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#05 破竹




 聖女とは、癒しの力を持った女性のことで、男であれば聖者と呼ばれる。

 いまだ癒しに関しては魔法では実現できないことも多く、体系化されていない技術であるが故に、分かりやすく奇跡として扱われるのだ。


 後天的に癒しの力に覚醒する者は王国では凡そ百年に一人とも言われ、先代の聖女は百五十年も前の存在で、王国には長らく不在であった。


 癒しの力という、稀少且つ貴重な能力を有するが故に、王国法でも聖女(聖者)は特別扱いされており、権力は無いが権威としては王族のそれに匹敵する。元の出自が卑しくとも、当人に犯罪歴でも無い限りにおいてはあまり問題視もされない。


 癒すという政治的にも利用価値がありすぎる能力であるがゆえに、寧ろ積極的に王族が取り込もうとしてきた歴史がある。つまり、ヒロインは本来絶無であったはずの王子と結婚するためのフラグを立てたのである。


 無論、フラグはフラグであって、この武闘派ヒロインは自らそのフラグをへし折ることもままあるのだが、それでは困るのだ。


 悪役令嬢キャスの破滅フラグを叩き折ることは不可能。

 これは数百回の試行の果てに結論が出ている。


 タイムリミットは決まっているし、そこはどうあれ動かなかった。

 だから、後はタイミングを変えるしかない。


 これが観劇だとして、主人公が王子かヒロインなのかは知らないが、エンディングの形として、二人が結ばれてハッピーエンドは普通にあり得るのではないか? 観衆が満足するシナリオを演じ終えたのならば、物語はそこで閉じるのでは?


 無論、悪役令嬢の死が絶対だというのであれば、それすらも前倒しになる可能性もあり得る。


 だから、これは可能性の試行である。


 これで駄目であれば、最早打つ手はない。


「だから、ごめんなキャス。今回ばかりは手抜かりなく破滅させてもらう」

 物語を加速させるためには、聖女覚醒イベントは必須であり、また、そこから聖女認定も淀みなく行う必要がある。


 予めヒロインの聖女覚醒については教会に可能性を報告し、既に認定機関が内々に動いている。

 同時に、キャスを破滅させるための諸々も手配済み。


 先程王子に刺さった矢は回収され、本来狩猟に使われない毒物が検出される。誤射した兵士の尋問から、ヒロインを狙った暗殺計画が発覚し、首謀者としてキャスの名前が上がる。


 事実、キャスはそれを計画している。

 当人も別に望んでいなかった王家からの縁談を、家族や親戚から強制され、やりたくもない厳しい王妃教育を受けながら、優しい王子の引け目に付け込んだだの、家柄を盾に他の候補者を潰しただのと誹謗中傷に晒され、当の王子は元平民の美しい女に現を抜かし、自分の努力も想いも何一つ鑑みない。


 青春を犠牲にした結果がこれである。

 ヒロイン自身は王子に絡まれてる側なので、そちらに矛先が向いたことだけはキャスに非があると言えるだろうが、王子は一辺しばかれるべきだと思う。


 キャスの署名の入った計画書は既に法院に届出済みで、実行犯も抑えた。そこから辿れる仲介者も既に身柄を抑えてある。


 王家は公爵家といよりはキャスに引け目があったが、それもこれで帳消しになるだろう。当然婚約も解消できるし、代わりに収まる聖女も現れた。


 形式は違うが、エンディングの条件は整えたのだ。


 これで駄目なら……。




 ◇◇◇◆◆◆




 狩猟祭から三か月後。


 基本的なところでは僕の思った通りに事は進んだ。

 まず、ヒロインが教会に聖女認定され、就任式も異例の速さで進められた。


 百五十年ぶりのことなので、放っておくと教会も認定の為の方法を古い本をひっくり返して調べるところからはじめるので、一年以上時間が経過するのだ。


 必要な方法が書いてある文献の在処と、何が書いてあるかの要約などを記した論文を、教会図書館司書の名義で一年前に発表していたので、確認作業が迅速に進んだのだ。無論、僕の手配である。


 場合によっては敵対することもあったので、聖女について調べ尽くし、僕はおそらく世界中で一番詳しい。一番はあの癒しの技を習得したかったのだが、どうやってもそれだけは無理だった。


 それは兎も角、ヒロイン側はエンディングフラグが立てたと思っていい。


 王子とキャスの婚約破棄についても、迅速に決定された。

 ヒロインが聖女認定されたこと、既に王子とヒロインの仲がそれなりに進展していたこと、後は政治的に公爵家の影響力を削ぎたかった等々の事情により、キャスとの婚約は破棄され、聖女就任式で王子との婚約発表までされたのだ。


 それはそれは華やかな就任式で、国中が聖女とその聖女を庇って致命傷まで負った王子の純愛に盛り上がった。


 さて、まぁ、そこまでは思惑通りだ。

 そして僕としてはどうでもいい話だ。


 誰と誰がくっついて、誰が幸せになろうが、不幸せになろうが知った事ではない。


「……駄目か」

 ため息。

 膨大な繰り返し、無限ともいえる歳月の果てに、唯一答え足りうると思っていた選択肢だったのだが、世界はやはり悪役令嬢を許してはくれないらしい。


 観衆は、聖女と王子の圧倒的な祝福と、悪役令嬢のみじめで陰惨な死に様が無ければ、物語として認めてはくれないということか。


 まぁ、正直ダメ元のところはあったし、八割方はそうなると思ってはいたのだが。


 王都の広場で晒されるキャスの首。それをベンチに座って眺める。

 この世の全てを恨んだような歪んだ表情を貼り付けて、悪役令嬢らしい死にざまとでも言えばいいのだろうか。


 初めて見た時は、おそらく例えようのない憤りと、不満、悲しみ等の感情があったのだろう。

 だから、やり直そうと思ったのだ。


 一度目の記憶は曖昧で、動機も方法も結局後からでは何も分からなかったが、僕以外誰も望んでいない繰り返しを行っている理由は、やはり僕にあるのだと思う。


 しかし、失った感情を今更呼び起せるはずもなく、どうしたものかと途方にくれる。


「ラフォンテーヌ様とは、確か幼馴染でしたか?」

 誰にも見られぬように、認識疎外の結界を張っていたというのに、そんなものをまるで無視するヒロインが僕の隣に腰掛けた。


「何か御用で? 聖女様」

 このヒロインは本当に間合いを詰めるのが上手い。さすが武闘派であると妙な感心をすることもある。


「黄昏た学友が見えましたので、お声を掛けた方がよろしいかと思いまして」

「僕が黄昏てるのはいつもの事です。お気になさらず。王子の婚約者と二人きりなど落ち着きませんし」

「衆人環視の中なのですから、誰もあらぬ疑いなど抱きませんよ」

 クスリと笑うヒロイン。一体何がしたいのか。


「残念な結果になってしまいました。助命を願い出てはいたのですが」

「まぁ、無理でしょうね。結果論ですが、王族の命を奪うところまでいったのですから」

 あのアホ王子がヒロインを庇わなければ起きない事故のようなものだが。アホの被害者である。


 僕が何もしなければ、この時点ではキャスまで線は繋がらず、嫌疑不十分になるはずだったのだから、言ってみれば僕が殺したようなものでもあるし。


 だからと言って、死刑にまでなるのは明らかにシナリオの強制力のせいだが。王家に引け目もあったし、婚約破棄で自宅軟禁程度はあり得ても、まさか死刑にまでなるとは僕も思っていなかった。前例的にも異例の判決である。


「どうすればよかったのやら」

 途方にくれるとはこのことである。


「ラフォンテーヌ様とは親しかったのですか?」

「そう見えましたか?」

 学園では一度も話もしていないのだが。


「気に掛けるような視線を向けているのは何度かお見かけしておりました」

 さすが武人。目聡いというかなんというか。


「昔はああでは無かったんですけどね。王家との婚約や、諸々の事情でねじ曲がってしまって」

「諫めることは出来なかったんですか?」

「何をどう諫めろと? 根本が王子との婚約で、口先だけで慰めたとて、環境が変わるわけでもなし。そもそも、貴方もキャスを追い詰めた側の人間でしょうにどの口でおっしゃりますか」

「……そうですね」


「まぁ、貴方に害意が無いのは知ってますし、どうにもできなかったのも知ってます。ただの八つ当たりですのでお気にせず」

 どうしたところで、結局シナリオがキャスを殺すのだ。


「無力ですね、私たちは。ですが、だからこそここで立ち止まる訳にもいきません。彼女は望まないでしょうが、私は彼女を追い詰め、死に追いやった罪を背負い、せめて王子を支え、遍く国民の為に何かを為したいと思います」

 決然とした瞳に迷いはない。まぁ、このヒロインが迷ったところなど見たことも無いが。


 このくらい精神が強ければ、そもそも僕がこの無限のループに嵌ることも無かったのだろうか。きっかけと原因が分からない以上、それもただの妄想か。


「貴方は、どうしますか?」

 励ましているのだろう。小娘の分際で、誰にものを言っているのかという話である。


「さて、どうしましょうかね」

 とはいえ取っ掛かりも何もない。

 僕の中にこれ以上の発想はない以上、ダラダラと余生を過ごして再び繰り返しの人生に埋没する他ないだろうか。


「何かあれば相談にのりますよ。学友として」

 そんな事を男前に言ってのける、友達になったことが一度もないヒロイン。

 僕は試しに事情を話し、この無限ループの中で初めて他者に相談することとした。


 全てを聞いたヒロインは、あまりの内容に頭痛でもするのか頭を抑えながらしかめっ面で口を開いた。


「取り敢えずこれだけ言わせてください。貴方馬鹿ですか? 馬鹿ですね? 見たことも無いですこんな馬鹿は。ばーかばーか」

 

 それからたっぷり数時間、なぜか聖女の説教を食らう羽目になるのだった。




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