テトラ、侵入する
「キムリック王国で、本当は何が起こっているの?」
それは、ミーシャが猫の国に来てからずっと考えていたことだった。今まで猫の国にちゃんと滞在した人間はじいちゃん達以外にはいないようだ。これはワタルーンの研究結果も、父さんの話からも間違っていないと思う。ということはなぜ、今、ミーシャ達が猫の国に呼ばれたのか、何かトラブルがあったからなのではないか、とミーシャは考えていた。
ワタルーンは純粋にケイトさんに会いたいという思いがあるのだと思う。マミッコは巻き込まれ。でも私は?
ミーシャは、猫の国に来た時のことを思い出していた。
―私がここに来たのはテトラが連れてきたから。ならば私には役目がある?!
マミッコは多分巻き込まれ。ならば、なぜミーシャが猫の国に連れてこられたのかは聞いてはいけないかもしれない。
そう考えたミーシャは一人で猫の国の事情を知っていそうな猫に質問するタイミングを図っていたのだった。そのチャンスがやっと巡ってきた、というわけだ。あうはキムリック城にいたこともある。なにか知っているのではないか?そして、ミーシャたちにあうといおをつけたのもきっと偶然じゃない。
「…ミーシャ様、それは、いま私の口からお伝えすることができないのです。」
「どうして?」
「それはテトラ様が―」
「!!テトラ!」
あの日、猫の国に到着した直後からミーシャを連れてきたはずのテトラは姿を消していた。ミーシャはすぐにでもテトラをさがしたかったのだが、つぎつぎと都合よく進んでいく展開に、なんだか『テトラを探したい』とは言いにくくなっていたのだ。
「あうさん、テトラを知っているの?」
「はい。テトラ様は―」
あうはその続きを言うことができなかった。あうの言葉を遮って、小さな渦巻がミーシャの前に現れたのだ!
「にんにん!ミーシャ殿、またせたでござるな!」
「テトラ!」
「テトラ様!」
それはテトラだった。
紺の忍者装束に包まれて、その体は木の葉や泥で大分薄汚れていた。
「テトラ、泥だらけだね。」
「ぬぅ。いろいろあったのでござるよ。ミーシャ殿はご健在かな?にんにん。」
「うん、っって!いままでどこいってたの!私をほったらかして!もう!テトラひどい!」
ミーシャはテトラに駆け寄って、木の葉や泥を手で払うと、乱暴にテトラのあたまをぐりぐりと撫で回した。
「いたた、いたいでござるよ!にんにん!」
「もー!なんでにんにんまだ言ってるのよ!やめなさいよー!もー!」
ミーシャは半泣きになりながらテトラを撫で回すのをやめなかった。そのうちぐりぐりと撫で回す手をテトラの脇に入れぐっとテトラを抱きしめた。
「心配したんだからね…。」
消え入りそうな小さい声でミーシャは言った。あうはこの様子をオロオロしながら見ているしかできなかった。
「ミーシャ様…テトラ様…!」
「いやはや、ミーシャ殿は泣き虫でござるな、にんにん…。」
テトラが抱きつくミーシャの頭をぽんぽんと肉球で叩く。
「…にんにん禁止ー!」
「にゃああああ!」
テトラはそのままミーシャによって空中に放り投げられていた。
あうにより、軽く身繕いを済ませ、ティーセットが用意されたテーブルにミーシャ、テトラ、あうは座っていた。まだマミッコは絶賛猫脚バスタブ薔薇風呂を堪能中だ。多分1時間位出てこないんじゃないかな。サイベリアルのお屋敷でゆっくり風呂に入りたいと嘆いていたから。
「で、テトラは今まで何してたの?」
ずずずーっと丸い手でティーカップを持ち、なんとなく優雅な手付きでお茶を嗜むテトラにミーシャは聞く。
「うぬ。拙者は忍猫ゆえ、各方面の仕込みを少々でござるな。にんにん。」
「仕込みって?」
「うぬぬ、隠密の行ゆえ言えぬこともあるのでござるよ、にんにん。」
「じゃあ、なんで猫の国に来てすぐ私を捨てて消えたの?」
「いやっ、ミーシャ殿を捨てたわけでわござらぬ。疾くやらねばならなかったゆえ…にんにん。」
「私が無事かどうかよりも急ぐ用事があったの?」
「んにゃっ、当然ミーシャ殿無事が最優先でござるっ!バイタル確認後に移動したのでござるよ、にんにんっ。」
「…でも、放り出されたよ?ごろごろーって。」
「あああれは…あわてて手を離したら…いや、不可抗力でござるっにんっ!」
「ふーん、でテトラはどこに行ってたの?」
「ひ、秘密でござにんにーん!!!」
「あっ、テトラーっ!」
テトラは窓からぴょいっと飛び出してどこかに行ってしまった。
せっかくテトラに会えたのに。ついついからかってしまった!ミーシャは猛烈に後悔していた。
ミーシャはテトラを拾ってからずっと一緒に過ごしている。喜屋戸町に来てどこかに行ってる時間が増えたものの、1日以上離れていることはいままでなかったのだ。それが、猫の国に来てから今日まで3日も離れ離れだった。猫の国に来て、自分が猫に変身して浮かれていた事もあってテトラのことは少し考えないことが多かったのだがとはいえ、やはり寂しかった。心配だったしほんとうはテトラにもっと教えてほしかったのだ。
「行っちゃった。もー!どうしてどこかに言っちゃうの!テトラは私の猫なのに!」
ミーシャは思いっきりほっぺたを膨らませて悪態をついた。
「ミーシャ様、テトラ様は…逃げたのでしょうか?」
「あうさん!そう!いつもそうなの!私がギューってするとすぐどっかに言っちゃうの!私が一番可愛がってるのに!私の猫なのに!」
「えっと、はい、えっと。そ、そうですか。」
あうは明らかに戸惑っていた。ミーシャとテトラの関係がよくわからない。どのような間柄でどこまで踏み込んだ関係なのか測りかねていた。
「仕方ない!あうさん!あうさんが知ってるテトラのこと、全部喋ってもらうね!」
椅子を引きずってミーシャがあうにせまる。あうは反射的に後ずさりながら言った。
「いえ、テトラ様のことは禁止事項なので一切しゃべることはできません!すみません!」
「えっ!どういうこと?テトラって何者なの?」
「あっ、いやっ、それはっ…」
どもるあう。そこに1オクターブ高い声で鼻歌を歌うマミッコが入ってきた。
「ミーシャァ!おさきぃ!もぉ~さいっこうのお風呂だったよぉぉぉ。」
語尾までのぼせ上がったマミッコをみて、すかさず立ちあがるあう。
「それではっミーシャ様もお風呂をお上がりくださいませ!ささっ、すぐ準備いたしますっ!」
「あー!逃げたなー!あうさーん!!」
浴室へ逃げるあうを追いかけてミーシャも浴室へと消えていくのだった。
テトラ、久々に登場です!