短編 ジャンプ台の朗読者
こんな鉄の塊が飛ぶはずも無い、なんて昔の人が言っていたのも分かるよ。俺だってこの装置で飛ばせる事が奇跡だと思ってる。重量、加速度、射出角。全部をマニュアルでやろうなんて気が狂ってるとしか言いようがない。だが、完全制御式のリニアパッドが如何に優れていようと、俺はカタパルトを……コイツを愛してる。普段はこの通り冷えてるけど、熱いヤツなんだ。
――射出班班長
「昼飯時だ。食い荒らしてこいよ、腹ペコ王女」
最終シークエンスに余計な一言を足せるのは、このレバーを上げる者だけの特権だ。
無事に戻ってくることを祈ったり、搭乗者を落ち着かせるための言葉なんてのは無責任だ。俺たちが戦えないから代わりにやっているだけで、本心から戦いを求める者は少数派だろう。
自分たちの生まれ故郷を守るという大義名分があるからこそ、顔の見えない相手を殺せる。
防護ガラス越しに射出用のレールを眺めながら自問自答する。
これで最期となるのなら、なんと言って送り出して貰いたいか。
重い言葉、他者の願いを押し付けるような言葉よりも、鼻で笑うような言葉のほうが良い。
だから俺は「クサいセリフ」を投げかける。
戻ってきて「アレはどういう意味だ」と言われることは多々あるが、変えるつもりはない。
戻ってくる理由のひとつに「苦情」が追加されたところで生存率に直結する訳でもない。レバーを下げながら目の前に集中する。
射出時に放出された大量の水蒸気が換気されていき、暖気していたブースターの残す青白い、まっすぐな虹も消えてゆく。
手元のパネルを操作して再冷却を開始させる。約120秒の間に次の機体を"ジャンプ台"へと乗せなければ、先程送り出した者が帰らぬ者となる。待機中の搭乗者へとアナウンスしつつ、椅子の背もたれを軋ませる。
磁気干渉式射出装置はエネルギー充填が完了すれば本人のタイミングで飛び出せる。発射のためにわざわざ一手間をかけるのは無駄でしかない、という上層部の声に耳を貸すつもりはない。
興味のない者からすればどちらも一瞬の出来事だろうが、俺達からすれば全くの別物だ。
自らの意思で飛び出すのと、他人から背中を押されるの、どっちがマシだと?
自分の手で相手を終わらせる、その重荷を少しでも軽くしてやれるのは周囲じゃないのか。
次の機体が格納庫からこのエリアへと搬送されてくる。エメラルドグリーンに塗装された機体が回転灯のオレンジ色を反射しつつレールの上へと収まる。冷却は70秒後に完了だが、俺にはやるべきことがある。
「今日こそは、笑えるものをお願い」
スピーカーから聞こえてくる音声。初出撃の時はあれほど躊躇っていたというのに、そんなものは微塵も残っていない。
戦闘が彼女を変えてしまったのだろう。平和だった日常も倫理観も、心も。
「まぁ、楽しみにしててくれ。準備を済ませるからな」
射出角の微修正、機体重量に合わせた出力設定、機体の半固定とチェック項目を点検する。ミスは許されない。
「こちらの準備は完了しているから、早めにして頂戴」
もし笑ったらひとつ質問に答える。二度目の戦闘終了後に彼女と交わした約束だが、笑わせるつもりはない。
勝ってしまったら聞かなければならない。無事に戻ってくるための理由がひとつ減る、それが怖かった。
機体を改めて確認する。数度の損傷は整備班の修理により完全な状態へと戻されており、どこに被弾したのか素人目には分からないだろう。パネル上に表示される"翡翠の鞭"の文字とチームの退避完了を告げるサインが点灯する。
「さて、そろそろ時間だな。歯は磨いてきたか?」
「なぜ?」
不思議そうな声に自信満々で応える。
「凶悪な王子様とキスするかも知れないからな。魔法が解けないように避け続けろよ、緑色のカエル姫」
射出の瞬間に聞こえたノイズ混じりの声は、間違いなく「クソッタレ」と言っていたが、センスの無さは戦闘後に好きなだけ罵ってくれ。クールダウンシークエンスを開始させながらモニターへと目線を移す。
液体窒素の水たまりを作りながら飛び跳ねるように移動していく機体が、最初の獲物を仕留める。止まって動くという繰り返しは自動補足機構の天敵だが、手動式の熟練兵が居た場合にはただの的となるかもしれない。その危険性は本人も分かっているだろうし、当たらないだけの操縦技術を持つからこそ出撃できる。
ブーストの瞬間を狙われないよう操作し続けるのは簡単なことじゃない。彼女がおまじないのように唱える言葉がそれを可能としているのだろう。
深く、考えて、繋げる。
脳波の接続強度を高めるためのフレーズは搭乗者により違うらしい。しかし、出撃前に聞けるのはレアだ。
出撃命令の最後は中々難しいお客様だ。なにせ、自分から喋らない。彼女のお気に召すかどうか分からないが、出来る限り強めに後押ししてやる。
「今日の調子はどうだい、お嬢ちゃん」
「――――」
「だんまりってことは問題なしだな。冷却中だから少しだけ待っててくれ」
「――――」
やっぱり無言か。冷却完了までの60秒間で何かしら緊張をほぐしてやりたいが、何がお好みかはまだ分からない。
無音の砂浜の配置完了通知がポップアップする。
「あえてこちらも黙ったまま、というのはどうだ?」
「――それは嫌。楽しみにしてるの」
リニアパッドはうるさすぎるからイヤだ、とわざわざカタパルト射出用の器具を取り付けさせた変わり者。
彼女が操る機体の特性からしても、癖が強い。
「小さなファンがまた1人、か。嬉しいね。あと……40秒だ」
「――――」
呼びかけには応じない。
「機体名を考えているヤツに文句を言い続けているが、アイツも俺のファンらしい。どうせこれも聞いてニヤニヤしてるだろうさ」
「――――」
お前のことだ、開発主任。回線はクローズしているように見えるが、味方に対して偽装していてもおかしくはない。
「さて、シンデレラの話は知っているな?」
「――――すき」
「じゃあコレにしよう。準備はいいか?」
「できてる。……はやく」
急かす彼女へと告げる。残り20秒。
「探すほうが気の毒になるな。元々は靴の形だったんだろうが、こうまで粉々にされていると簡単には見つけられないはずだ」
「――――」
「片道だけのかぼちゃの馬車が、舞踏会までご案内するぜ」
「――――」
冷却は完了している。退避完了を再確認して、マイクの向こうで聞く彼女へとささやいた。
「お待たせしたな、鐘が鳴るまで逃げ帰ってくるなよ? 両靴脱いだシンデレラ」
失くし物の姫という開発名が却下されて、今の名前になったとアイツから聞かされている。
戦う前から「戦死」だなんて縁起が悪いという上層部の声も分かるが、俺は聞いたときから好きだった。ささやかな悪あがきが音声データとして、しっかり戦闘記録に残る。
作戦地域へと辿り着くなり白い砂を撒き散らす。ケイ素を主体とした粒が向こうのソナーを狂わせて、砂浜の奥に隠れた機体を視えなくさせる。赤外線の波を検知しての遠距離狙撃。到着までの時間差を先読みした狙撃が、外れたところをまだ誰も見ていない。
通信が入る。
「キミは気に入っているようだが、さっさと飛ばしてあげてくれ。私の傑作たちを一秒でも長く踊らせてあげたいのでね」
「……うるせえよ。お前がシンプルな名前を付けないからだろう。毎回考える時間が要る」
ため息。おそらくお互い同時に発しただろうそれが、一つに重なってヘッドセットから聞こえる。
「せっかく付けた名前で呼ばないのなら、キミのファンをやめてしまおうか?」
「……そいつは結構。アイツらの戦闘データ収集を疎かにするんなら、お前を生身のまま射出させるぞ」
「生憎、こちらには優秀な助手たちが居るのでね。私はこうやって新機体の開発に専念できるのさ」
開発ドックに置いてあった四足の話か。
「名前はもう付けたのか?」
「ああ、もちろん。パイロットも気に入ってくれている」
「また童話か?」
しばらくの沈黙があり、アイツの勿体ぶるような声が返ってくる。
「コウモリを追いやったのは誰か、とだけ教えてやろう。開発が完了するまでは内部機密だ」
敵の無人機に対抗するべく開発中と聞いている、あの機体のフォルムを思い出す。
四足に大きな一対の翼。獣の頭部を連想させるコックピット。
「最近"わざと"リニアパッドで飛ばしづらいのを作ってないか?」
「それは考えすぎというものだよ、"カタパルト狂い"。作ったものがたまたまカタパルト向きの構造なだけだ」
食堂で会ったら覚えておけよ年増女、と伝えて通信を強制的に閉じた。
戦況から察するに、もうそろそろ帰ってくる頃合いだろう。
「今日も全機帰還する。ハンガー内の余計な荷物を片付けろ。荒ぶったお嬢様たちが蹴散らしかねない」
エリア無線を流す。
「お疲れさまです」
個別通信が鼓膜に響く、整備班の担当員だろう。
「どうした?」
「それが……リニアチームが泣きついてきまして」
泣きつくとは何のことだ。
「待て。最近怪しいと言ってたが……まさか?」
「ええ。そのまさかです。次回出撃までに故障箇所の洗い出しが終わらないと、全機カタパルトでの出撃となります」
「勘弁してくれ。緊急発進時は向こうが8割飛ばしてるんだぞ」
カタパルトのみで15機を連続発艦なんて、時間がかかりすぎる。
「……彼女たちもカタパルトで飛んでみたいと言ってましたし、生で言ってみて貰いたい……らしいですよ」
頭を抱えた。即興で15機分の"飛ばし文句"なんて思いつかない。
「急いで直せ、直してくれ。うちのチームを半分回してもいいから、一刻も早く」
こちらの焦りはマイクとヘッドセットを通じて伝わったようだ。
「承知しました、良い報告をお待ち下さい。小さな小人の1人、通話終了」
ほぼ同時に、宙域からの戦闘終了報告が入る。
好き勝手に暴れまわったおとぎ話達が戻ってくる。彼女たちに対して短距離通信で呼びかけた。
「おかえり。言いたいことがあるヤツは今言ってくれ」
「緑色でカエルというのは安直すぎるわよ。それにこの子はエメラルドなの」
「腹ペコじゃなく倒したいだけなんだよね、聞いてからずっとおなか鳴ってたけど」
「――気に入った」
三者三様の感想を聞きながら、ハンガーへと招き入れる。
この声を一番最初に聞けるのも、俺たち射出班の特権だ。
お土産の2機をコンテナに詰めさせて開発エリアへと移送指示を出す。解析が進めば装甲の軽量化や新武装にも着手できるだろう。我々の任務は「本隊から離れた敵の迎撃」だけではない。
喰らいすぎた王女を整備班がわめきながら回収していくが戻ってきた事に一安心しているのだろう。他の2機も点検へと回され、搭乗者達がこちらへ向かって歩いてくるのが見える。
「お疲れ様。空気のない空の旅はどうだった?」
「おかげさまで、イライラしながら戦いに集中できたわ」
彼女たちの顔は機密事項扱いだ。フルフェイスの奥でどんな顔をしているのか少しだけ気になる。
「背中から撃たれるんじゃないかとヒヤヒヤしてたけど、今日もラッキーだった!」
「――――撃つはずない。撃とうとしてるのを狙ってる」
頭2つ分の身長差がありながら、小さい方が拳を振り回して抗議する。大柄な方はその頭を押さえつけて腕一本で制御する。
「まぁ、戻ってくれてなによりだ。報告を待ってるヤツらがいるから早めに向かってくれ」
手を振りながらブリッジへと向かう3人を見送り、自分の座席へと戻る。
彼女たちが戦場で死んだとすれば、誰の責任か。
撃った敵は「敵を倒さなければ自分が死ぬ」ので正当防衛だ。
自分の判断ミスで撃破されたのなら、搭乗者本人が悪いのかもしれない。
最初から射出しなければ死なずに済む。帰って来なかったヤツの最後の言葉を思い出す。
「ボクを変なところに飛ばしたら、チームでの『射出班』じゃなくて、やらかした方の『射出犯』だからね?」
彼女たちを殺してしまうのは、俺たちだ。
肉体的な死がまだ先の話だとしても、精神的な……心の死はすぐにやってくる。
それを先延ばしするための言葉を唱え続ける。冷却時間中はヒマだろうという"いいわけ"を盾に。
カタパルトが底面に格納されていくのを見届けてから、座席を立つ。
俺に言葉をかける者は、居ない。
以前上げたものを加筆修正しました。