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星屑のミエル

作者: 樟アベリア

 酒が必要だと思った。数滴でも、それ以上でもいい。琥珀色の、あるいは蜂蜜色の。酒が。

 意味もなく流しっぱなしだったテレビを消して、隣で続く寝息を同じように消したいと思った。現実にも消音ボタンが要る。窓に触れる雨の音が聞こえる。

「見えない」

 酒が、ないから、真理が。パスカル先生の言うように。ガロア先生のように死ねたらよかった。二十歳で玉のように砕けることができたら、今は生きていない。悩むこともない。考えることもない。頭を真っ白にだってできた。

 何をしているんだろう。私はこんなところで、何をしていたのだろう。やりたいことが何だったのかわからない。何をしたいのかわからない。水槽の熱帯魚になりたかったわけじゃなかったのに。

「死にたい」

 呟くと、隣の寝息が一瞬止まって、何もなかったようにタヌキはまた寝た。殺してもらおうと思って近づいたのに、獣は私になついてしまって、今もまだ死なせてくれない。酒は昨日吐くほど飲んだせいで、酒と消化液しか吐かなかったせいで、没収された。

 雨の音に誘われるように窓辺へ向かう。厚手のカーテンをよけて、窓に触れた。冷たい。雨。水滴。点と点を繋いで、線。涙のように流れる。水滴は近くの水滴を自らに取り込んで、無駄なく合理的に、意識もせずに最適な道を選び続けることができる。

 この窓を割るための道具なら家の中にあるはずだ。窓を割って、地上に立つ人の姿も見えないこの場所から、落ちる。飛び降りる。落下するより、飛び降りるほうがいい。だって、風に融けて跡形もなく消えてしまえそうな響きがする。

 誰の誕生会にも結婚式にも葬式にも出たくない。心にもない感動を口にしなければいけないから。誰にも会いたくない。関わりたくない。テレビのニュースも耳障り。正しい、正しくないと他人を判断する自分が嫌い。凶器を持っても薬を飲んでも死にきれない自分が嫌い。殺してほしかった。できれば痛くないように殺して、ついでに使えそうな臓器を売り払ってくれればよかった。せめて誰かの役に立つように。なのにタヌキは、私を殺してはくれない。愛してしまったと馬鹿げた唾を吐く。

 酒が必要だ。外に出ずに閉じ籠っている毎日は、睡眠薬でもホットミルクでも眠れない。気を失うくらいの酒か、あるいは。


 ワインのコルクをうまく抜けた夢を見た。イタリアの赤ワインだった。歯にこびりつくような味。何も見えない。酒があったところで真理なんか見えない。夢を見たなら、眠れる。眠りたい。永遠に。風が吹くような、融けていけるような、夢を見たい。早く死にたい。消えてしまいたい。今もまだ。

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