【書籍発売記念SS】氷の皇太子は、時々怖い。
★お知らせ★
『見た目幼女な悪役令嬢は、氷の皇太子(時々可愛い)の腕の中。』
と改題して角川ビーンズ文庫様より2025/10/1発売です!
皆様の応援のお陰です。本当にありがとうございます!
ユリアーナが元に戻るのか!?も含めて、盛りだくさんの内容になりました。挿絵も素晴らしくて……表紙だけでも見ていただけたら嬉しいです。
https://beans.kadokawa.co.jp/product/322506000115.html
久しぶりの『見た目幼女』の世界を、ぜひお楽しみください!
東都にある東宮と呼ばれる、王族のために建てられた離宮。
その中の賓客用客室のうちの一つに、フォルクハルトはいた。目の前には、苦悶の表情を浮かべるシュヴラン王太子マルセルが、氷漬けのまま床に転がされている。
「うひー、恐ろしいやっちゃ」
「エンゾか」
背後からした声に振り向きもせず、フォルクハルトは両腕を組んだまま言う。
「ご苦労。早速だが――」
「はいはい。人払いしてまで、ワイに何の用です?」
「こやつの解毒をしてやれ」
「あー……」
二、三歩後ろに控えたままの婚約者の専属侍従は、鬱陶しそうな態度を隠さない。
「てことは、結構ややこしい毒てことです?」
「そうだ」
ここで隠し事をしたとて、この類稀な闇魔法使いの前では無意味だと分かっているからか、フォルクハルトはあけすけに物を言う。
「解凍と解毒を同時に行わねば、間違いなく死ぬ。俺はそれでもいいが」
「お嬢が悲しみますねえ」
「腹立たしいが、そういうことだ」
当然ユリアーナの悲しみは、マルセルの命を惜しんでのことではない。
バルリング帝国とシュヴラン王国が戦争となれば、数多の命が失われる――ユリアーナが何よりもそのことを恐れているのを、フォルクハルトは知っていた。
不本意だが、争いを起こさせないためには、マルセルを殺すわけにはいかない。
「全くもって、面倒だ」
「殺す方が楽ですて? さあすが、怜悧冷徹な氷の皇太子殿下やねえ」
「揶揄うな」
「すんません。でもぉ、揶揄いでもせんと――ワイが殺ってまいそうやもん」
冷たい声音に変わったエンゾに、フォルクハルトは、珍しく言葉を呑み込んだ。ほんの少し聞いた程度でも、ユリアーナが想像を絶する危機を乗り越えてきたことは間違いない。そしてその困難全てを討ち払ってきたのが、ここにいるエンゾという男だからだ。
「はあ。俺は貴様の思い通りでも、良いんだがな」
「そら、あきませんわあ。メインキャラを失った世界がどうなるか、読めませんからねえ」
いつの間にかマルセルを挟んでフォルクハルトと相対した、糸のような目が、緩やかな半円を描いている。
動きを読ませず、足音も立てず。相変わらず恐ろしい使い手だと、フォルクハルトのうなじを静かに冷や汗が伝うが、相手には悟らせない。
「どういう意味かは分からぬが。リアが悲しむことはしない」
「ふひひ。ワイもです。……合図くれたら、いつでも」
だが、マルセルの上から覗き込むような姿勢になったエンゾが淡々と言うので、さすがのフォルクハルトも驚いた。
「これだけの毒でも、問題ないというのか」
帝国騎士団お抱えの医師や薬師でも、強力で解毒薬が効くかどうか、と不安がっていたものである。
「消すだけなら、大したことあらへん。回復治療は、知らへんよ」
「なるほどな」
むしろ好都合だ、とフォルクハルトは姿勢を正す。魔法で瞬時に解毒し体に負担もないならば、恩を着せられない。多少マルセルを苦しめられた方が、シュヴランとの交渉はやりやすくなる。
「今めっちゃ物騒なこと考えましたやろ?」
「む」
「夜会でこいつを追い詰めようとした殿下のお顔。そらーおっそろしうて、ワイ逃げようかとおもっ」
「雑談はそこまでだ。行くぞ」
人体を骨の髄まで凍らせた、強い魔法を解く。細心の注意を払わねば、それこそ命に関わる。
フォルクハルトは、マルセルのつま先に手のひらを掲げ、ゆっくりと深呼吸を繰り返した。眉間に深い皺が刻まれ、心臓がドキドキと波打つ。耳の奥までドクドクと音が鳴るぐらいに、全身の魔力が巡るのを感じながら、空中の魔素を操るよう、強く働きかける。
じわ。じわ。
全身を白く薄い氷で覆われていたマルセルの体が、少しずつ色を取り戻していく。
「ぬあ〜。つっよい毒やったな」
気づけば、仰向けで穏やかに呼吸をし始めたマルセルの横で、エンゾは片膝を立て項垂れていた。額から汗が流れていることから、相当な魔力を使ったことが窺い知れる。
「貴様のその消耗からいっても、ただの暗殺未遂ではなさそうだな」
「ええ。そんじょそこらの解毒薬じゃ、ほんまに無理やったかもしれません。人払い、正解でしたねえ」
「やはりか……」
フォルクハルトは、イネスによる毒殺未遂を単なる嫌がらせとは思っていない。シュヴランによる自分の暗殺計画、とも思えなかった。いくら鎖国し世間に疎い宝石王国といえども、何の後ろ盾もなく帝国に牙を剥くとは考えにくい。
「エンゾ。気を緩めるな。この件、単なる貿易協定の賠償金問題などではないぞ」
「となると……お嬢の身も、危ないかもしれませんね」
「貴様の言う通り、リアが悪役として断罪必至の運命ならな」
エンゾは飛び上がるようにして立ち上がり、すぐに侍従の礼を執った。
「必ずお守りいたします」
「頼むぞ。俺は当面、徹底的にシュヴランを牽制することにする」
フォルクハルトの言葉を聞いたエンゾが、ニヤリと笑いながら顔を上げた。
「なあんか、イキイキしてません?」
「こやつには、必ず報いを受けさせるが……まずはリアを元に戻してからだと思ってな」
「ん? 今すぐじゃのうて?」
フォルクハルトは、首を傾げるエンゾに向かって、微かに口角を上げてから言い放った。
「俺とリアとで、徹底的に、だ」
「ふぎー! こわ! こっわい! 医者、呼んできまーす!」
エンゾがグネグネした後、ぴょんぴょん飛び跳ねる謎のステップで部屋を出ていくのを、フォルクハルトは目で見送りつつ、今後の段取りを脳内で組み上げる。
「やれやれ……回復した王太子を本国に送り届ける名目ならば、多少強引でも入国できる、か」
ずっと自分と一緒にいたいと願ったユリアーナの希望を叶え、破滅の運命を共に打破していく。そのためには、どんな障害も躊躇いなく排除する。
「ふ。危うくまた、凍らせるところだ」
フォルクハルトの強い想いに呼応したのか、氷の風が自身を覆っていく。感情の赴くままそれをマルセルへ向けそうになったフォルクハルトが、自重のため廊下へ出ると、焦った近衛騎士たちが駆け寄ってくる。
「で、殿下っ!」
「殿下っ、どうかお心をお鎮めください」
「……分かっているが。どうにも舐めた真似をしたあやつを許せなくてな」
恐ろしい氷の皇太子が、宝石王国を理詰めしていくのは――もう少し先のことに違いない。
お読みいただき、ありがとうございました!
こちらでも引き続き短編は出していきたいと思っております。書籍発売後は、少し先の話も出せるかなと……
引き続き応援いただけたら嬉しいです。




