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#04 実演




 学園一年目の秋に狩猟祭というイベントがある。

 学園に隣接した王家直轄地の森林で貴族による狩猟が行われ、獲れた獲物の肉が国民に振る舞われるのだ。


 現実的にはその日狩猟してその日捌いて出回るわけもなく、数日前から国中の猟師が血眼になって獲物を追いかけまわし、国民に振る舞えるだけの肉を確保するわけだが。


 国から予算が出て国の予算で肉を振る舞うという点に置いて、貴族から平民への施しと言う部分に違いは無い。予算の源資は平民が収めた血税なのだが、何に使われるか分からないよりも、実益として還元された方がマシ、と考えるものが大半であり、何より羽目を外す貴重な機会に野暮なことを言う平民は少ない。


 そんな狩猟祭は学園の生徒も参加する。貴族の嗜みとして令息は狩猟を覚えることも必要だし、腕のいいものは意中の令嬢へのアピールもできる。何組かに分けて森へ入り、時間内に獲物を仕留めることが出来れば、学園内でも一目置かれることとなるとあって、参加者の意欲も高い。


 王子は一番目の組で参加して、見事大型のイノシシを仕留めて王家の威厳を示した。まぁ、そのために猟師が危険を犯してイノシシを生け捕りにして、数日弱らせた後王子の前に追い立てた出来レースではあるが、きちんと止め刺す役処をこなし終えたので褒めてあげてもいいだろう。


 やることはやった後は、森に隣接した広場で、他の組が獲物を狩ってくるのを待ち、ねぎらうという王族らしい面倒くさい仕事がある。広場にしつらえられたステージの上から、森から出てくる参加者たちを見下ろしている。


「貴重な予算を消費財に費やすのは如何なものかと思います。同じ予算を街道整備や農地拡大に回せば長期的にはより豊かになれるのではないでしょうか?」

 婚約者と言ことで、王子の隣に不満気な顔で座っていたキャスは、一見正論っぽい事を王子に意見した。


 金勘定の点だけ考慮すれば別に間違ってはいない。

 しかしながら、国民感情が無視されているし、不満のガス抜き的な意味もある狩猟祭を止めるとして、その代替案まで考えられないのでは意見が通るはずもなく。


 平民だけでなく、貴族にとってもこの狩猟祭は重要で、意中の令嬢にいいところを見せて格好つけたい令息も多い。学園内でもキャッキャウフフするために重要なイベントでもあるのだ。それを金の無駄だからやめろ、等と言うのはあまりにも横暴であろう。


「キャサリン。狩猟祭は伝統ある祭事で貴族平民問わず望まれて行われている。確かにその予算を他に回せば長期的には豊かになるのかもしれんが、短期的な不満が募って国が荒れ、余計な予算を使うハメになるのがオチだ。政とはすべからく意味があって行われているものなのだ。もう少し多角的な視野で物事を見よ」

 すげなくあしらわれ、顔を真っ赤にして俯くキャス。


 ふとした思い付きを口にしてしまったのだろうが、根底にあるのは自分の境遇への不満だろう。王子は元平民と日々イチャつき、自分は学園に通いながら日々厳しい王妃教育を受け、寝る暇もロクに無い。自分を殺して、青春を犠牲にして、血反吐を吐きながら頑張っているというのに、能天気に祭りだと?


 逆恨みではあるが、同情の余地もある。

 何より婚約者を蔑ろにするこのクソボケ王子がもう少しキャスに寄り添えれば違うのだろうが、王子は王子で半ば他人の尻拭いを任された形の婚約者だけに、特段の愛情も無い。


 愛情は無くても最低限の誠意を見せられるだけ、王子が大人であれば救いもあったのだが、所詮思春期のヒト科オスの獣である。今ほど婚約者を窘めたばかりで、ステージ下にいた浮気相手を見つけて表情を緩める隙の多さ。


 王子でなければ刺されても文句の言えない所業である。


「きゃああ!」

 悲鳴が上がる。森から手負いの獣が飛び出してきた。大型の熊だ。

 警護の兵が直ぐに集まってくるが、手負いながらも野生の獣。近接戦では人間より大分強い。


 兵士が弾き飛ばされて、危険を悟った群衆が熊から逃れようと一斉に動いた。


 散り散りに人が動き始め、ステージ周辺は混乱したがその中で、ヒロインが群衆に飲まれて転倒。


「アナ!」

 それを見た王子が、婚約者の横で浮気相手を愛称で呼び捨てて血相を変える。

 あのゴリラが人に踏みつけられた程度でケガをするわけがないのだから、放っておけばいいのにこの馬鹿王子は。


 ステージを飛び降りて浮気相手に駆け寄る王子。

 その方向に突っ込んでくる熊。


 兵士の何人かが、熊を止めようと矢を放った。

 混乱した群衆の中で正気とは思えない判断だが、幾本かは熊にあたり、逸れた何本かのうち一本が転んだヒロインに向かい、それを庇った王子の背に突き刺さる。


「いやああああ!」

 叫び声は誰のものか。


 その叫びも終わらぬうちに、まだ突進を続けていた熊を王子の陰から飛び出したヒロインが殴り飛ばす。否、それは殴りではなく、人差し指を延ばした状態で熊の心臓を穿っていた。


 並の刃物では切れない体毛と頑丈な皮膚。分厚い脂肪と筋肉を透徹できるほど鍛え、研ぎ澄まされた一突きであった。


 どう、と地鳴りを伴なって地に伏した大熊を一瞥もせず、ヒロインは王子に駆け寄る。


「アレク様! どうして私など庇って」

 それはそう思う。多分、矢が飛んできても叩き落とせたか、当たってもおそらく刺さらなかったであろう。無駄なケガである。


「ふ、其方が危ないと思ったら、体が勝手に動いてしまってな」

 口の端から血を流しながらカッコつける王子。心臓は逸れたようだが、矢じりは肺に達している。現在の王国の医療技術では助かるか非常に微妙なケガであった。


「そんな。ああ、神様。どうか、どうかアレク様に御慈悲を!」

 涙を零しながら天に祈るヒロイン。必要もないことで王族にケガをされて、死なれでもしたらどんな目にあわされるか、考えただけで泣きたくもなるし、神に縋りたくもなるだろう。その純粋(?)な想いが天に届いたのか、或いはただ単に能力が覚醒するきっかけになっただけかは分からないが、あたたかな光がヒロインと王子を包み込んだ。


「あれは、伝説の癒しの光?」

 誰かが説明台詞を口にする。


 王子の背中から矢じりがはじき出され、傷口が再生する。

 痛みが引いた王子が起き上がると、一心に祈りを捧げているヒロインを茫然と見つめた。


「アナ、其方は一体」

「ああ、アレク様。大丈夫なのですか?」


 ヒロインも未だ自分が何を成したのか理解が及んでいない。

 誰も、彼もが目の前の事態に混乱している最中、何処からか声が上がる。


「聖女だ! 致命傷を癒すなど、聖女の御業だ!」

 ざわめきが、やがて一つの意思となり、それを既成事実として認識される。


 待ちに待ったヒロインの聖女覚醒イベント。

 さあ、僕も仕事を始めよう。


 


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