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荊の魔女  作者: 宵宮祀花
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解放の日

 遠くで、娯楽代わりに拷問に興じていた娘たちの罵声が聞こえる。この日も相変わらず臣民を使った遊びを楽しんでいたらしく、声の群は地下から地上へ向かっているようだ。複数人の足音と怒号に紛れて、硝子を金属の爪でを引っ掻くような、耳障りな金切り声が響く。


「いやっ! なにをするの!」

「この無礼者! 離しなさいよ!」


 豪奢なドレスや綺麗にまとめた髪を振り乱し、躾のなっていない獣のように暴れては、暴言を吐き散らす。それでも、彼女たちを取り囲む手は怯まない。ドレスを引き千切り、目の粗い安物のロープで縛り上げ、家畜の飼料を詰めるための麻袋に詰め込んで、城から運び出していった。

 夫人もまた、彼女の私室で娘たちと同じ目に遭っていた。我が子を理不尽に殺された、母親たちの手によって。

 妻や娘たちの叫び声を背に、領主はひとり地下道を駆けていた。城に攻め込まれた際に城主が使用する隠し通路だ。この道なら平民が知るはずもないと高を括っていたのだが、行く手を塞ぐ影に気付き、反射的に足を止めた。


「貴様……!」


 にやにやと嫌な笑みを張り付けた男――牢番が街の男たちをここに案内していたのだ。その手には相変わらず金貨が握られている。


「ふざけるな! 貴様ら、こんなことをしてタダで済むと思っているのか! 下賤の者が気安く私に触れるな!」


 手に様々な武器を握った十数人の男に囲まれては、いくら領主といえどもろくな抵抗も出来ない。唯一達者に動く口も、そのうちどこでなにに使ったものかもわからないような汚泥色に汚れたボロ布で塞がれ、領主は粗末な麻袋に詰め込まれて、地面を引きずる形で運び出されていく。

 この一部始終を離れた位置から薄ら笑いを浮かべて高みの見物をしていた牢番が、もうここに用はないとばかりに踵を返した瞬間、顔面に思い切り振りかぶったこん棒の一撃を受けて吹き飛んだ。


「ぎゃあっ!」


 飛んだ先は、不運だったかそれとも意図的にか汚水を流す地下水路だった。水しぶきを上げて落ちた牢番の体を、男たちが身長の倍近くある細長い木材で水底に押し付ける。


「汚らわしい金の亡者め!」

「よくも俺の兄弟を!」


 牢番は家族や恋人を囚われた者に「金を寄越せば見逃してやるから助け出すといい」と持ち掛け、牢に侵入したところを領主に通報して褒美を得ていたのだ。当然、見つかった者は魔女に手を貸そうとした悪魔の手先として処刑される。

 牢番は、檻の中から恨みがましく自分を睨む『罪人』の目を、金貨を撫でながら眺めるときの優越感がなにより好きな男だった。

 やがて暴れていたのが静かになった頃に木材を引き上げると、汚水を吸って暗い鼠色となった服を痩せぎすの体に張り付けた惨めな男が目を見開いたまま浮かび上がってきた。溺れながらもその手がしっかり金貨を握り締めていたことは、最早執念と呼ぶほかない。


「下衆にはお似合いの最期だ」


 金貨のために強者に媚びを売り、その場凌ぎで掌を返し続け、そして最期まで金だけは手放さなかった牢番に呆れと軽蔑の眼差しを向け、復讐を果たした男たちが去っていく。


 領主一家が連れられて行く先は皆、同じだった。

 忌まわしい『娯楽』の場となった、あの広場だ。

 四人を火刑台に縛り付け、皆が家々から持ち出してきたゴミを藁代わりにしてそれぞれ足元に積み上げ、憎々しげな視線を隠しもせずに向けながら、着々と処刑の準備を進めていく。油がゴミだけでなく領主一家にも直接かけられ、いよいよ死を目前にして娘たちが歯を小さく鳴らして震えはじめた。


「これより、領主一族にとり憑いた悪魔と魔女の浄化を行う!」


 宣告と共に、松明を持った男女が四人、それぞれ火刑台に歩み寄っていく。ここにいる人間は皆、家族や大切な誰かを理不尽に奪われた者ばかりだ。


「ひっ……! や、やめて……」


 散々喚き散らして掠れた声で、姉妹の片割れが懇願する。一番近くでその言葉を聞いた仮処刑人の女性は、侮蔑の眼差しで処刑対象を見上げた。


「生憎、家畜の言葉は理解出来ないの」


 それは以前、領主の娘たちが無実の市民たちに向けて吐き捨てた言葉だった。強ばった表情で、ガチガチと歯を鳴らす娘たちから目を逸らし、仮処刑人の女性が宣言する。


「悪魔共に浄化の炎を!」


 その宣言を合図に、一斉に全ての火刑台へと松明が投げ込まれた。炎が腐った生ゴミや古い革を焼く異臭と共に、領主一家を容赦なく包み込んでいく。


「きゃああああっ!」

「いや、いやああっ!」

「ぎゃあああっ!」

「熱い! 熱いぃいいい!」


 四人分の悲鳴が、広場にこだまする。炎が全身を包む頃には、最早人の言葉ですらない騒音をまき散らすのみとなり、それも程なくして聞こえなくなっていった。


 一部始終を遠くから静観していたアイスブルーの瞳が、悲しげに伏せられた。本来なら市民と領主とのあいだにそびえる垣根を低くするために作られた交流の場であったはずの広場が、惨劇の舞台に変わってしまったことを嘆いているのか。それとも、いくら悪魔か鬼のようであっても血の繋がった家族を一度に失ってしまった、ひとりぼっちの眠り姫を想ってか。あるいは目覚めてから始まる、魔女としての永いこれからの人生を愁いてか。

 澄んだ氷の目は広場から逸らされ、白薔薇に囲まれて眠る少女のような、小さな末弟に注がれる。


「フィオ様。これからは、このベルがお傍に」


 恭しくお辞儀をし、眠るフィオの長い髪をひと掬い手に乗せてそっと口づける。

 無垢なままなにも知らされず眠りに閉ざされ、全てを失って無人の城を手に入れた幼い城主に、生まれたばかりの使い魔は忠誠を誓う。


「お休みなさいませ、フィオ様。どうか良い夢を」

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