろ!』て推薦しまくりたい人のことやで」
「へええ」
「自分には、推しおらんの?」
「……僕は……」
フォルクハルト殿下です、とは畏れ多すぎて言えない。あのお方はとても強くて厳しく、公平だけれど。周りの人間たちは皆口を揃えて「恐ろしい」と言うから。
でも僕は、恐ろしいだけの人ではないと思っている。
一度だけ、殿下直轄の『間諜部隊の新人』としてお目通りをした時、緊張していたら――「辛くて厳しい仕事だが、帝国の未来のために励め」と言ってくださった。僕は、殿下のためなら命も懸けられると思っている。
「くっく。その様子じゃ、フォルクハルト殿下ってとこか。怖くあらへんの?」
「っ、みんなそう言うけど! 殿下はきっと……お優しいです」
「ほーお」
エンゾさんの口角がぐいっと上がった。またからかわれる、と思った僕は、先に言う。
「どうせ、変とか違うとか、言うんでしょう」
ところがエンゾさんは、からかうどころか僕の言葉を肯定してくれた。
「言わんよ。実際、優しいし」
「え!」
「厳しいって勘違いされるのは、とことん責任を取りはるお人やからや。いくら帝国皇太子かて、お嬢を受け入れて守り抜くっちゅうのは難しいことやのに。ほんまかなわんわ」
「……殿下に、推し? を取られて悲しくないですか」
敵わないと言うぐらいだ。きっと悲しい思いをしているに違いないと思ったけれど、即座に否定された。
「あんなあ。ワイはお嬢に幸せになってもらいたいねん。ほんでそれを一番近くで見ていたい。今はそうなりつつある。嬉しいんやで」
「そうですか……すごいですね、エンゾさん」
「めっちゃ褒めてくれるやん」
にひ、と笑うエンゾさんは、きっと本心で喜んでくれている。僕は逆に、申し訳なくなってきた。
「けど、その、疲れませんか」
「ん?」
「単独で諜報活動と、護衛と侍従を兼任されているなんて」
「あー。ワイ、ブラック環境で働くのには慣れとるしな」
「ぶらっく?」
「はは! 気にせんでええ。それよか、なんや自分、辛いんか?」
「辛い……かもしれません」
誇りは持っていると思う。汚れ仕事も、嫌なことも、殿下のためと思えばできる。けれど、皇太子直轄部隊だからか皆プライドが高く、何も教えてくれようとしない。
正直にそう言うと、エンゾさんは親身になって耳を傾けてくれた。
「もったいないの〜」
「もったいない?」
「帝国は人材豊富とはいえ、間諜の才能がある人間は少ない。せやのに命は短めや。大事にしたらなあかんのにな」
「命は、短め……でしょうか。なんか皆、あんまり危険な仕事はしてなさそうですけど」
「新人にそう思われてんねやったら、優秀は優秀やねんな」
ふむ、とエンゾさんは考え込むように両腕を組んでから、僕をじっと見つめた。
「殿下が欲しいものを、想像しい」
「殿下が、欲しいもの?」
「せやで。殿下のために、間諜になったんやろ? 殿下を脅かす害がないか。今殿下の敵を倒すためにはどんな情報が欲しいか。殿下の邪魔なやつは誰か。考えてみぃ」
「それが、エンゾさんのやり方ですか」
「物騒な推し活やろ」
エンゾさんは組んでいた腕を解くと、後頭部で手を組み、空を見上げた。
今日は天気が良いからか、星がよく見える。真っ黒なキャンバスに、キラキラと輝く星たち。こうしてゆっくりと眺めることもできていなかった、と気づく。風に少し湿り気を感じた。
「……明日は、雨かもしれませんね」
ぽろりとこぼしたら、エンゾさんは「おお」と肯定してくれた。
「やるやん。冷静に周り見れるようになった」
嬉しくて調子に乗った僕は、するりと聞きたいことを吐き出す。
「じゃあ、早速ですが教えてください。殿下をシュヴランに連れていく、真の目的を」
「ふは。いきなり核心つきよった」
ケラケラと笑う、エンゾさんの気配が消えていく。
「!?」
僕はエンゾさんがそこにいることを確かめようと、急いで椅子から立ち上がったけれど、足を動かせない。次の行動を起こすまでの一拍で、何かを仕込まれてしまった。やはり座らされたのには意図があった、と思ってももう遅い。
「エンゾさん!」
「宝石泉に関わることや。海神の宝を手に入れなあかんねん」
「海神の、宝……?」
「せやから、殿下の邪魔せんと行かしたってくれ、て部隊長に言うとってや〜」
「どういうことですか!」
気づいた時にはもう、エンゾさんの姿は消えていた。魔法を使われたことは分かるものの、姿を消す魔法だなんて、今まで見たことも聞いたこともない。
じじ、とランプの火の音が鳴る中、僕は立ち尽くす。
「……殿下のため……」
フォルクハルト殿下は、シュヴランに入国するため、国境付近の領主への通達や外務大臣への根回しに奔走している。
シュヴラン王太子を毒殺未遂の憂き目に遭わせたのは、シュヴラン王太子自身の婚約者だ。が、シュヴランからは帝国警備の不備を声高に訴えられている。フォルクハルト殿下は、「帝国として落ち度はなかった」とその主張を突っぱねつつも、シュヴランの面目を保つため、自ら王太子を送り届けることを提案した。
ところが、「帝国皇太子がわざわざ小国に出向くなど、言語道断」と妨害する輩が多く、調整は難航している。
「なら、行かせないと!」
僕は強く拳を握りしめると、離宮へと踵を返す。
――今度は、足が動いた。
お読みいただき、ありがとうございました。
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