受賞記念SS 黒霧と吹雪が混じったドロドロの戦い
「うぎゃあああ! ままままさかこここここ婚前交渉!? あかんあかん! 犯罪やで殿下ぁ!」
「……黙れエンゾ」
――枕元で叫んだ侍従と、それに起こされた皇太子殿下が、ベッドから少し離れた場所で相対し緊張感を高め始めた時、私はまだ寝ぼけていた。
「俺がそのような手順を守らないとでも?」
「じゃっかあしい! 同衾は、あかんやろがい!」
「……意味はわからんが、この俺にその口の利きよう。貴様の命、無くなっても良いのか?」
「はん、お嬢を守るためやったらなあ!」
ベッドに寝転んだまま目だけで見ていると、エンゾの全身からぶわりと黒霧が溢れた。
「ワイの命なんぞどうでもええねんっ」
やがて黒霧はエンゾの手前でぐるぐると渦を巻き――まるでとぐろのようだ――鞭のようにしなったかと思うと、フォルクハルト殿下へと襲いかかる。
「ならば、遠慮は無用だな」
すると殿下は、黒霧に向かって手を掲げた。手のひらから生み出された吹雪が、黒霧の蛇に絡みついていく。
黒蛇と白蛇の戦いみたいだ、綺麗……などとぼんやり思ってから、私はガバッと起き上がった。うっとり見ている場合ではなかった。一大事だ。
「なにしてるの!」
ところが男二人は頭に血が上っているのか、お互いから目を離さず魔法もやめる気配がない。
空中で絡み合う魔力は不穏な風となって、ガタガタと家具を揺らし天蓋カーテンをはためかせ、二人の衣服も前髪も巻き上げている。
このままでは、被害が出る。
調度品だけならまだしも、侍従が皇太子に怪我を負わせたとなったら、極刑も免れない。
私はベッドの上に立ち上がり、大きく息を吸った。
「やめなさい!」
渾身の力で叫んでみるが、ごうごうと唸る魔法の音で、二人の耳に私の声は届かないようだ。四歳児の声量では足りなかったらしい。
(どうしよう……あ)
エンゾが時の水晶玉を使う前、私は火魔法を放っている。
魔法理論では、体内に流れる魔力に、エレメントと呼ばれる大気に漂う自然の素を練り込んで放つ。自然の素は水火土風の四属性あり、フォルクハルト殿下は水のエレメントを使うことに長けている。一方エンゾの闇魔法は、この理論上存在しないというのが、殿下の説明だ。
空中を暴れ回る黒霧と吹雪に向かって、私は懸命に魔法を使うイメージを浮かべた。
「やめなさいって、いってるでしょ!」
私が勢いよく両手を前へ突き出すようにすると、火の蛇が空中を素早く蛇行し、絡みあう闇と氷の蛇に喰らい付いた。
瞬間、バチン! と何かが弾けるような大きな音がして、魔法が四散する。
「っ!」
「おわ!」
驚いて飛び退いた二人は、ものすごい勢いでベッドを振り返るや、青ざめた顔で私に駆け寄ってきた。我先にとお互いの肩をぶつけ合いながら。
「リア!」
「お嬢!」
「怪我はないか」
「お怪我はないですやろか⁉︎」
二人して全く同じ反応である。
私は思わず笑ってしまいそうになるのを、懸命に堪えた。
「わたくしは、だいじょうぶ。でも、おへやがぐじゃぐじゃよ」
家具は動いてずれ、床には書類やら替えのシーツやらタオルやらが散乱。花瓶は落ちて割れているし、破片が飛んだのか壁紙には傷がついている。
途端に気まずそうな顔になる二人。またしても同じ反応だ。
お行儀は大変悪いけれど、二人と目を合わせた状態を維持したい私は、マットレスの上で仁王立ちのまま腰に手を当て尋ねた。
「なぜ、このようなことに?」
今度は、フォルクハルト殿下もエンゾも押し黙った。
しばらく答えを待ってみたものの、どちらも口を開こうとせず、お互いを見ないように反対側へ顔を逸らしている。
これはまともに尋ねても答えは出てきそうにない。悟った私は、狡い手を使うことにした。
「……むし、するのかしら」
中身がどうだろうと、『見た目幼女』にこう言われては、普通の紳士なら胸を痛めるに違いない。
私の勘は、当たり過ぎるほど当たってしまった。二人は慌てふためきながら、強く否定した。
「無視など!」
「ちゃいます!」
二人とも、キッとお互いを強く睨んでから、私に向き直る。
「エンゾが無礼なことを言ったからだ」
「殿下が、リア様と同衾したからですやんか!」
――事情は、なんとなく把握できた。あとはどう収めるかだ。
私は大きく息を吸い込むと、吐き出しながらフォルクハルト殿下へ頭を下げた。
「ハルさま。ごかいとはいえ、じじゅうのぶれいは、しゅじんのわたくしのせき。ばっするならばどうぞ、わたくしめを」
「何を言う、リア!」
「お嬢!」
それから頭を上げ、エンゾに説明をする。
「エン。わたくしが、ハルさまをはなさなかったの。だから、わたくしがわるいわ」
フォルクハルト殿下は眉根を寄せ、額に手を当てた。
「罰する必要はない。俺が迂闊だった。確かに同衾は良くない」
やはりこのお方は懐が深い、と感心していると、エンゾはみるみるシュンと萎れていく。
「……ワイも頭に血が上ってもうて……大変なご無礼を」
やれやれ、なんとか場が収まったと力を抜こうとしたが――
「エンゾの判断は正しい。今後は信頼を得られるよう努力しよう」
「いいえ! ワイが悪い! 信じます!」
「無理やりでは、意味がない」
「信じますってえっ!」
正直に言いたい。この二人、結構めんどくさい。
「あのー」
そこへ、メイドのマゴットが恐る恐る顔を出した。半分開きかけの寝室入り口から、顔だけを出している。
「マゴット」
私が名を呼ぶと、あからさまにホッとした様子で、部屋へ入ってきた。
「……お片づけ、致しますね」
うん、笑顔作ってるけど、青筋ビッキビキ。それもそのはず、東宮の賓客室をぐっじゃぐじゃにしたのだから。
実家のロジエ公爵家でも、このような部屋には無駄に高額なものを使っている。損害金額については、あまり考えたくない。
「エンゾ。てつだいなさい」
「はいぃ〜〜〜〜〜!」
「ハルさまは、とうぐうかれいに、ごせつめいおねがいいたします」
「も、もちろんだ」
ふう、と一息ついた私は、ようやくベッドの上に腰を下ろす。
かといって横になる気にもなれず、片付けをし始めた侍従とメイドをぼんやり眺めていると、フォルクハルト殿下が何か言いたそうにしているのに気づいた。
「なにか?」
「リア……その、こんな時になんだが。素晴らしい魔法だった。体に異常はないか?」
「あ」
言われてみれば、また熱が上がってきた気がする。ふらりと眩暈がしてきた。まだ出力に慣れていないのかもしれない。回復しきってから、きちんと練習をした方が良さそうだ。
「っ、すぐ横になれ」
「お嬢〜〜〜!」
「リア様!」
フォルクハルト殿下は氷魔法でおでこを冷やしてくれ、エンゾはよくわからない子守唄を歌い始め、マゴットはテキパキとベッドや着替えを整える。
「ふふ。だいじょ、ぶよ……」
本国の問題や国境の不穏さを一時でも忘れ、こうして周りの人々と過ごす時間を楽しんでいる自分に驚きながら、目を閉じる。
(起きたら、みんなと一緒に色々考えなくちゃ)
心強い仲間がいることに、幸せを感じた。
お読みいただき、ありがとうございます!
皆様の応援のお陰で、カクヨムの『その溺愛、過剰です⁉︎』コンテストにおいて優秀賞を受賞いたしました。
本当に嬉しいです。
これからも、頑張ります。
今後こちらの作品がどのような形になるか、分かり次第またお知らせをさせていただきますので、引き続きよろしくお願いいたします。




