#06 終幕
なんやかんやがあったのだ。
それがなんであったのかは最早どうでもいいが、どうであれ僕はまた死んだらしい。
気付いたら草原に寝転がっていて、満天の星空を見上げていた。
月の無い夜空に星々が競うように瞬いている。
一際明るい二つ並んだ星の明滅を見ていると、いつものように隣から声が掛かった。
「あれはジェミニ。夜空で一番輝く双子星よ」
双子星は赤に、青に、黄色にと、様々な表情を見せる。
隣で同じように寝転がる、幼馴染の女の子のように。
「右がキャス。左がポル。まるで貴方と私みたいね」
彼女の名前はキャサリン。僕の名前はポール。
まるで誰かが僕等の物語を知っていて、それで名付けたのではないかと勘ぐりたくなる。
「無事か、キャス」
「ええおかげさまで。貴方は大丈夫?」
「大したことはない。ちょっと両足と肋骨が折れて頭蓋にヒビが入ったけれど、もう治った」
「何の冗談? 冗談よね?」
「ああ、ケガは無いよ」
正確には自分で治した、だが。
起き上がって手足の調子を確認する。
ヒロインと一緒に体系化した癒しの技。無事持ち越して使えるようだ。やはり根本的に魔法なんだなと事実確認する。
「お互い悪運が強いな」
周囲に散らばった馬車の残骸。馬の死骸。
この状況で生き残れるのだから大したものだ。それが後々無残に殺されるためだとしても。
「本当にね。でも、何があったのかしら」
「盗賊に襲われて、馬が暴走したんだ」
「盗賊? じゃあ、逃げないと」
「まあ、崖もあるし直ぐには追ってこれないだろう。その前にキャス、一ついいか?」
「何?」
「王家との婚約は止めろ」
「……そんなの私の一存じゃ」
「あの王子と結婚したいのか? 惚れた?」
「まさか。顔は多少良かったけど、別に結婚したいって思うほどじゃなかったわ」
「なら、破談になっても文句はないな?」
「無い、けど。何? それ今重要なの?」
「すごく重要だ。生死に関わる」
「なんだか大げさね」
そう言って苦笑するキャス。
まだ、悪役令嬢の業を負わされる前の、純粋な少女だったころのキャス。
思えば、こうやって二人で会話するのも久しぶりだ。
ここ数十回のループは正直キャス自身へのアプローチを諦めていたから、会話自体ほぼしていなかったし。
それでも会話しながら、体に残る幼い時分の記憶と想いから、僕はヒロインの言葉が正しかった事を思い知る。
『ばーかばーか! ポールは何で気付かないんですか! 忘れたからって、何ですか! わざわざ人生を何度もやり直してまでも、キャサリンさんを救いたいって思ったってことでしょう? そんなのポールがキャサリンさんを好きだからに決まってるじゃないですか! ばーか! 幼馴染の悲劇がいやだった程度で、死んだ後迄どうにかしてやろうなんて思うはずないじゃないですか! 転生だってそんな簡単な方法なはずないんですから、人生を掛けて研究して、やり直したいって強く願ったその想いが、愛以外の何かであるなんて、そんなことあるはずがないでしょう!』
衝撃的な一言だった。ついでに殴られて物理的な衝撃も走った。
好き? 愛? 誰が? 誰を?
むしろ延べ数千年、或いは一万年に届こうかという時間経過の中で、何故僕は一度たりともそのことに思い至らなかったのだろう。
王子の事を散々クソボケだと思っていた僕だったが、どうやら一番のクソボケは一番身近にいたらしい。
「キャス。好きだよ」
きょとんとした顔のキャス。
あどけない顔がどんどんと赤く染まっていって面白い。
「な、突然何言ってるのよ!」
「王子の婚約者になっちゃったら、言う機会もなくなっちゃうからな」
「だ、だからって、こんないきなり」
「キャスは嫌い?」
赤くなった顔を手で隠して、蚊の鳴くような声で呟く。
「私だって、す、好きだもん。本当は王子となんか、婚約したくない」
「そっか。よかった」
肩の荷が降りた気分だ。そうか、僕はただ想いを伝えたくて、そのためにやり直しを繰り返していたのか。そう思えるほど、何かが終わった気もした。
「どうやら無事に告白できたみたいですね」
あまりにも唐突に声が響き、振り返るとそこには銀髪の少女がいた。
今までの繰り返しで見たことのない幼い姿。しかし、見間違いようもないヒロインがそこにいた。
「では、後は私にお任せ下さい。ポールはキャサリン様を離しちゃ駄目だからね?」
「分かってるよ。もう誰にもやらない」
「ふふ、素直で宜しい。じゃあ、キャサリン様。全部終わったらお友達になりましょう」
ばびゅんと音と突風とともに、ヒロインは消えた。
前世で全てを告げると、彼女は自分もやり直しに加わると言い出した。
方法が分からないというと、彼女は僕の魂を解析して、転生の方法を見出した。そして、お節介にも僕の目的に付き合ってくれているのだ。
底抜けの善性に、なんでもこなせる能力。男前で、かっこいい、ヒロイン様である。
方針としては、可能な限り早く聖女として認知されて、王子の婚約者としての立場をかっさらうそうだ。それはそれでヒロインをあのボケの生贄に捧げるようで気が咎めるのだが、彼女は王子を悪からず思っているらしいので、それは構わないとのこと。
『権力あった方が、色んな人を救えるしね』
という実務的な話である。性根が悪人でないことは分かっているので、気に入らない所があれば自分で教育するそうだ。そういうところも男前である。
先に王子とヒロインがゴールインしてしまえば、キャスが悪役令嬢になる土壌が無くなる。
性格がひん曲がることも無いし、僕が近付けなくなる状況も打開できる。
シナリオの強制力がこの矛盾をどう捌くかは分からないが、この世界の主人公がヒロインであるならば、その意思を排除するような真似は出来ないだろう。
『世界を満足させるくらい、私が格好良く活躍すればいいんでしょう?』
物語のあらすじ事書き換えてやるとは彼女の談。
ドラゴンを倒すでも魔王を討つでも彼女ならやってのけるだろう。
今回が例え無理でも、おそらく近いうちには。
「そう言えば知ってる? あの星、遥か東方の国では双子星ではなく、夫婦星って呼ばれてるんだって」
「そうなの?」
「僕はそちらの方がいいなと思うんだ」
「……馬鹿」
確かに僕は馬鹿だったな。そんな当たり前の事実を確認しながら、二度と手放さないと二つの星に誓ったのだった。
【FIN】
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