金子少年の旅行記
「まぁみに近づくな、人間!!」
「ええっ?!」
フレンドリーなまぁみと最初に出会ってしまったことで,、金子少年は勝手に安心していた。猫の国の住猫たちは人間に対して優しいものだと。
しかしそんな都合の良い訳はなかった。猫の国の住猫にしてみれば我ら人間は異界人か敵かそんな扱いであることなど、ちょっと想像すればわかったのだ。
いま、特殊警棒のようなものを首に突きつけられた少年は、猫従者の人間に対する敵意丸出しの目を見て、そのことをひしひしと感じていた。
「あのっ、ボク、敵意はありません!」
とにかく言葉が通じるのであれば何かしら交渉に持っていけないかととにかく言葉を発してみた。が、首に当てられた特殊警棒は緩むどころかますます力が強く込められ、金子少年はジリジリと犬車から遠ざけられていた。
「まぁみにたいしての不敬罪。キムリック王国への侵入罪。キムリック王国住猫への暴行罪。それに人間罪。まだまだキリがない!お前は重罪人として連行しよう!」
「そ、そんな・・・。」
せっかく猫の国に来たのに、何もしない内に囚えられて牢屋に入れられてしまうのだ、と想像豊かな金子少年は早くも絶望していた。まだここに来て一時間も経っていないのに!
「まてぇ。わたるぅんを囚えてはならぬぅ。」
犬車の中からまぁみが顔を出していった。
「わたるぅんは王に用事があるんよのぉ。のぉ?」
「へっ?あっ!はいっ!そうです!!!」
何のことかはわからなかったが、金子少年はとりあえずまぁみの言葉に乗った。
―そうだ僕には、ここでやらなきゃならないことがあるんだ!しっかりしろボク!
金子少年は心の中で自分に喝を入れた。
「しかし・・・。人間をそのまま連れて行くのは、ちょっと・・・。」
明らかな嫌悪を表情に出しながら従者の一人が渋る。
「大丈夫じゃぁ。このものは『けぇ』のだ。」
「なんと、『ケ』のものですか!それはそれは。失礼しました。」
「???」
金子少年の頭には?がいっぱい飛んでいたが、ちょっと『ケ』について質問できるような雰囲気ではなかった。聞ける機会があったら逃さず聞こう。と心のメモに書き込んだ。
こうして『ケ』のもの?はわからないがそのおかげて、まぁみとの同乗を許された。まぁみと同じように従者猫に持ち上げられて犬車に乗り込むことができた。犬車の中は外見通り豪華だった。
扉が閉まると、ほどなくして犬が一声鳴いたのを合図に、犬車は動き出した。小さな窓から外の景色を見ることができたが、見える限り草原が続いていた。
「まぁみ、これからどこに行くの?キムリックのお城?」
「むぅ、そのつもりやぁよ?だがのぉ、先によらんならんとこがあるぅ。」
「時間かかるの?」
「やよなぁ。2、3刻かのぉ。」
1刻が2時間だから、約4時間かな。そんな計算をしながら、窓の外を眺めていると、遠くの方に乳白色の塊が見えた。
「あ、あれって・・・。」
「おぅ、あれがキムリック城やのぉ。」
なんだかこんもりしているなぁ、と金子少年は思った。お城ってもっと尖っていたりカクカクしているもんじゃないのかなどう見てもアレは白玉団子が山盛り盛られているようにしか見えない。
そう思ったらなんだかおなかが減ってきた。
―ぐぅぅぅ。
金子少年のおなかが鳴る。
「なんやぁ、ひもじぃのかのぉ。もうすこしやぁ、こらえやぁ。」
「もうすこし?キムリックのお城はあんなに遠いのに、もうすぐ着いちゃうの?」
金子はこれ以上おなかが鳴らないように両手で押さえながら、聞いてみた。外の景色の流れる速さを見ても犬車はそんなに早くない。せいぜい40㎞/hってところだろう。
この世界の交通事情が分からないので、これが早いのか遅いのか全く見当がつかない。
「いやぁ、城の前に寄るところがあるでのぉ。じきにつくでのぉ。」
まぁみのしゃべりかたはちょっとわかりにくい、と金子少年は思った。じきに、というのは多分もうすぐ、という事だと考えていた。
すると、おおきく犬車はカーブを描いて方向を城とは90度違う方に向けた。まもなく、犬の『きゃうん!』という声とともに、犬車が停車した。猫従者に促されるまま犬車を降りると、そこにはこじんまりとしているが手入れの良く行き届いている西洋風のお屋敷があった。
自分の家もそれなりに立派な西洋風建築だと思っていたが、それに比べると雲泥の差だった。風格の差、というか、歴史が違う、というか。どんな素人でもわかるくらいの威厳を放っていた。
「お城は白玉団子なのに、こっちのほうがよっぽどヨーロッパのお城みたいだな…。」
金子少年の考えていることは口からだだ洩れていた。
「なにっ?!キムリック城を愚弄するのかっ?!」
本心ではあまり金子少年のことをよく思っていないのだろう。小さなつぶやきだったのにもかかわらず、がっつり猫従者が食いついてきた。
「えっ、いや、そういうわけじゃなく…。お城は見たことのない作りだなぁ、と…。(おいしそうだと思ったことは黙っておこう…。)」
「ぬぬ。貶める発言ではなかったのか。では『シラタマダンゴ』は白くて美しい、という意味の言葉であろうな?」
「えっ?!まぁ、そうかな…?(おいしそうっていう意味ではあながちまちがってないしな)」
そんな会話をしていると、お屋敷からわらわらとメイド服や執事服を着た猫たちが10猫以上集まってきた。そして、入り口までの空間にきれいに整列し、何の合図もなく同時に45度の角度で礼をした。
「まぁみ、おまちしておりました。さぁ、どう・・・。」
執事の中でも見るからに老練な猫執事が前に出てきて言った。しかしまぁみの横にいた金子少年が目に映った瞬間、老猫執事の目が、ギュッ、と細められた。
「…人間ッッ!!!どこから来たっ?!」
ぐっ、と腰を落とし、左手を右腰の剣に添えていつでも物理的に金子少年を排除できる姿勢になった老猫執事は、離れていてもわかるくらいに殺気を放っていた。
「じぃぃ、これはぁ、穴から落ちてきたのやわぁ。それに・・・」
「何ですと?!穴から!では速やかに!!返還っ!!!!」
まぁみの言葉を最後まで聞かず、老猫執事は腰の剣を抜きはらった。
ビュンッ!
老猫執事が剣で空を切った衝撃が金子少年を襲うや否や、金子少年の視界がぐにゃりと曲がった。
そして、どんどんと歪みを増す世界の端でまぁみが老猫執事を叱る声をかろうじて聞き取ることができた。
「びゃー!あれはぁ『けぇ』のやぁ!」
「なんですとっ!ケイト様のっ!!まさかっ……」
金子少年に聞こえたのはここまでだった。世界の歪みはやがて渦に代わり、ぐるぐるまわる視界に意識を失いかけた瞬間、どさり、と喜谷戸町の猫空き地に落ちた。
「わたるんっ!!!!」
なみだでぐちゃぐちゃのかおをしたまみっこが金子少年にしがみついてきた。
***
「…で、ぼくはまみっこの鼻水ででろでろになった服について家に帰ってこっぴどく叱られたんだよねー。」
「最後のところ、いるっ?!」
いーんちょーは顔を赤くしながら怒っている。よく見ると小さなパンチが何発も金子航の脇腹に入っていた。特にダメージはないようだが。
「えー?じゃあ、金子先輩キムリック城には行けなかったんだねー。」
「そうなんだ。それどころか、前回は何もできなかった。」
悔しそうな顔をして、金子航は続けた。
「だから、今回はちゃんとお城に行くんだ。」
「その老執事猫さんが言ってたケイト様って?誰かの名前?」
ミーシャは気になっていた。まぁみが言っていた『けぇ』というのは、そのケイト様の事なのだろう。そして金子航に関係があるらしい。
「…ケイトは、ぼくの祖母だ。」
「おばあさま?えっ?じゃあおばあさまは猫の国にいるってこと??」
「確証はないけれど…ケイトはたぶん猫だ。」
キムリック城は、遠いです。