父・文珠
「へぇ、喜屋戸町史か。面白いね、どこにあるの?」
今日はいつもよりも少しだけ早く帰宅した父・文珠が楽しそうに言った。
歴史の何が面白いんだろうか?ミーシャにはその面白さはわからない、とうそぶくとハハハ、と笑いながら文珠は続けた。
「そういう一見つまらない町史の中に、思わぬ発見があったりするんだよ。」
文珠の仕事は研究である。
といっても、何の研究をしているのか、ミーシャはあまり知らなかった。
知っているのは、母・文子との出会いがその研究絡みだ言うことくらいだ。
何でも文珠の研究を取材に来た文子と取っ組み合いの喧嘩になったんだとかなんとか。その事を詳しく聞こうとしても必ずはぐらかされる。
世の中には誰にも知られたくない過去の1つや2つあるものだ。よっぽど恥ずかしい過去なのだろうとミーシャは勝手に納得していた。
ミーシャは図書室からそのやたらと重くて分厚い喜屋戸町史を持ってきた。やっと配置に納得して、本棚の肥やしになるような部分に収めたのに、こんなにすぐに取り出すハメになるとは。
ミーシャは声に出さずに悪態をついた。
声を出していないのに、ルナがニャオン、と相槌を打った。そのタイミングの良さにミーシャの頬は緩み、うふふ、とルナの頭をなでると足取り軽くリビングに戻るのだった。
「ほぉ、これは・・・。」
手に取るやいなや、一人がけのソファにどかり、と座った文珠を見て、ミーシャはしまった!と思った。
今日は、入学式の話や『となりのにゃにゃみ』や『いーんちょー』の話もしたかったのだ。
文殊がその日のうちに帰って来ることはめったにない、ひどいときは家にも帰ってこないことも多い。そんな文珠とゆっくり話ができるチャンスだったのに。
ミーシャは文珠のことが大好きだった。
高校生にもなって父親が大好き、というのは気持ち悪いだろうか?普段ほとんど一緒にいることのできない親子だから、もっともっとかまってほしいのだ。
子供っぽいと言われても構わない。
ミーシャはそう思っていた。
すでに喜屋戸町史に没頭している文殊をちらりと見ながらミーシャは珠子に声をかけた。
「おばあちゃん、父さんもうだめだー。父さんのご飯はサンドイッチにしちゃおう。」
「文珠さんどうしたんだい?仕事があるのかい?」
今日は珠子が晩ごはんを作ってくれていた。
珠子は料理上手だ。ぱぱぱっと魔法のようにおかずがあっという間にできる様は何度見ても楽しいとミーシャは思っていた。
そんな料理上手の母を持つアヤさんは、お約束だが全く料理ができない。白井家のお料理担当は必然的にミーシャとなっていた。
「父さん、本の世界に旅立っちゃったから、読み終わるまで帰ってこないよー。」
ため息をつきながらミーシャは言った。
「サンドイッチなら食べられるのかい?」
「手元に置いとけば、自動で口に運んでくれるみたい。片手で食べられるもの限定だけど。」
「じゃあ、タコス的なものでも大丈夫そうだねぇ。」
ニコニコしながら珠子は台所に戻っていった。
十蔵は焼酎の瓶とグラスを持っていたが、グラスを1つ、棚に戻して自分の分だけ作りだした。
「おじいちゃん、ごめんね。父さんと飲むの楽しみにしてたんだよね?」
「ん、まあ、いいさ。」
言葉少なく、十蔵は一人でちびちび始めていた。
アヤさんは、今日もどこかに行っている。 帰ってくるのは3日後の予定だ。祖父母は明日まで滞在する予定である。
まだ、知り合いのほとんどいないミーシャにとって今日は身内が家にいてくれることが心強かった。
どんどんページを捲りながら、時折メガネをぐいっと上げてその手でサンドイッチを摘みリズミカルにもぐもぐしている文珠を横目に見ながら今日出会ったクラスメイトと仲良くやっていけるだろうか、と思いを馳せるミーシャなのであった。
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