抵抗する者《リゼスト》
「動き出したか」
そこは光ある白き空間。
そこにゆらりと霧のようなモヤの様なヒトの形が揺らめきながらそう呟いた。そのヒトの形だけではなく、他にもヒトの形は存在している。だが、どれもあくまでヒトの形をしているだけで容姿や明確な形は分かることはない。
「件の荒神が動き出した。前回は予想外の介入があり、振り出しに戻ってしまったが――――――――次こそは確実に仕留めなければ」
「適任は私でしょう。前は魂そのものをトドメ刺す前に邪魔が入りましたが―――――」
「あっはっはーっ!天女如きが黙っててよ。正直、適任と思ってるのは確かだけど―――――――君の実力な訳ないでしょ!バッカだなぁ!」
「―――――なにをっ!」
「事実でしょー!そもそも君自体弱いし、ただその二振りの得物の恩恵があってこそ。借り物のクセして我が物顔の様に使って実に滑稽さァッ!」
「おのれ―――――」
「言い争いはよせ」
若く清楚な乙女の声と同じく若く陽気な青年の声が言い争いになるのだが、巨大な存在がそれを仲裁に入る。互いに大きな力で攻撃しようとするのだが、それだけでも被害は大きくなるのだ。
「しかし、件の荒神は底知れぬ。まだ姿現さぬ獣がどういう脅威か、どれほどの数がおるのかも分からぬ。我々が確認したのは、『鬼』と『龍』のみ。願わくば、他の獣は人類に害無きことを思いたいが―――――」
「まー、器さえ壊せば問題ないっしょ?」
「最初から既にやってはいる。が、全て失敗に終わったのだ。それ故に我々に任されている。彼奴らは恐ろしく強い。だが、止めねばならん。倒すのが無理だとしても封印はしなければ―――――――――この世の人類の為に」
そのモヤは重々しくそう言うのだ。周りもその認識に相違無いのか横から口を出す者はいない。
「しかし、奴を―――――――特に『鬼』を倒せる可能性があるのは、君しかいない。現に、前回は瀕死まで追い込んだ」
「承知致しました。次こそはアイツの首を」
「けどさぁ〜問題は『鬼』を倒した後でしょ?どうすんのさ。アレは――――――――『龍』はヤバ過ぎる。あの時、全滅していたのは確実に人類だったよ。むしろ、この現象は我々にとっても幸運だ。誰の差金かはわからないけど、ね」
その言葉に誰もが深い沈黙を生み出してしまう。中には何故この状態になったのか分かりはしない。本来ならば、人類は敗北したのだ。だが、それが無かったことなっている。それは何故かは知る由もない。
「『龍』については策は封印のみしかあるまい」
その言葉を最後に、この会合は終了するのであった。
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「次こそは――――――必ず」
そこは何処にでもありそうな一般的なホテルの一室。光の衣に纏われていた繭から花が咲くが如く現したのは、一人の少女であった。
和の衣装を纏い、長い黒髪を降ろした絶世の美少女だろう。そして彼女の背後には柄と鍔の無い二つの太刀が刃を外に向けて浮遊している。まるで彼女の翼の様に付き従うかの彼女の愛刀だ。
「借り物か」
ちらりと浮遊する二振りの太刀を横目に見る彼女は先程の言葉に反論しようと思ったが、しかしそれは改めて思うとその通りであった。
己は結局、天女という天に仕えるだけに過ぎない存在だ。だた天女なのに力と地位があるのは彼女自身の実力もあるかもしれないが、やはりこの二振りの太刀が規格外過ぎであり、彼女自身でしか扱うことが出来ない神刀である。だからこそ、強力な二振りの太刀――――――宝剣を唯一扱える彼女は天女の中でも最高位の地位を有しているのだ。
「相応しく、ないな…………私は」
冷静になれば、その言葉は正しい。自他共にそう感じる事はあった。しかし、だからと言って彼女がすべきことを放棄することは出来ない。
「あと少し――――――あと少しで、あの男の首を」
斬り落とせたのに、と自信のない言葉を溢してしまう。彼女は拡散して散ってしまった繭から離れ、洗面台へ向かい、目の前の鏡で己自身を見つめる。
「――――――はぁ。なんでアタシなのよ。しかも前に討伐した実績があるからって理由で…………ふっっっっざっ、けんじゃないわよぉぅ!!!」
乙女は激怒した。
「そもそもアイツなんなのよっ!!!言いたい放題いいやがってっ!!!ただ傍観して最後にはあっさり秒殺されてたじゃないっ!!!お前よりかは仕事してるわ、ボケェっ!!!」
乙女は、近くにあった石鹸をカコーンっと投げ飛ばした。勢い良く投げられた石鹸はパチンコの玉の様に辺りを弾かせて――――――――――乙女の後頭部に激突してしまう。
ゴフッ!?と乙女らしからぬ声を上げながら乙女は後頭部を抑えながらその場で蹲ってしまった。そしてコロンと横に落ちるは彼女の投擲により拉げた石鹸が―――――。
「―――――――はぁ、辞めたいこの仕事。アタシだけでしょ。本来なら、天女―――――――天使として、営業とか外回りするだけで良かったのに………………あぁ、人間に戻りたいなぁ」
彼女は、元は人間でもあった。今は懐かしき記憶。天女の彼女は、ある命により人間界から人間へと成りある存在を討伐しに舞い降りた。そして後に伴侶となる者と共にその存在を討伐し、暫しの休息が与えられたのである。
「人間の時のアタシ、幸せだったなぁ」
しかし、人間の彼女と天女の彼女は同一人物という訳ではない。既に人間の彼女はこの世を去り、残ったのは天女の彼女のみ。天女から人間へは、形だけならば難しくはない。だが、中身までは不可能に等しい。それ故に、人間界へ舞い降りたその時には人間の彼女が生み出されたのだ。一種の二重人格。だが、正直な話を言ってしまえば人間の彼女は暴走したのである。様々な事はあったものの、この世を去り天女へ戻った彼女は人間の彼女との記憶を引き継いでしまっていた。けれども、悪くはなかったのだ。夢の中で自分じゃない自分が幸せに暮らす――――――それが何より、人間だったら有り得た未来が彼女によって天女である事を苦しませている。
「結局、あの人が選んだのは―――――――アタシじゃなくて、人間のアタシだったけど」
寂しそうに呟いた天女は、漸く己の仕事へ向かおうと脚を一歩前に出そうとするのだが――――――――――その足元には先程怒りに任せ投げ、見事に頭部に激突したあの石鹸であった。
無論、その上に足を載せてしまえば言うまでもない。
「―――――――――――あだっ!?」
コントの様に、そのままひっくり返った天女は部下の天女に発見されるまで目を回して気絶してしまうのであった。