たばこ臭い令嬢の何が悪いの?
「ごほっ……度言えば分かるのだピアニス!お前は18にもなって自分の身分を理解していないのか?!」
1人の豪奢な服を着た男が目の前にいる美しい娘を叱りつけている。彼の名はマイルド・セブンス。この国、セレスティン帝国の公爵家であるセブンス家の当主である。そして今現在彼が叱りつけているのは彼の3人目の子であるピアニス・セブンス。容姿端麗、頭脳明晰。貴族社会でのマナーも完璧にこなす彼女であったが、彼女には一つだけ欠点があった。それは
「だから……その口にくわえている煙草を止めろと行っているんだピアニス!!エッホッゴッホ……」
「いやですわ!!」
激しく咳き込むマイルドに対して煙草をくわえたまま毅然と反対の意を唱えるピアニス。そして流れるような美しい所作でなくなりかけた煙草を手製の携帯灰皿へと入れ、また新しい煙草を咥え、近くにあったろうそくで煙草に火を付けるピアニス。部屋の中は煙草の煙によって白く霞んでいる。
そう、彼女はヤニカスだったのである。
彼女が煙草を覚えたのはピアニスが社交界デビューをした16歳の時。社交界へデビューしたのはよいものの、容姿端麗で完璧な彼女に話しかけてくる貴族の嫡男のそれは多いこと多いこと。
少し休もうと会場から抜け出すも、抜け出した先で偶然を装って話しかけてくる男の数は数知れず。この一時も気が休まらない状況に嫌気のさしたピアニスはとうとうストレス解消の手段として煙草に手を出した。
通常、貴族令嬢が煙草を吸うなど御法度中の御法度。貴族令嬢が煙草を吸うなど非常識極まり無い行為であったが、ストレス解消によいと平民達の間では数多く流通していたため、ピアニスは迷いもなく煙草を吸い始めた。
当然煙草を吸い始めたピアニスに父親であるマイルドは激怒。なので今もこうして煙草を吸うピアニスに対して説教をしているのである。
そんなことを意にも介さず、煙草を止めろと説教をする父親の目の前でぷかぷかと煙を吐くピアニスに対して温厚なマイルドもとうとう堪忍袋の緒が切れたらしく、ピアニスに向けて右手を掲げた。
「蒼き水龍よ、一切の汚れを流し賜え!!」
マイルドがそう言った瞬間、マイルドの頭上には水で出来た龍が現れた。そう、魔法である。この国において多くの民は魔法を使え、その中でも強大な魔法が使える物が貴族となっている。
そして、今まさにマイルドが放とうとしている水の龍は、マイルドの得意な水魔法、“水龍の呪文”である。この術はあらゆる穢れを取り払い、対象に二度と汚れが発生しないようにしてしまう、浄化を得意とする水魔法の最上位に位置する魔法である。この魔法を受ければ、煙草に汚染され、ヤニカスとなっているピアニスはもう一生煙草を吸うことは出来ないだろう。そうなればピアニスはまた息の詰まるようなストレスだらけの生活へと逆戻りしてしまう。
だが、水龍が目の前に迫ろうともピアニスから余裕の表情は消えず、短くなった煙草の煙を一つ吐き出すと、笑みを浮かべてこう言った。
「あら……わざわざ煙草の火を消すための水を用意してくださるなんて……お優しいお父様!」
そう言ってピアニスは煙草を持つ左手を水龍に向かって差し出した。そして
「煙草式魔法一式“根性焼き”!!!!」
ピアニスが呪文を唱えた瞬間、ピアニスの持っている吸い終わった煙草の火種が急激に温度を上げ、火種の色は通常の赤色から、より高温である白色へと変え、煙草の周りではピアニスの姿が歪んで見えるほどの陽炎が発生している。
そして、マイルドの水龍と煙草の火種が激突し……
「ば、馬鹿な……」
水龍は跡形もなく蒸発し、消えてしまった。
「お話は終わりですかお父様?では部屋へと戻らせていただきます」
そう言ってピアニスは火の消えた煙草の吸い殻を携帯灰皿へとしまい、貴族令嬢らしい礼をしてマイルドの自室から立ち去った。
そしてピアニスは自室へと戻り、陶器で出来た灰皿を執事に用意させ、また新たな煙草に火を付ける。
(はあ……どうしてストレス発散のために煙草を吸っているのに、それを咎められなければならないのかしら?これじゃあますますストレスがたまる一方だわ。)
小さくため息をつくピアニス。先程父親であるマイルドとの口論でストレスがたまったのか、いささか煙草を吸うペースが速い。
(そうですわ、貴族令嬢が煙草を吸ってはいけないなんて習わしもう古いのだわ!こんな習わし私が覆して見せましょう。)
そう決意し、ピアニスはまた新しい煙草に火を付けた。