空き地は猫の集会場
ちょこっと直しました。
「ねぇ!ここ集会場よ!すてき!!ここに住みたい!」
ミーシャの母・白井文子が有刺鉄線で囲まれた空き地にの中で、ぐるぐる回りながら叫んでいた。
その空き地は、普通の一軒家分としては少し広め。大きな庭が取れそうな奥行きのある空き地だった。
手入れはされているのかいないのか、猫じゃらしがぼーぼーに生えていて、奥の方にぞんざいに丸太や建材が転がっている。その空き地のそこここでたくさんの猫が思い思いにくつろいでいた。
確かに、これは猫集会場というか、猫猫ランドだね。
アヤさんが興奮するのも仕方がないか。
自他ともに認める猫好きの母(アヤさんと呼ばないと怒る)だが、猫には嫌われるタイプだ。
猫が好きすぎて、猫を見るとずんずんと突進していく。
その上、猫たちの許可も得ずに触ろうとする、興奮しすぎて声が大きくなる、真正面から顔を鷲掴みする、肉球を揉みしだく・・・。
ほんと、猫に嫌われることしかしない。飼い猫ですら、3回に1回はアヤさんの気配がすると忽然と消えるのだ。
しかしどんなに嫌われても、足蹴にされても引っかかれても噛まれてもお構いなしなのがアヤさんだ。
我が家の3匹の猫は半ば諦めているようで不運にも捕まってしまった際には1分位は我慢している。そのとんでもなく嫌そうな表情を残りの2匹は無表情でながめる。
これが白井家の日常となっている。
そんな猫狂いとも言えるアヤさんが興奮している。さっきまでのダルそうな雰囲気はこの空き地により吹き飛んだようだ。ついでにそこここにいた猫たちもアヤさんの嬌声で1匹残らず消えていた。
「あれ?にゃんこたちどこに行ったのー?集会続けてー!ついでにわたしもまぜてー!」
「当分ここから動けそうにないな。」
こっそりため息をつく。
だって、アヤさんだから。
3月上旬のある日のこと。
ミーシャ達は朝早くからこの町に来ていた。
急に決まった父・白井文珠の転勤でこの町に引っ越すことになったからだ。
父は勤務先の挨拶に。その間に私とはアヤさんは住む家を探しながら、町の雰囲気を知るために散歩がてらぶらぶら歩いていた。
そんなに大きな町ではない。見たところなにか目玉になるようなものもない。村と言うには大きく、街と言うほどには発展していない。
そこそこの町。
不動産屋には町のあちこちの空き家を見せてもらったものの、なんというかピンとくる家がなかった。町もそこそこだけれど、その町にある家も全部「そこそこ」なのだ。
住居の選定を任されたアヤの顔がまたも曇る。
「んー、なんていうか、わくわくしないなぁ。ミシャちゃんどう思う?」
「ん。私も同じ。」
アヤさんだけが私のことをミシャちゃんと呼ぶ。嫌なわけではないが少し恥ずかしい。
「あのぅ、これでこの町の空き家は全て見ていただきました・・・。」
不動産屋さんは小さな声で言った。
「うーん、でもねぇ、ピンとこないのよねー。ひげが反応しないっていうかー。」
ひげ?あなたにひげはないでしょ!と突っ込みたい気持ちをミーシャはぐっと我慢する。
「そうなりますとぉー、うーん。一度帰って近隣の町の空き家も探してみますかぁ・・・。」
痩せ型の、ダブダブの作業着の左半分だけをこれまたダブダブのズボンに突っ込んだ、ちょっとだらしない風情のおじさんが、太陽の光を照り返す(つまりぴかぴかの)額に流れる汗を手ぬぐいでふきふきつづけた。
このおじさんは町に一つしかない不動産屋・喜屋戸ハウジングのおじさんだ。
そんなに大きな町じゃないから一つで十分なのだ。
「わかりました~。いいトコロ見つけて電話してくださいな。その間この辺をブラブラしてますねぇ~。」
アヤさんが間延びした声で言うと、おじさんは書類の束を掴みながら、ちっちゃいコロコロとした車に乗って帰っていった。車はノロノロうごきながらポコポコポコと音を立てて住宅街の角を曲がっていった。
この町は制限速度が8kmとかなのかな?
走ったほうが早そうな速度で動いていく。
よくあれで怒られないなぁ。とミーシャは思った。
その日の午後、ポコポコ不動産のおじさんに隣町まで連れて行かれて見た物件も、この町と変わらず「そこそこ」の域を出なかった。結局どの物件も決定打に欠け、新居の選定は不発に終わってしまった。
アヤさんは悩んだ末に「一度持ち帰る」とポコポコ不動産のおじさんに告げると『どうしてももう一度猫集会を見たい!』とポコポコ不動産のおじさんに無理やりあの空き地へ連れて行ってもらった。そうしてアヤさんが納得するまで猫を追いかけ回すのを眺めていたらあっという間に夕方になっていた。
なぜか空き地に私達をおろしたあとは帰っていったはずのポコポコ不動産のおじさんが再びやってきたので(アヤさんが大事な書類を車に忘れていたせいだった)ついでに父さんの職場まで乗せていってもらうことになった。
車中でアヤさんがつぶやいた。
「はー、さっきの空き地、最高だわ~!無限ににゃんこが湧いてくる!!」
確かに、小1時間猫を追いかけ回すアヤさんと猫たちを眺めていたが、同じ猫はいなかった気がする。全部違う猫なら、この町猫の数多くない?20匹はいたぞ?
「あ~、確かに猫は多いですねぇ。地域猫っていうんですかね。この町の住人は猫には寛容なんですよ。喜谷戸町だけに。」
のんびりとポコポコ不動産のおじさんさんは答えた。
ポコポコ走る車は、ポコポコ言いながら角を曲がった。
「ああ~、あの空き地に住みたい!・・・そだ!ねぇ、あの空き地は借りれないの?!」
突然アヤさんが『いいこと考えた!』みたいに叫んだ。いやそれ、速攻で『その考え今すぐ忘れな!』って言われるやつ!
「あ~あの空き地ですかぁ・・・。まぁ、借りられなくはないんですけどねぇ・・・。」
不動産屋はあまり乗り気じゃないようだ。それに、空き地借りても住めないよ?
「あっ!じゃあ借りれるのね!ふむふむ。それじゃあ・・・。」
ちょっと考え込むアヤさんにおじさんが答える。
「えーっと、借りたい場合はですねぇ、地主と直接交渉してもらわないといけなくてですねぇ。」
「オッケーわかった!じゃあ連れてって!今すぐね!」
・・・ちょ、アヤさん?!
「ええっ!いますぐですかぁ?!うーん、先方に電話してみますけど今すぐはちょっと・・・。」
「いいからいいから、早く電話して!ほらほら。」
慌てるおじさんにお構いなしにアヤさんはまくしたてる。こうと決めたらガンガン行くのがアヤさんだ。アヤさんは結構強引なところがある。思い付きで動くし、どう考えても無理でしょ!って提案をしてくるのだ。しかし、その無理難題はいつの間にか解決されていることがほとんどで、なんだからよくわからないが、『アヤさんが本気出したらすごいんだから』だそうだ。
「ねーアヤさん、空き地には住めないよ?上モノないんだよ?」
私は、一応諌めてみる。まぁ、聞かないんだけどさ。
「うんうん、いいこと考えたから大丈夫!ミシャちゃんは見てて!」
「はぁー。もう。しらないよー・・・。」
父さんになんて言おうかなー。
先方さんに断られないかなー。
なんて考えてたら、電話口を抑えながらポコポコ不動産のおじさんが言った。
「あーうん、なんといいますか、今から会ってくださるそうです。どうしますか?」
「もちろん行くわよ!はよはよ!車出して!」
アヤさんはノリノリだ。
「はぁー。行くんですね・・・。わかりましたぁー。」
心底嫌そうなポコポコ不動産のおじさん。そうだよね、もう5時過ぎてるもんね・・・。
「あっ私はここで降ります!父にこのこと話してくるので。」
「ん!ミシャちゃんよろしくね!あとは任せてっ!」
「えー、めっちゃ不安なんですけど。」
まぁ、悪いようになったことはないんだけどね、超絶めんどくさくなるだけで!!
ポコポコポコと音を立てて町の上の方に向かって走り去ったポコポコ車を見送りながら、あの猫空き地に住む事になるのだな、とミーシャは確信を持っていた。
ポコポコカーで町の上の方に向かったアヤさんが、私と父さんが待つ駅に戻ってきたのは夜の7時を回った頃だった。小さな駅舎にくっついている喫茶店で私は特性ケーキセットを食べながら待っていた。
今日のケーキはレモンケーキ。自家製レモンが爽やかに香るとっても美味しいケーキだった。
父さんは私の話に適当な相槌を打ちつつ、難しい顔をしながら書類を眺めていた。そこにアヤさんが飛び込んできた。
「おまたせお待たせ!うまく言ったよ!家、おっけーよ!」
窓からポコポコポコと走り去るポコポコ不動産の車が見えた。
こころなしかふらついていた。危ないなぁ。
父さんは顔を上げ、
「ふぅん、よかった。さすがだね。」とボソリというと席を立った。
「ええー、母さんも特製ケーキ食べたい・・・。」
いやいや、もう時間ギリだから。
「明日、取材だろ、ギリギリだよ。」
「ふぁい。」
お腹を擦るアヤさんを引きずりながら店を出る。
すぐに電車が到着し、3人は帰路についた。
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