ブラック・デビル
「すごい煙の量だな。ピアニス、君は大丈夫か?」
「ええ。私は大丈夫ですわ。しかし殿下、貴方は一応肺に浄化魔法を掛けておいてください。曲がりなりにもあの悪魔の煙草の煙ですので。」
「ああ。だが君はいいのか?」
「ええ。私には無用のものですわ。」
「そうか……しかし、ここはどうなっているんだ。あの外見からは想像できないほど広いな。」
「ええ。おそらく何かしらの魔法がかけられているのでしょうが、このような魔法、私は見たことがありません。」
会話をしながら、まるで王宮の回廊のような豪奢な道を進んでいくピアニスとアニス。信じられないかもしれないが、ここはブラック商会の中である。あのボロボロの外見とは打って変わって、商会の中は王宮を彷彿とさせるような豪華なつくりとなっており、どう考えてもあの小さな建物の見た目と中身が一致していない。
果てしなく続く回廊。だが、それは唐突に終わった。突如として一つの扉が二人の目の前に現れたからだ。扉からは大量の煙が漏れ出ている。
「ここのようですわね。殿下、覚悟はよろしくて?」
「君こそ。」
扉がギィィィと、古めかしい音を立てながらひとりでに開いた。
・・・・・
・・・
「真っ暗闇だな……煙も濃いせいで何も見えないぞ。」
「殿下、手を離さないよう。とてつもない何かの気配がします。」
「言われなくてもわかっているさ。先ほどからビリビリ来ている。」
お互い離れないように甘い煙に覆われた暗闇の中を進む。すると突如として辺りにあった篝火に火が付き部屋が明るくなる。だが依然として煙のせいで視界は悪いままだ。
警戒を高める二人。すると、煙の向こう側から一本の煙草が飛んできた。その煙草は黒く、まるで先ほどまで吸っていたかのような……
「ちっ、“アクア・ウォーター”!!」
アニスは急いで水魔法で飛んできた煙草に水をかけた。だが、水は全て蒸発したのにもかかわらず、煙草の火種は未だ消えていなかった。
「フンッ!」
するとピアニスが黒いタバコを踏みつけ、煙草の火は完全に消える。
「ピアニス、今のは。」
「ええ。煙草式魔法四式“ポイ捨て”ですわね。殿下、ナイス判断ですわ。」
「君ほどじゃないさ。」
「さて……そろそろ姿を現してくれても良いのではないでしょうか?私たちは招待客ですわよ?」
ピアニスがそう一声かけると、煙の向こうからパチパチパチと、硝酸の拍手が聞こえ、それと同時に黒い衣服を纏った長身の男が出てきた。男の目元にはかなり濃いクマが出ており、顔色が青白いにもかかわらず、張り付けられたような笑みを浮かべていた。
「ようこそ我が商会へ。御用入りのものは何でしょうか?」
「ブラック・デビル……」
おどけたように言う男に対するピアニスのつぶやきに、目の前の悪魔は口端を釣り上げた。
明日は就活のため休みます。