テトラ
テトラとの出会いのエピです。ちょい長めになっちゃいました。
きっかり2時間後。
ミーシャに叩き起こされた文殊はいつものようにふら~っとでかけていった。
フラフラと歩く文殊を見送っていると、いつものようにあちこちの塀垣からわらわらと猫たちがあらわれ、文殊の足元に纏わりついていた。
「やぁ、おはよう、じょーくん。今日も立派なヒゲだね。おや、今日はミケくんいないのかい?・・・っととと、トラくんあぶないよぉ!」
口々に、なーなーとかにゃーごとか思い思いの声を上げる猫たちをまとわりつかせたまま、文殊は角を曲がって見えなくなってしまった。
「アヤさんが見たら怒るね、フフッ。」
つい声に出していってしまった私にテトラがタイミングよく「なー・・・。」と答えた。
文殊は、特別猫が好きだとか言わないが、昔から猫にめちゃくちゃ好かれるのだ。
猫のことを構わない人を猫は好む、というが、父さんは体臭がマタタビ臭いとか、そういうレベルなんじゃないかな?ミーシャは真剣にそう思っていた。
アヤさんは、そんな文殊の猫に好かれる体質に惚れたのではないかとさえ思っている。
『この人と居れば一生猫切れしない!』とか言ってそうだ。
家でもいつの間にか文殊の周りに猫たちはくつろいでいる。そして、ルナとソルは文殊がどこからか連れてきた猫だった。
連れてきたと言うか、気がついたら、居たらしい。
今はルナとソルだけだが、一時期は他に5,6匹猫が家に居たこともあった。わりと自由に猫が出入りする家だったので知らない猫がいることにはあまり違和感がなかった。たまにしか帰ってこないアヤさんも猫が増えてると狂喜乱舞してたしね。
そんな中で、唯一テトラは、私が保護した猫なのだ。
***
テトラとの出会いは、数年前。
そこら中に被害を撒き散らした大型台風の去ったあと、ぐちゃぐちゃになった庭の片付けをしていた時だった。
それは何の前触れもなく、ぽとん、と空から降ってきた。
たまたま庭には、くまででかき集めた草の山ができていた。
そのど真ん中に、ぽとん、と落ちてきたのだ。
最初何が落ちてきたのかわからなかった。
片手ほど、ハムスターくらいの大きさだったそれは、草の中でうごうごする黒い塊にしか見えなかった。
動いているのを見て、はっと我に返ったミーシャは慌てて草の中からそれを拾い上げた。目も開いていない、ちいさな仔猫だった。
小さな小さな声で一度だけ「なー。」と鳴いた。
仔猫を拾い上げたミーシャはとりあえず空を見た。その仔猫は空から落っこちてきたからだ。
しかし、台風一過の空は雲ひとつなく晴れ渡り、雲ひとつ、鳥一匹も飛んでいなかった。
ゆっくりと手の中のそれに目を戻すととたんにとんでもないことになっていることに気がついてミーシャは慌てた。
「どどどどどど、どうしよう!!!!これ!!!」
とりあえず叫んでみたが、家にはミーシャが一人だけ。
父も母もすでにでかけてしまっていた。
とりあえずべとべとで草だらけの仔猫をタオルでくるみ、近所の(といっても2キロほど離れてる)動物病院に駆け込んだ。
仔猫を手のひらに包み込むように抱えて、全速力で走って向かった。
洗ったり拭いたりすることすら怖くて、一刻も早く動物病院でみてもらおうと思ったのだ。到着する頃には、ミーシャはヘトヘトの汗まみれになっていたがそんなことは気にならなかった。
動物病院で子猫を診察してもらい、生後5日と言われた。
空から落ちてきたことに不安があったのだが、落ちた場所が良かったようで子猫に外傷などがなかったことにミーシャはホッとした。
先生は、「この子鳴かないね。もしかしたら喉、だめなのかも」と怖いことを言った。
仔猫は空から落ちてきた、と伝えたのだが、先生は笑って、カラスか何かが咥えてきたものがたまたま落下したのだろう、と答えた。
そんな事があるのだろうか?
診察後、親猫を探すのは困難ということでミーシャが保護することになった。
少しでも人間の匂いがついてしまった仔猫は育児放棄されることが多いのだという。目も開いていない仔猫なのに、育児放棄されるくらいなら私が世話をしたい、とミーシャは思い、連れて帰ることにしたのだ。
家につくまで、仔猫は一言も鳴かなかった。
まるで声を出したら、捨てられてしまうかのように。
病院で必要なものを聞き、ついでにそこで買えるものは購入して家に帰ったあとは、ひたすら子猫のお世話モードに入った。子猫は数時間おきにミルクを与えなくてはいけない。排泄の世話もあるし、寒さや暑さの調節もミーシャが一人で行った。
知らないことだらけだったけど、動物病院に聞きながらなんとかこなした。
最初は警戒していた先住猫たちも程なくして面倒を見てくれるようになったことがとても助かっていた。特に排泄の世話は、人間にはわからない加減があるようで、猫生が長いルナが完璧にお世話をしてくれていた。
ただ、お乳は出ないようで、ミルクはミーシャの仕事になった。1時間おきにシリンジでミルクを飲ませる。朝から晩まで。
ちょうど夏休みだったことが幸いした。寝不足でフラフラになったけど、みるみる大きくなっていくチビ助を見るのが楽しかった。
テトラはまだ、全く鳴き声を上げていなかった。
本当に、喉がだめになっちゃったのかも、と心配していた。
何かとマメマメとお世話をしてくれるルナとは対象的にソルは一切チビ助には近寄らなかった。それどころか、チビ助がよちよちソルに近寄るとダッシュでチビ助が近寄れない場所に移動していた。
あっという間に2ヶ月が過ぎて、小さな塊だったチビ助が、ちょこちょこ歩き回るほどに大きくなっていた。
動物病院で診察を終えた私は、病院のスタッフから、声をかけられた。
「里親募集の張り紙を貼る?」と。
保護して、ある程度育ったら里親を探すつもりで名前をつけず、チビ助、と呼んでいた。
里親を探す方向で家族とも話していた。
しかし。
2ヶ月、お世話を続けてきたミーシャは、チビ助に愛着が湧いていた。
「里親探すなんて、この子を手放すなんて、無理だ。」
今更1匹増えたところで何も変わらないだろう。
2匹が3匹になるだけだ。
早速父母と交渉し、白黒ハチワレでタキシード柄のチビ助は、晴れて白井家の一員となった。
名前は、テトラに決めた。
なんとなく、頭にぽんっと浮かんだ名前だったのだ。
「君は今日から、テトラね。」
何気なく、ミーシャはチビ助に声をかけた。
「なーぉ。」
気のない返事をしたテトラ。
拾ったとき以来、初めて声を出したのだった。
「!!!・・・声、出たね!よかった!!」
喜ぶミーシャをしり目に、いっちょ前に毛づくろいをするテトラ。
こうして、テトラはミーシャの相棒になった。
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