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#03 紹介




「どういうつもりですの、貴方」

「あの、仰ることの意味が……」

「元平民如きが殿下に馴れ馴れしく近づいて媚びを売って。もう少し分際を弁えたら如何かしら」

「いえ、別に私は」

「いくらか許可されたからって馴れ馴れしく愛称で呼ぶなど、図々しいにも程があるのではなくて」

「それは、殿下が」

「まあ、責任を殿下に押し付けるおつもりですの? そういうところが浅ましいというのです!」


 関係者一同、学園に入学して十日程。

 僕としては見慣れた、というよりは既に見飽きた光景が繰り広げられている。


 貴族の子女が通うこの学園に、元平民の少女が入学してくれば多少なりとこういう目に会うのは必然だが、それが更に美しい容姿を持ち、王子殿下の覚えが目出度いとなれば、まだ十代前半で甘やかされて育った貴族子女に、自分を抑えるのは無理というものだ。


「殿下は、キャサリン様と婚約なさっているのよ! 婚約者のいる殿方に色目を使うなどはしたない!」

「いえ、だから」


 何か言い募ろうとした元平民の少女の頬を、とある令嬢が平手で打つ。

「キャサリン様に変わって私達が元平民に貴族の振る舞いを教育して上げましてよ。感謝なさいませ」

 校舎裏で気に入らない身分が下の同級生を詰めるのは、果たして貴族らしい行いか。さっきから困った顔をしていた少女の表情が消える。


「気に入らない相手を集団で詰めて、頬を張るのが貴族らしい振る舞いですか?」

 僕と同じ感想を持ったらしい元平民の少女の言葉も、感情的な子供に正論をぶつけたところで聞く耳があるわけも無し。


「何よ生意気ね。そういうところが――」

 先程頬を叩いた令嬢が追撃を食らわせようと腕を振り上げた瞬間、元平民の少女の"拳"がカウンターで鳩尾にめり込み、令嬢は吐しゃ物を撒き散らしながら吹っ飛ばされた。


「あら、この程度でお吹っ飛びあそばされるなんて、もう少し運動をなさった方がよろしいのでは?」

 拳をゴキゴキと鳴らしながら笑顔を向ける少女。


 この外見は薄倖の美少女、深窓の令嬢とでも言うべき、清楚そうで穏やかそうな元平民の少女こそ、シナリオが指定した推定ヒロイン、アナスタシア=マーシャルである。


「そこで何をしている!」

 勇ましい声と共に金髪碧眼の絵にかいたような美少年がやってくる。


「で、殿下! あの元平民の女が、モブリーナ様を殴りつけたのです!」

 どこかの令嬢がそう叫ぶ。


 殿下と呼ばれた少年、この国の第一王子にしてシナリオの主人公と目されるアレクサンダー=ドラゴンハート。


「だ、そうだが、本当はどうなのだ、ポール」

 上を見上げて声を掛けてくる王子。空中で観戦していた僕は不敬と知りつつ殿下を下に見たまま答える。


「殴ったこと自体は事実ですが、その前にそのモブなんとかという令嬢が頬に一発入れて、二発目に対して迎撃した形ですから、まぁ、正当防衛でいいのでは?」

 やる気なさそうな僕の発言に、王子が周囲を睥睨する。


 全て見られていたと知って、青ざめる令嬢達。


「マーシャル嬢。傷は大丈夫か?」

 ヒロインに詰め寄り、顎クイして赤くなった頬を見る王子。今にもキスしそうな間合いである。


「で、殿下。その、そんなに近付かれては恥ずかしいです」

「こ、これは済まない。つい……」

 ついじゃねーよ、と色ボケ王子に突っ込みたくもなるが、キリが無いのでスルー。


「その方らには後でじっくり話を聞かせて貰おう。この場は解散したまえ」

 王子の眼光に怯えながら、モブリーナ嬢を引きずって令嬢たちは退散していった。


「ふぅ。身分を傘に着て横暴な振る舞いをするとは、貴族子女の片隅にもおけん奴らだな」

 そもそもお前がヒロイン近付き過ぎなきゃ、ここまでの事にはならねーよ、という想いはあるのだが突っ込んだところで改善されるわけでも無く、僕は口を噤む。


「で、ポール。これはあの令嬢たちの主導ということでいいのか?」

「明確な指示があったかどうかは知りませんが、殿下の御婚約者様の取り巻きたちのようですよ?」

「キャサリンの? はぁ、あれにも困ったものだ」

 困ったのはお前だ。婚約者いるのに他の女に不用意に近づいてるんじゃねーよ。


「やっぱり、私殿下とは距離を取った方がいいのでは」

「何を言う。別に疚しいところなど無いのだ。学友として学園内では身分に囚われず交流する。そうでなくば意味があるまい。私は王族としてその範を示す必要があるのだから、元平民の其方と友好的であるとアピールする必要があるのだ」

「そ、そうでしょうか」

「そうなのだ」


 ただ好色なだけだと思うが。まぁ、身分に囚われず美人が好きだというのは事実かもしれない。似たような境遇の男に関しては認知すらしていないので言っているのだから大した御高説である。


「あの、ポール様はどうしてそちらに」

 空に浮かんでいる僕に話を向けてくるヒロイン。

「何やら不穏な気配がしたので、私が言って見張らせていたのだ。しかしポール。見ていたなら暴力沙汰になる前に止められなかったのか?」


「それはどういう意図の発言でしょうか? 自力救済が可能なものを横から救いあげるのは救済ではなく甘やかしです。マーシャル嬢は貴族令嬢に殴られるほど反感を買われていることを自覚すべきですし、貴族らしい振る舞いや慣習を覚えるべきだというのは事実です。殿下は自分好みの女の子の気を引きたくて甘やかしたくなるのでしょうが、学習と成長の機会を奪うのは如何なものかと思いますよ」

 常に殿下が横にいるわけではないのですから、と諫めると王子は不満気な顔だ。


「お見事なボディーブローだったので、噂が広がって今後直接的に手を出してくる令嬢は減るでしょうね」

「え、そんな、えへへ」

 褒めたつもりは無いのだが、照れているヒロイン。そして僕を睨んでくる王子。心配しなくてもヒロインは僕の守備範囲外だ。何せ、少女の皮を被ったゴリラである。


 因みにゴリラと言うのは、森林地帯に生息すると言わている猿型の膂力に優れた伝説の聖獣の事である。


 学園生活中にヒロインはその膂力に加えて聖女としての力を覚醒させ、王子の危機を救ったり救わなかったりするのだ。天性の膂力と武闘センスと聖女としての治癒能力を併用して、シナリオ終了後には単身魔王を殴り殺すこともある。人畜無害そうな外見とは裏腹に、スイッチが入ると敵対者を殲滅するキリングマシーンとなる、非常におっかない女なのだ。


 しかもシナリオ中は王子と同じで殺そうとしても妨害されるか、殺せても理不尽に復活したり、強制終了させられたりする。


 配役としては、王子の真の恋人と言うところなのだろうが、キャスが死ぬ時点で結ばれたり結ばれなかったり、意外とそこは統一されなかったりもするが、シナリオにとって不可欠なピースというのは確かだ。


 こんな色ボケ王子と、武闘派ヒロインを誘導してシナリオ改変しなくてはならないとは、我がことながら全くご苦労な話である。




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