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八咫烏の姫君  作者: Ryo
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いつもの日常 2

「はぁ……」


 紅葉は、大きく一つ、ため息をついた。

 今紅葉が立っているのは、四季の部屋の前。この扉の先で気持ちよさそうに寝ているのであろう男の姿を想像して、また一つ、大きなため息をつく。

 四季が起きてこないのなんて、いつものことだ。もうすっかり慣れている。

 今、紅葉が気落ちしている理由は、そこではない。

 なんと、紅葉が作った弁当を、今日は持ってきてしまっているのだ。

 今朝、百合子から受けた「紅葉も作ってみる?」という打診を、興味本位で受けなければよかったと、今更ながら後悔の念が紅葉の心を支配する。

 だが、悲しいかな、時間は刻一刻と過ぎ去ってしまうもので。


(……ここでうだうだしても仕方ない)


 紅葉は両手で拳を握り、空手家がやるそれのように「押忍!」と言って扉に手を掛けた。

 その瞬間……。



 ガチャ。



 手にかけていたドアノブが紅葉の手から離れ、そして開け放たれた扉からは、寝ぼけ眼の四季が現れた。意外にも身支度がきちんとなされていて、肩にはスクールバッグまで掛けられている。


「部屋の前で何気合い入れてんだ」

「うわッ!」


 いきなりの四季の登場に、紅葉は大きく仰け反ってしまう。身体のバランスを崩し、後ろに倒れそうになるところを、四季がすんでのところで受け止める。


「あっぶね……」


 紅葉の腕を取り、それをグイッと引っ張り上げて、反対の手で紅葉の背中を支えてくれている。急に振ってきた四季の体温とその匂いに、紅葉は思考が停止した。


「大丈夫かよ。……紅葉?」


 四季はフリーズしている紅葉の顔を覗き込むように、その態勢のまま少し身を屈める。四季の顔がドアップで映し出されたところで、紅葉は弾かれたように四季の腕から抜け出した。


「わぁぁ、大丈夫! 大丈夫気にしないで!」


 まともに四季の顔が見られず、紅葉は四季の腕を払いのけて、自らの顔を隠すように四季に背を向けてしまった。


「てか、一人で起きれたんだ?」


 未だバクバクと脈打っている心臓部分へ両手を当てて、紅葉は上ずった声でそう問いかける。


「ああ、まーな」


 四季はどこかうわの空で片手に持っていたスマホをチラリと見た後「腹減った」と言ってさっさと階段を降りようとした。


「あ、待って……」


 まさかこんなに早く四季がリビングに降りてくるとは思わなかったため、まだあの弁当を出す心の準備が出来てない。

 紅葉が先を行く四季の制服の袖を掴んだところで、四季はピタリと動きを止めた。そして、首だけ動かして紅葉の方を振り向いたかと思えば、スマホを紅葉にかざしてくる。

 その表情は、いつもの意地悪なしたり顔のように、口角を挙げていて、だがしかしいつもとは少し違い、どこか浮かれているような雰囲気もある。


「作ってくれたんだろ?」


 紅葉がその言葉に「何を」と言おうとしたところで、目に飛び込んできたスマホの画面に一気に顔が赤くなった。

 そこには、百合子とのトーク画面が表示されていて、一番下のメッセージに『今日は紅葉も手伝ってくれたのよ♡ 初めての愛妻弁当ね♡』と書かれている。


「楽しみだな~。『愛妻弁当』」

「なっ……、お母さん!!」


 四季はまた、裾を掴む紅葉を率いるようにして足を進めていく。


(全てバレてしまった……)


 対する紅葉は、羞恥で顔を赤くしながら、その後ろをトボトボとついていくのがやっとだった。



♢    ♢    ♢    ♢



「……はい」


 紅葉は、不貞腐れた様子で、だがしかし少し照れたように、四季の前に弁当を用意する。その傍らには、百合子が持たせてくれたおにぎりと、そして小さなグリーンサラダを添えた。


「……確かに、百合子さんじゃねぇな」


 四季の目の前に広がっているお弁当は、少し焦げたウインナーに、まるまるつやつやとしていない、でこぼこな卵焼き。お世辞にも、美味しそうとは言えない、少し水気が多いポテトサラダ。不揃いなきんぴらごぼうの人参たちに、良くも悪くも「手作り感」が漂っている。


「文句言うんだったら食べなくていい!」


 そう言って、紅葉が四季の目の前に広がったお弁当を取り上げようとするも、四季は紅葉の手から逃れるように両手で弁当箱を掴み、それを自身の方へと手繰り寄せた。


「嫌だ。これは俺の」


 そして、いただきます、と礼儀正しく手を合せ、卵焼きにかぶりつく。

 紅葉は、四季の咀嚼をただ黙って見ていた。手に汗握る瞬間とは、まさにこの時のことを言うのではないかというくらい、長い時間が経っているような気さえする。


「……うん、上手い」


 四季はそう言って、次々と口へと運んでいく。紅葉はその様子に呆気にとられながらも、ご飯粒を口の端にくっつけている四季を見てふふっと笑った。


「四季、ついてるよ」


 紅葉はそう言って、四季の頬に手を伸ばす。しかし、目の前に座る四季が、目をまん丸にしている様子を見て「あ」と言って慌てて手を引っ込めた。


「ご、ごめん」


 なんて大胆な行動をしてしまったのか、と思い、紅葉は浮かせていた腰をすとんと下ろした。幼馴染みとはいえ、仮にも殿方の唇に触れようなどと、はしたなかったかもしれない。


 昨日の出来事以来、こういった些細なことが気になって仕方がない。

 前に四季が寝ぼけて紅葉の事をベッドの中に引き摺り込んだことも、元はと言えば紅葉が四季の布団をめくり上げようとして起きた事故だ。

 仮にも寝ている殿方の寝室に入ろうなど、淑女のすることではないのではないか。


 ——ああ、考えれば考えるほど、四季との接し方が分からなくなる。


「……取ってくれよ」


 紅葉が悶々と頭を悩ませていると、、目の前の四季の声が聞こえてくる。

 そちらを見てみると、四季はその紅葉の心情を知ってか知らずか、目を閉じて静かに紅葉の手を待っている。


「え」

「自分じゃわからん」


 ほら、早く、と急かす四季の勢いに押され、紅葉はゆっくりと四季に向かって手を伸ばす。


(四季の睫毛って、こんなに長かったかしら。唇も薄くて血色いいし、鼻筋も綺麗ね……)


 これまであまりまじまじと四季の顔を見てなかったのか、今更ながら「案外イケメンかもしれない」という事実を突きつけられる。

 雑念を排除するようにふるふると頭を振り、四季の肌をぎりぎり触れるか触れないかの所で、無事米粒を回収し、紅葉はホッと胸を撫で下ろした。


「はい、取れた」


 その紅葉の声を合図に、閉ざされていた四季の目がゆっくりと開かれる。

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