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#01 開演




 なんやかんやがあったのだ。

 それがなんであったのかは分からないが、どうであれ僕は死んだらしい。


 気付いたら草原に寝転がっていて、満天の星空を見上げていた。


 月の無い夜空に星々が競うように瞬いている。

 一際明るい二つ並んだ星の明滅を見ていると、隣から声が掛かった。


「あれはジェミニ。夜空で一番輝く双子星よ」


 双子星は赤に、青に、黄色にと、様々な表情を見せる。

 隣で同じように寝転がる、幼馴染の女の子のように。


「右がキャス。左がポル。まるで貴方と私みたいね」


 彼女の名前はキャサリン。僕の名前はポール。

 それを自覚した瞬間、過去の記憶が呼び起される。


『キャサリン=ラフォンテーヌ! お前との婚約をここに破棄する!』

 金髪の王子然とした、――否、正真正銘の王子から婚約破棄を突き付けられ、愕然とするキャサリン。


 あれは学園の卒業パーティーでの出来事。


 その後キャサリンは、隣国に嫁がされたが、その直後に発生したクーデターで命を落とした。


 では、ここはあの世か?

 僕も死んだ後に、再び彼女と再開したという事だろうか。


「ポル? 起きてる?」


 起き上がり、顔を覗き込んできた彼女は大分幼い。

 そこでようやく思い出す。


 今が何時で、ここが何処で、一体何をしていたのか。


「キャス。生きてる?」

 僕の問いに、呆れたような声が帰ってくる。


「生きてるわよ。おかげさまでね」

 上体を起こすと、周囲に馬車だったものが転がっているのが見えた。


 少し先にある街道から道を逸れて、二十メートルほどのほぼ崖の急坂を転げ落ちるように下って、反動で馬車の外に放り出されたのだ。


 馬は打ち所が悪かったのか死んでいる。

 馬車はばらばらになって、原型を留めていない。


 良く生きていたものだ。

 そう思うのも二度目の事だ。


「お互い悪運が強いな」

「本当にね。ケガは?」

「大したことはない。ちょっと両足と肋骨が折れて頭蓋にヒビが入っただけだ」

「ちょ! 重傷じゃない! なんで平然としてるのよ!」


 痛みも行き過ぎると脳が勝手に遮断するのだ。

 ぼうっとするが、痛くはない。

 二度目だから何処がどうなってるか覚えているだけで。しかし、生憎とケガを慮ってゆっくりとしている暇はない。


 前回は気絶した状態で、キャスに死んだと思われていたので、置いて行かれたが、この後の事態を考えると些かそれは問題がある。


「キャス。その辺にある木片を集めてくれ」

「え、いいけど、大丈夫なの?」


 公爵令嬢のキャスにケガの程度など詳しくは分かるまい。


「急いでくれ」

「わかったわ」


 落下時に僕が庇ったおかげで無傷なキャスは、庇われた引け目もあるのか素直に従ってくれる。


 キャスが集めた馬車の残骸からよさそうなのを見繕って、魔法で添え木を作る。

 ずれた骨を触診で確認し、強引に引っ張って戻すとシャツを破って作った包帯で両足を固定した。


 だんだんと脳が痛みを自覚し始めて吐き気がするが、今は時間との勝負である。


「貴方、魔法なんて使えたの?」

「ああ」

 前回はこの時点では使えなかったが、やり方は覚えている。


 或いは魔法は魂に由来するとも言われるので、前回と今の僕は同じ魂を共有しているという事なのか。


 包帯に高質化の魔法を掛けて、骨がずれないように固めた後、魔法で浮き上がる。

 いくら固めてもさすがに歩くのは辛い。


「ふ、浮遊魔法!?」

 驚くキャス。国内でここまで魔法を使いこなせるのは十指に満たないので、当然と言えば当然であるが。


「キャス。盗賊がこちらに向かってる。急いで逃げよう」

「え!?」

 状況に困惑しつつ、差し出された手を取るキャス。


 僕は多少強引に引き寄せて、抱き上げる。

 重量物は折れた肋骨に響く。


「追いつかれると面倒だから、飛んでいくね」

 高度上げる、崖の上には護衛の兵士の死体が見えた。馬車を襲った盗賊たちは、崖を迂回して僕等を探していることだろう。


 死体を確認しなければ報酬が貰えないのだから仕方ない。

 この件はラフォンテーヌ公爵家の敵対派閥の犯行だっただろうか。どうでもいいのであまり覚えていないが、この件を機にキャスが王子の婚約者に内定してしまう。


 今日キャスは婚約者候補として、王子とお茶会に行った帰りである。

 送り迎えの馬車も護衛も王家の手配である。


 その道中で公爵令嬢が盗賊に襲われる。

 国内でも有数の、王家ですら無視しえない権力を有する公爵家の令嬢が、である。


 結果として、王家は責任を取る形でキャスと婚約するしかなくなってしまった。


 僕? 僕も名目上王家の遣わした護衛の一人である。

 なので、現在負っているケガも業務範囲内。


 あくまで名目上は名目上で、誰も僕に本当に護衛して貰おうなどとは考えていなかっただろうが。


「御免なさいね。私が我儘を言って、ポルについてきて欲しいなんて言ったから」

 王子に一人で会うのが不安だったキャスが、付き添いに選んだのが僕だ。


 正直婚約者に選ばれようと思うなら、男を同伴者に選ぶのはどうなのかと思うが、少なくとも今朝の時点までキャスは自分が婚約者に選ばれるとは思っていなかったのだ。


 公爵家は元々王族の血が入っている王家の傍系だし、あまり結びつきが強くなって権力が一貴族に集中するのを王家は好まない。かといって候補にすら選ばれないのは体面が悪いからと名前だけは入っている。現実的にはあまり利害関係のない伯爵家か侯爵家から選ばれるのではないかと見られていた。


「キャスが無事なら良かったよ」

 建前とはいえ、護衛は護衛である。

 前回は盗賊にも死んだと思われ見向きもされず、翌々日に救助された僕である。


 キャスは盗賊を振り切り川に飛び込んで、下流の街まで自力で逃げ延びたと伝聞で聞いたが、この時の話は直接したことが無かったので、実際の所は良く分からない。


 僕のケガが治ったころには既に王子の婚約者に内定し、おいそれと他の男が近付ける環境ではなくなっていたのだ。結局、前回は学園でもまともに会話することはなかった。何せ、学園に入った時点で彼女は大分僕の知っていたキャスとは違っていて……。


 盗賊に体を暴かれただの、お情けで王家の血を狙うあさましい女だの、周囲のやっかみはそれはもう壮絶で、更に厳しい王妃教育を詰め込まれて大分やさぐれていたのだろう。


 幼馴染として、変わり果てた彼女の姿に何とも言えない感情を抱いたものだ。

 或いはそれは後悔か、未練か。


 何の因果か、再び今日、この場面に立ち戻ったというのは、死に際までそのことが引っかかっていたからなのだろうか。


「なあ、キャス」

「何?」


 満天の星空の下を飛びながら、ケガの痛みでぼうっとした頭で、僕は幼馴染を見下ろす。

 高所にあることに怯えながら、こちらを見つめ返す碧い瞳をじっと見つめる。


「お前、王子の婚約者辞めろよ」

 今回のことを含め、ロクなことにならないのは自明である。


「……え?」

 意外だったのが目を瞬かせる。


「さすがに王子の婚約者になったら、こうして護ってやれないからな」

 前回もそうだったが、そもそも近付けなくなるからな。

 寝覚めが悪い事になって、人生をさらにもう一回なんて御免である。


「それって、ポルが私を、ずっと守ってくれるってこと?」

 なんだか上気した顔で、おずおずと口にするキャス。


「手の届く範囲にいなきゃ、それも出来ないからな」

「うん。わかった」

 しおらしく、頷いて僕の胸に顔を埋めるキャス。


 折れた肋骨に響くから止めて欲しいのだが、変に暴れられても困るので、僕は我慢することにした。


 後々に思えば、この時の会話が全ての始まりで、最も終わりに近付いた瞬間だったのだろう。

 これは世界に悪役令嬢と運命づけられた公爵令嬢と、それを救いたいと願った男の悪足掻きを描いた物語である。多分。


 


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