ヤニカスにとって灰皿はお代わりするものですわ
「フゥー……ああ、ダンスレッスン後のお煙草は最高に美味ですわ」
紫煙を吐きながらそう独りごちるピアニス。そんな貴族令嬢としてあるまじき姿に、幼い頃からピアニスを世話しているメイドはハンカチを涙で濡らす。そんなことを意にも介さずピアニスは
「ああ、ヘルゼ。もう一つ灰皿を持ってきてくださる?もう吸い殻で一杯になってしまったので。」
と、灰皿のお代わりを所望するのであった。
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・・・
さて、話は変わるがここで魔法についての話をしよう。
セレスティン帝国では魔法が日常的に扱われ、主に火、水、土、木、風の5つの属性の魔法が存在し、人によって得意な属性魔法は異なる。また、個人に宿る魔力量によっても使用できる魔法には差が出る。
また、この属性以外にも個人の潜在能力によって上記の属性から大きく逸脱した魔法を扱える者も存在する。ピアニスもその1人であった。
元々ピアニスは自信の身のうちに宿る魔力も潤沢で、5属性の魔法を限りなく極めており、セレスティン帝国の中では5本の指に入るほどの魔法の実力者であった。だが、彼女が煙草を吸い始めるようになってから5属性の魔法は使えないこともないが以前より格段に劣化していた。だが、その代わりに5属性から逸脱した魔法。煙草魔法が彼女の身に宿っていた。
頭脳明晰なピアニスは自身のみに宿る煙草魔法について研究を重ねた。その結果2つのことが明らかとなった。
1つは煙草魔法には体内に含有するニコチンを魔力の代わりに使用でき、体内の魔力量とニコチンで強力な煙草魔法の運用が可能であること。
2つ目はヤニカス度が高いほど強力な煙草魔法を習得できると言うことだった。
現在ピアニスが習得している煙草魔法は5つ。順調にヤニカスへの道を歩んでいる。
「あら?もう空になってしまいましたわ……」
空になった煙草の箱を哀しげに見つめるピアニス。そこへ老年の執事、メビウスがやってきた。
「あらメビウス。丁度良いところに。お煙草が切れてしまったの。新しいのございませんこと?」
「お嬢様、本日それで5箱目でございます。お体に触ります故そろそろ控えた方がよろしいかと。」
やんわりと、しかし毅然とピアニスを制するメビウス。だが、ピアニスはニヤリと笑うとこう言い返す。
「あら?お煙草は私の魔法の大事な触媒ですわ?これから魔法の修練をしようかと思っていましたのに」
これはあながち嘘でもない。ピアニスにとって煙草を吸うという行為こそ、煙草魔法の修練となるのだ。だが、これは建前で本当はただ煙草が吸いたいだけなのだが。
「……仕方ありませんね。この1箱で最後ですよ?」
「ありがとうメビウス!」
電光石火の速さでメビウスの右手から煙草の箱を奪い取り、危機として火を付け煙を吸うピアニス。その光景を見てメビウスはそっと悲しみの涙を流した。