ぐもも
ぐもももも。
そう聞こえた。
私は今、歩道にいる。
何の変哲もない歩道だ。
目の前を歩行者が行き交い、自転車がゆるゆると通り過ぎる。
自分の左脇にはビルが立ち並び、右脇には自動車という名の暴力の塊が流れている。
ああ、あれを暴力の塊と言うのは不適切だったかもしれない。
電車は、あれの比ではないのだから。
せいぜい、自動車は半人前の暴力。
でも、人を殺すには十分。
そう。
人なんて、あの車の流れに触れれば簡単に蹴散らされ、踏みしだかれ、ぼろきれになって終わる。
その点では、電車と何ら変わらない。
ほら、車道の中心。
あそこに「何か」がいるじゃない。
あれは、どう見たって死んでいる。
内臓をぶちまけ、顔はひしゃげて、道を体液で撒き散らしたような跡がある。
でも、それすらもこの暴力の流れの前には無関係。
飛び散った内臓は、無残に潰されぺったんこの薄皮。
轢かれた本体も、道の中心に弾き飛ばされたわけだ。
さて、あれの正体は何でしょう。
体の大きさ、毛皮の色から判断して猫かもしれない。
でも、確かめられる術はない。
君もああなりたかったら、話は別だけど。
信号が赤になる。
この時のみ、この暴力の流れは止まり、暴力は暴力ではなくなる。
でも、それも一瞬。
今度は別の流れが、別の方向からやって来るんだ。
ぐもももも。
びああああ。
だらららら。
こうして見ていると、この流れは止まることを知らないように思える。
実際、彼らはこんな交差点で止まるつもりは毛頭無いだろう。
血流のように、脈々と。
イメージはマグロ。
海水を、マグロの群れが通り過ぎる。
それは決して人の身では追えず、止めることも出来ない。
私も連れて行って。
流れに身を委ねる。
遅い君はお断りだよ。
拒絶され、もみくちゃにされ、あそこの「何か」と同様になる。
そんな私を連想する。
いや、妄想か。
目前の、自身では制御できない暴力の流れ。
それにちょっとでも触れてみたら、指先が千切れ飛ぶだろうな。
ほら、死はこんなにも身近。
ナイフや毒薬、拳銃なんて大袈裟なものを持ち出さなくても、寿命以外の死なんてすぐ側にある。
あははは、愉快愉快。
死んじゃう死んじゃう、一歩踏み出すだけで消し飛ぶよ?
あは。
今の車、カーブで私のすぐ鼻先を掠め通った。
ひどいなあ、完全にタイヤが歩道に入っていたよ。
私がもう少しだけ前にいたら、考え事をしている間に死んじゃったかもね。
あはははは。
車道。
暴力の流れ。
日常となった、異様。
私はそれに背を向ける。
いいかげん、私も歩き出さないと。
今日も、陽射しが強いなあ。
日常と非日常の違いって、案外近くにあるものなのかもしれません。
それと、自殺って実はかなりエネルギーを必要とします。
生きるのと同じくらい。
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